独メルケル首相演説 2020年スピーチ・オブ・イヤー リーダーのことば 重要なのは「共感」だった!
「クリスマス前に多くの人と接触し、その結果、祖父母と過ごす最後のクリスマスになってしまうようなことはあってはなりません」。新型コロナウィルスの感染防止を国民に訴える独メルケル首相の演説は、「真に迫っている」「迫力がある」「本気度が伝わる」と、日本でも話題になりました。
2020年12月21日のNewsweekでは、「独メルケル首相演説が2020年スピーチ・オブ・イヤーに選ばれた」と発表しています。
日本でも毎日のように新型コロナウィルス感染防止について、政府から「お願い」のメッセージが報道されていますが、共感する人、動かされる人はどのぐらいいるでしょうか。命の危機に世界が瀕している時、リーダーのメッセージの重要性は推してしかるべきものでしょう。Newsweek日本版 モーゲン陽子氏の記事からご紹介します。
パンデミック初期の3月18日にメルケル首相が国民に向けて行ったテレビ演説は世界的に高く評価されたが、同演説がこのほどドイツ、テュービンゲン大学の修辞学者たちによって2020年の「今年のスピーチ」に選ばれた。普段は冷静な同首相がめずらしく声を荒げ、感情をあらわにして、自分の言葉で懇願するようにコロナ禍の窮状を訴えた。
<旧東独出身ならではの言葉>
12月に入ってから、ドイツでは連日3万前後の新規感染者と700人を超える死者が出ており、その規模は今春の第1波のときと比べ物にならない。
未知のウィルスに世界中がパニックに陥った3月、メルケル首相はめずらしくテレビ演説という形で、新型コロナウィルスの脅威を国民に向けてかみしめるように説いた。
とくに、国家によって自由を制限されるということがどれほど不愉快なことであるか、旧東ドイツ出身である首相自身が身にしみて理解しているというくだりは各国のメディアでも賞賛された。
このときのレトリック(修辞学・弁論技術)がこのたび、テュービンゲン大学の修辞学者たちによって2020年の「スピーチ・オブ・ザ・イヤー」「今年のスピーチ」に選ばれた。
<驚くべき共感能力>
同大レトリック講座は1998年から政治的、社会的、文化的議論に決定的な影響を与えたスピーチを「今年のスピーチ」として選出している。賛否は問わず、その影響力が基準となる。さらに今年は、パフォーマンスとスタイルの質も分析し、話者の全体的な修辞計算、古典的な修辞の基準も評価したという。
新型コロナによりドイツは第二次世界対戦以降最大の危機に直面しているとし、これを真剣に受け止めるよう国民に訴えかけたメルケル首相の「歴史的なテレビ演説」を審査員は、科学的知見の明確な提示と、共感および政治的慎重さとを組み合わせた、責任と一体感への印象的なアピールであると述べている。
レトリックの観点からは、適切に構成され明確に書かれたスピーチ、そして主題の繰り返しと変調を通じて、緊急性を訴えることに成功したという(テレビ演説ではしかし、首相は原稿にはほとんど目を落とさず、まっすぐに国民に向かって語りかけていた)。
また、驚くべき共感能力で、理解と責任ある行動を呼びかけることに成功したこと、とくに「私のように、移動や行動の自由が苦労して勝ち取った権利であった者にとって、(国家による)そのような制限は絶対に必要な場合にのみ正当化することができる」と、旧東ドイツ出身という自らの体験から語りかけたことが高く評価されたようだ。優れたレトリックスキルを備えたメルケル首相は、コミュニティとしての連帯感をアピールすることにも成功している。
<ヨーロッパ各国リーダーのなかでも秀逸>
メルケル首相のスピーチは、他のヨーロッパ政府首脳のスピーチのなかでも抜きん出ているという。審査員によると、フランスのマクロン大統領によるコロナ禍最初のテレビ演説では「戦時中だ」という表現が使われたが、これは「共感が少なく」、また科学的発見の観点からは「透明性が低い」命令のように機能するという。一方、イギリスのジョンソン首相は今春の脅威を「スポーティーなゼスチャーで」軽視した。メルケル首相は理性と共感のバランスを模範的な方法で管理し、国際的にも高い評価を受けた。ドイツ人にとって最も大切な時期にも関わらず課された制約を大多数の国民が受け入れているのは、首相の真摯な訴えがあくまでも国民主体のものであることがきちんと伝わっているからだろう。