F&Aレポート

知的日本語トレーニング11 ~「名セリフ」のチカラ

知的日本語トレーニング11 ~「名セリフ」のチカラ

 歌舞伎や芝居を知らなくても、聞き覚えのある「あのセリフ」。「名セリフ」とは、有名の名と名作の名です。リズミカルで覚えやすくて、使いやすいという特徴があります。セリフの背景を知ると、日本語の粋、鋭さ、面白さなどが一層豊かに味わえます。

1.「こいつは春から縁起がいいや」
 このセリフは歌舞伎を見たことがない人でも、使用頻度が高いものでしょう。

 盗賊のお嬢吉三(じょうきちざ)のセリフです。舞台は江戸の下町。節分の夜に悪事をはたらき思いがけず金と刀を手に入れます。お嬢吉三は「オレは運がいいねえ」とご満悦。江戸の盗賊なのでセリフも江戸弁。「こいつは」は「こいつァ」になり、縁起も口の形を「イ」にして「え」と発音します。作者は河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)。

2.「遅かりし由良之助」
 大石内蔵助(おおいしくらのすけ)は大星由良之助(おおぼしゆらのすけ)(わざと音を似せています)に、浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)は塩冶判官(えんやはんがん)という名に変えて上演した忠臣蔵。師直(もろなお)(吉良)に切腹を命ぜられた判官は由良之助を待ちわびながら腹に九寸五分の刀を突き立てる。花道の奥から足音が響いて由良之助が駆け込んで来る。ここで「遅かりし由良之助」です。判官「この九寸五分は汝へ、形見」(沈黙)…由良之助「委細(いさい)」…とだけ、言葉を交わし主従の心はつながります、その後、血潮のついた形見九寸五分で、由良之助は師直にとどめをさします。舞台では静と動の対比が見事な緊迫のシーンです。ちなみに「早まりし早野勘平」という逆のフレーズもあります。

3.「問われて名乗るもおこがましいが」
 「問われて名乗るもおこがましいが、生まれは遠州浜松在(えんしゅうはままつざい)」と始まる「白浪五人男(しろなみごにんおとこ)」の日本駄右衛門(にっぽんだえもん)。満開の桜が咲く土手に勢揃いした五人の盗賊のリーダーです。全員潔く自己紹介をしてから潔く縄にかかろうという駄右衛門の提案に一人ずつ語り始めます。

「おこがましい」とは愚かという意味で、自分で言うのも気恥ずかしいが浜松生まれでと語り、十四歳で親に別れて盗人稼業に入ったと言います。続いて女装の盗賊、弁天小僧の「江ノ島の岩本院の稚児あがり。普段着慣れし振袖から、髷も島田に由比が浜」と続きます。作者は河竹木阿弥。いろはにほへとを流れるような歌言葉にし、パワーをもつセリフは口から口へ広がり日常会話でも活用されています。

4.「絶景かな、絶景かな」
 このセリフに聞き覚えがあっても、天下の大泥棒である石川五右衛門のセリフであることはご存知でしょうか。京都の南禅寺の山門。満開の桜を景色が夕映えに染まっている。それを山門から見下ろして五右衛門は言います。「春の眺めは値千金とは小せぇ、小せぇ。この五右衛門には値万両…はて、うららかな眺めじゃなぁ」と。見た景色に値段をつけるところがまさに大泥棒です。

 ところで、泥棒除けのおまじないは、「十二月十二日十二時」と半紙に書いて上下逆さまに貼ります。このおまじないは、この日この時刻に生まれた石川五右衛門にあやかっているのだそうです。

5.「鼻の穴へ屋形船蹴込むぞ」
 芝居の世界で悪態や悪口は小気味よくて滑稽。江戸弁でまくしたてて、少し巻き舌で早口にいうととてもイキイキと聞こえます。「助六」という芝居では、助六は江戸っ子の代表のような二枚目で喧嘩が早い。恋人は吉原、三浦屋の揚巻(あげまき)という人気の花魁。揚巻にとって助六は「間夫(まふ)」(お金を払う客ではなく相思相愛の恋人)。そんな助六ですが、いざ喧嘩となれば下駄の歯で地面を蹴り上げてこのセリフ。相手をカッカさせてちょっと身を引かせる。つかみ合い寸前までことばで反撃してやり合う大人の喧嘩なのだそうです。