広島市の平和記念公園で8月6日、平和記念式典が営まれ戦後80年を迎える今回は、過去最多の120の国と地域代表が参列しました。原爆投下時刻8時15分の黙祷に続き、広島市の松井一実市長による平和宣言、石破茂首相、広島県の湯崎英彦知事の挨拶がありました。式典後、ネット上には「広島原爆の日」「平和記念式典」などの関連ワードがトレンド入りをしたと言われています。中でも「広島県知事」は上位に挙がり、「素晴らしかった」「心に刺さった」など、称賛のコメントが相次いだといいます。
「核兵器廃絶という光に向けて這い進む」広島県の湯崎知事のあいさつ全文をご紹介します。
あいさつの主な内容
- 原爆犠牲者への追悼と被爆者へのお見舞い
- 都市の復興と平和の繁栄「草木も生えぬ」といわれた時代から復興が進み、世界中からの観光客が訪れる平和都市となった。しかし一方で、その繁栄は脆弱であると認識すべきであると指摘。
- “核抑止”への根本的な疑問提起 近年、核抑止力の重要性を声高に叫ぶ声があるが、本当にそれが有効かは疑わしい。抑止はあくまで心理的概念であり、「抑止は頭の中のフィクションに過ぎない」と強調。
- 核を抜いた安全保障の必要性 抑止力は武力均衡だけでなく、ソフトパワーや外交を含む広義な概念であるべき。核という要素を取り除かねばならない。
- 核兵器廃絶への具体的ビジョン 核兵器廃絶は遠い理想ではなく、被爆者が瓦礫の中で一歩ずつ這い進んだように、「実現すべき現実的・具体的な目標」であると強く宣言。
<全文>被爆80年目の8月6日を迎えるにあたり、原爆犠牲者の御霊に、広島県民を代表して謹んで哀悼の誠を捧げます。そして、今なお苦しみの絶えない被爆者や御遺族の皆様に、心からお見舞いを申し上げます。草木も生えぬと言われた75年からはや5年、被爆から3代目の駅の開業など広島の街は大きく変わり、世界から観光客が押し寄せ、平和と繁栄を謳歌しています。しかし同時に、法と外交を基軸とする国際秩序は様変わりし、剥き出しの暴力が支配する世界へと変わりつつあり、私達は今、この繁栄が如何に脆弱なものであるかを痛感しています。
このような世の中だからこそ、核抑止が益々重要だと声高に叫ぶ人達がいます。しかし本当にそうなのでしょうか。確かに、戦争をできるだけ防ぐために抑止の概念は必要かもしれません。一方で、歴史が証明するように、ペロポネソス戦争以来古代ギリシャの昔から、力の均衡による抑止は繰り返し破られてきました。なぜなら、抑止とは、あくまで頭の中で構成された概念又は心理、つまりフィクションであり、万有引力の法則のような普遍の物理的真理ではないからです。
自信過剰な指導者の出現、突出したエゴ、高揚した民衆の圧力。あるいは誤解や錯誤により抑止は破られてきました。我が国も、力の均衡では圧倒的に不利と知りながらも、自ら太平洋戦争の端緒を切ったように、人間は必ずしも抑止論、特に核抑止論が前提とする合理的判断が常に働くとは限らないことを、身を以て示しています。
実際、核抑止も80年間無事に守られたわけではなく、核兵器使用手続の意図的な逸脱や核ミサイル発射拒否などにより、破綻寸前だった事例も歴史に記録されています。
国破れて山河あり。かつては抑止が破られ国が荒廃しても、再建の礎は残っていました。
国守りて山河なし。もし核による抑止が、歴史が証明するようにいつか破られて核戦争になれば、人類も地球も再生不能な惨禍に見舞われます。概念としての国家は守るが、国土も国民も復興不能な結末が有りうる安全保障に、どんな意味あるのでしょう。
抑止力とは、武力の均衡のみを指すものではなく、ソフトパワーや外交を含む広い概念であるはずです。そして、仮に破れても人類が存続可能になるよう、抑止力から核という要素を取り除かなければなりません。核抑止の維持に年間14兆円超が投入されていると言われていますが、その十分の一でも、核のない新たな安全保障のあり方を構築するために頭脳と資源を集中することこそが、今我々が力を入れるべきことです。
核兵器廃絶は決して遠くに見上げる北極星ではありません。被爆で崩壊した瓦礫に挟まれ身動きの取れなくなった被爆者が、暗闇の中、一筋の光に向かって一歩ずつ這い進み、最後は抜け出して生を掴んだように、実現しなければ死も意味し得る、現実的・具体的目標です。
“諦めるな。押し続けろ。進み続けろ。光が見えるだろう。そこに向かって這っていけ。”(THE NOBEL FOUNDATION, STOCKHOLM, 2017 広島県による翻訳※)
這い出せず、あるいは苦痛の中で命を奪われた数多くの原爆犠牲者の無念を晴らすためにも、我々も決して諦めず、粘り強く、核兵器廃絶という光に向けて這い進み、人類の、地球の生と安全を勝ち取ろうではありませんか。広島県として、核兵器廃絶への歩みを決して止めることのないことを誓い申し上げて、平和へのメッセージといたします。 令和7年8月6日 広島県知事 湯崎英彦