F&Aレポート

最近の研修から~自分の仕事に誇りが持てない人へ

最近の研修から~自分の仕事に誇りが持てない人へ

 仕事柄、多くの企業に接し、そこで従業員研修をさせていただく機会をいただきます。一口に研修といってもさまざまな業種・業態があり、そこで働く人達もさまざま。私の研修メニューも、お客様のご要望に応じているうちに接遇・話し方指導から、キャリアアップ、コミュニケーション、メンタルヘルス、ハラスメント…と増えていきました。

 受講される方も、正社員だけではなく契約社員、パート、アルバイトさんなど、労働条件も年齢層も異なる人達が一堂に集まって同じ課題に取り組むこともあります。

 そんな中で主体性を持てない人。たとえば「やらされ仕事」「やりがいが感じられない」「言われたことだけをやる」というような人は、自分の仕事の意味や価値がわからず、暗い洞窟の中でもがいているようにみえます。「自分の仕事に誇りを持つ」とはどういうことなのでしょうか。ここに一冊の本を紹介したいと思います。(「世界一清潔な空港の清掃人 新津春子著」

世界一清潔な空港の清掃人『清掃の地位はまだまだ低い。でも、心を込めれば感謝してくれる人が出てくるのです』

 羽田空港ターミナルの清掃員として働き始めてすぐのことです。お客様が私の目の前にゴミをポイッと投げ捨てて行きました。すぐそばにゴミ箱があるにもかかわらず。「お前が拾って当然だ」という態度です。そう考えてすらいなかったのかもしれません。

 清掃員はまるで召使いか透明人間。そんなふうに扱う人は少なくありませんが、そのような仕打ちをされても、清掃員は何も言い返すことはできません。憤りの感情は飲み込んで、黙ってゴミを拾い、清掃を続けます。

 家族で日本へ移ってきて、日本語も満足に話せない高校生の私に見つけることができた仕事は、清掃のアルバイトだけでした。私が学費や生活費を稼ぐことができたのは清掃の仕事があったおかげです。私は自分でこの仕事を選びました。

 清掃の技術をひとつひとつ身につけていって、羽田空港で働き始めたのは24歳のときです。今の第一ターミナルができて少し経ったころです。最近では2014年3月に国際線ターミナルがリニューアルされました。利用者がどんどん増えて、空港はどんどん大きくなりました。

 私は空港に一歩入ったら、自分の家だと思って仕事をします。そして、誰でも自分の家に来たお客様にそうするように、今日のお客様はどうかな、この人は何か困っているのかな、何を聞こうとしたのかなって、ひとりひとりのお客様をちゃんと見るようにしています。だから、清掃員を透明人間だと思っている人に会うと、すごく悲しくなってしまうんです。私たちも人間なんですよ、って。

 でも、その人個人を責めても仕方がない。そういう環境で育った人だと思うから。たとえば、「勉強をしないと掃除夫にしかなれませんよ」というような親に育てられた子どもは、清掃の仕事は尊敬しなくてもいいと思うようになってしまうでしょう。そういう風に大人になってしまった人達を一人ずつつかまえて説得しても、考えを変えることはできないと思います。そうしたいとも思いません。

 それよりも、社会の価値観そのものを変えていきたいと思うのです。そのためには、私たち清掃員がいい仕事をするしかありません。自分の仕事に誇りを持って、納得できるまできちんとやり遂げること。それを続けていれば、気づいてくれる人は必ず現れます。

「ここのトイレはいつもきれいですね。ありがとう。きれいに使わなくちゃね」

 羽田空港でトイレ清掃の現場に入っていたときに、利用者の男性から言われた言葉ですが、こういう言葉を聞くと本当に嬉しい。自分が褒められたから嬉しいのではなく、清掃の仕事をきちんと認めてくださっているのが嬉しいのです。

 今、羽田空港には一日約500人の清掃員が働いていますが、みんながそういう気持ちで仕事をしてくれているからこそ「世界で最も清潔な空港」に二年連続で選ばれることができたのだと思います。

 清掃は面白い仕事です。毎日違うお客様が来て、そこでひとときを過ごす。どうしたら気持ちよく過ごしてもらえるか、考えて、工夫して、それがお客様に伝わったときは本当にやりがいを感じます。技術を磨いていく喜びもあります。清掃員は「職人」。そういう誇りを持って仕事をしています。

*新津春子 にいつはるこ 1970年、中国生まれの残留日本人孤児2世、17歳で渡日して以後、25年以上清掃の仕事を続ける。現在、羽田空港清掃の実技指導者。1997年全国ビルクリーニング技能競技会一位。

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