F&Aレポート

「お金」は人を動かす

 2024年7月3日、新札(新紙幣)が約20年ぶりに発行されます。一万円札、五千円札、千円札のすべての紙幣のデザインが変更され、そこに描かれる人物もチェンジします。

 一万円札は、福沢諭吉から渋沢栄一に、五千円札は樋口一葉から津田梅子に、千円札は野口英世から北里柴三郎に肖像が変わります。それぞれ日本の歴史に功績を残した方々ですが、紙幣に描かれる人物は、財務省、日本銀行、国立印刷局の三者によって協議され、最終的には財務大臣が決定すると、日本銀行法によって定められているそうです。

 新札発行にまつわるさまざまな情報は、今後もますます活気を帯びることと思いますが、今回は

私たちが無意識のうちに動かされている「ハウスフライ効果」(男性用小便器に的として描かれたハエの効果で便器の外に飛び散る量が劇的に変わったという行動経済学)と「お金」の関係をご紹介します。(勘違いが人を動かす ダイヤモンド社)

「搾取された」と感じるだけで、心臓病につながる危険

 成績の良い従業員だけにボーナスを与えることのデメリットは、ボーナスをもらえない人が多くなることだ。この場合、ボーナスをもらえる人がハッピーになることより、もらえなかった人が落ち込む影響の方が大きくなる。「自分は評価されていない」と感じると、人は努力をしなくなる。

 スイスでの実験によれば、労働者の健康も賃金の不平等によって影響を受けている。この実験では、数字がびっしり並んだページに「1」がいくつあるかを数えるというストレスのかかる課題が被験者に与えられた。

 正確に数えられたら1ページあたり3ユーロが支払われる。1つ間違いがあれば1ユーロしかもらえず、2つ以上間違えると報酬はもらえない。被験者は25分間作業し、平均21ユーロを稼いだ。

 しかし、支払い方法に落とし穴があった。報酬は被験者本人(労働者)ではなく、別の被験者(雇用者)に支払われるのだ。この「雇用者」は「労働者」である被験者にどれだけ報酬を支払うか決めることができる。平均すると「雇用者」は「労働者」に、稼いだ額の半分にすら満たない9.50ユーロしか支払わなかった。

 この程度の支払額を予想していた人もいたが、大半はもっと多くの額を期待していた。

 実験では、支払額が伝えられた瞬間から、被験者(労働者)の心拍数とその変動値記録していた。「搾取された」と感じた被験者(労働者)の心拍数は、心臓病につながる不健康なパターンを示していた。搾取されている(給料が低すぎる)と感じている状態が長く続くと、ストレスや心血管疾患が起こりやすくなり、全般的な健康状態が低下する。研究によると特に50歳以上の労働者は、典型的なストレス関連の疾患に苦しんでいた。

「5分遅刻したら罰金」の制度で爆発的に遅刻が増えた

 罰金は、人の行動を変えることが目的だ。しかし、時にそれは逆効果をもたらすことがある。

 保育園に子供を預けて働く親にとって、勤務日は時限爆弾を抱えているのと同じ。午後6時半までに子供を保育園に迎えに行かなければならないからだ。遅刻すれば園側から冷たい目で見られるし、子供が荒れていたり、お腹をすかせていたりすることもある。

 保育園の経営者にとって日々の頭痛の種は、お迎えに遅刻する親だ。

 1998年、イスラエルの経済学者ウリ・ニーズィは、自らも保育園のお迎えに何度も遅刻していた。そこで保育園の経営者に解決策を提示した。遅刻した親に罰金を科すことだ。効果を比較するため、10カ所ある保育園のうち6カ所で罰金制度を導入した。子供を迎えにくるのが5分遅れるごとに、5ユーロ相当の罰金を払うことになる。

 しかし、それから10週間、遅刻者は爆発的に増えてしまった。たったの5ユーロで、午後の会議で最後にひと言述べる時間を買えるのだ。罰金は、「午後6時半までにお迎えに行かなければ」と親に思わせるのではなく「5分当たり5ユーロ払えば遅刻しても大丈夫」という合理的な判断をさせる方に作用したのだ。

 その上、保育園の経営者が10週間後に罰金制度をやめても、遅刻する親の数は減らなかった。この親たちの頭には、「遅刻は、いざとなれば金で償えるもの」といった価値観が植え付けられてしまった。社会的規範が市場原理によって損なわれたということだ。