「女子の教養」~派手に飾り立てるのは自信がないから?
「女子の教養」(石川真理子著 致知出版社)には、武家の娘として躾けられた著者の、数々の教えが説かれています。その中に、たしなみの根本として祖母から教えられた「派手に飾り立てるのは野暮ったいからおやめなさい。自信がないから派手になるのです」という下りがあります。
祖母は生涯、着物で過ごしました。その着物も、幼い目にもずいぶん地味なものでした。祖父の事業が成功し、経済的に余裕があったときでさえ、祖母は派手に着飾ることはありませんでした。武家は質実を重んじるうえ「婦容の徳」があったためでしょう。
女性の四徳のひとつである「婦容」は読んで字のごとく婦人の容姿に対するもので、「美しい容姿」ということでした。けれどそれは外見的なことではなく、むしろ心のありようを言うのです。
心の美しさ、つまり、内面の美しさが外にあらわれて女性を美しく見せるのであって、着飾るのはむしろ忌み嫌われたのです。(中略)祖母は「派手に着飾るのは野暮ったいからおよしなさい。自信がないと、かえって派手に装うようなことがあるようだね」と。女心をバッサリ斬られた感がありますが、服が歩いているようにしか見えない装いはおしゃれとは縁遠いものでしょう。
一方で祖母は素材や仕立てには非常にこだわりました。(中略)衣装に限らず、和装小物やバッグ、アクセサリーなど、祖母の持ち物は地味で極端に少なく、数えるほどしかありませんでした。ものに縛られない、心を主として生きた祖母を主として生きた祖母ならではの言葉です。
貝原益軒の女性向けの訓書「女子を教ゆる法」には、『心は身の主なのだから尊ばねばならない。それに対して衣服は身の外にあるものであるがゆえに、そこまで重要ではない。人というのは、その心と身の振る舞いにこそ潔くしなければならない』とあります。
コロナ禍で仕事はリモートになり、不用意に出かけていくこともできなくなった今、私たちはオシャレをすることがなくなったと同時に、洋服もあまり買わなくなりました。派手な装いをすることも少なくなったかもしれませんが、自分にとって本当に必要なワードロープ、心地よく、出しゃばらない洋服など、見直すいい機会ではないでしょうか。