「鳥肌がたつ」「耳ざわりが良い」「ヤバイ」
「感動して鳥肌がたちました」なんて言葉を平気で使う人がいますが、これは「?」と感じませんか?「鳥肌がたつ」は、「鳥肌がたつほど寒かった」「恐怖で鳥肌がたった」「地震と聞くだけで鳥肌がたつ」などで、良い意味で使われることはありません。 「あなたに会って鳥肌がたちました」と言われて、いい気がするでしょうか。
実際には、いい音楽を聴いて感動したときに、鳥肌が立つこともありますが、その場合は「全身がぞくぞくするほど感動した」というような表現があります。
同様に「耳ざわりが良い」という表現も不思議に感じます。「耳ざわり」とは、「耳障り」と書き、聴覚に支障になるもの、聞いて不快になるものをいいます。そのため、「耳障りが良い」という言い方は本来ありません。「耳に心地がいい」「聞いていて気分がいい」という表現を使いたいものです。
「ヤバイ」という言葉は、若者を中心に今や当たり前のように使われていますが、もとは江戸時代の「矢場」から端を発しており、決して品のいい言葉ではありません。「矢場」(的を射る娯楽場のようなもの)には、違法なものもあり、時に取り締まりが行われることもあり、「しまった警察が来たぞ、ヤバイ」というような使われ方をしていました。いずれにしても、普通の庶民が出入りするような場所ではなかったのです。従って「ヤバイ」という言葉も、裏世界の俗語のようなものでした。
今は老いも若きも、美味しい、素晴らしいなどの良いことを「ヤバイ」と表現しているのを聞きますが、耳にして美しい言葉ではありません。このような言葉をあえて、使わないようにするというのも、自分に対するマナーではないでしょうか。
私たちは、ついついマスコミや周囲の影響で間違った表現をしてしまうことがあります。言葉の本来の意味を知り、言葉に対する感性を高めたいものです。