F&Aレポート

「シンギュラリティ」は絶対来ない! 1~「東ロボくんプロジェクト」にみるAIの未来

「シンギュラリティ」は絶対来ない! 1~「東ロボくんプロジェクト」にみるAIの未来

 「シンギュラリティ」とは、「技術的特異点」をいいAI(人工知能)が人間の知能や能力を超えるという意味でよく使われます。2019年ビジネス書大賞を受賞した「AI vs 教科書が読めない子どもたち」(東洋経済新報社)では、数学の第一人者である著者 新井紀子氏(国立情報学研究所教授 同社会共有知研究センター長)が「シンギュラリティは絶対に来ない」と、述べています。『AIは神に代わって人類にユートピアをもたらすことはないし、その能力が人智を超えて人類を滅ぼしたりすることもありません』と。ただし、『人間の強力なライバルにはなる』のだと。

 新井氏は、『東ロボくんプロジェクト(=AIが東大に合格できるかどうかの実験)』に携わり、その成果をTED(ニューヨーク本部の世界的講演会)で発表しています。今のところAIの得意分野は、論理、確率、統計の3つ。逆にAIの決定的限界は「意味」であると解いています。AIの課題と未来、私たちはAIに仕事を奪われるのか。2回にわたりご紹介します。

1、「東ロボくん」プロジェクト

 2011年「ロボットは東大に入れるか」と名付けた人工知能プロジェクトをはじめました。プロジェクトの検討を始めたとき、私を含めた関係者の中に、近い将来にAIが東大に合格できると思う人は一人もいませんでした。

 私は東大に合格するロボットを作りたかったのではありません。本当の目的は、AIにはどこまでのことができるようになって、どうしてもできないことは何かを解明することでした。そうすれば、AI時代が到来したときに、 AIに仕事を奪われないためには人間はどのような能力を持たなければならないかが自ずと明らかになるからです。結果、東ロボくんはめきめきと実力をつけ偏差値57.1まで上り詰め、MARCH(明治大学、青山大学、立教大学、中央大学、法政大学)や関関同立(関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)には合格レベルに達しました。得意は世界史と数学、苦手は英語と国語です。

2、常識の壁

 研究室のドアを開けて入ってきたロボットが、冷蔵庫を開けて中にある缶ジュースを取り出して人に渡す・・・最先端のヒューマノイドロボットのデモでよくみる光景です。けれども、現状ではそのロボットをたとえば読者の家に派遣しても、冷蔵庫から缶ジュースを持ってくることができるわけではありません。こうしたデモには綿密に作られたシナリオがあるのです。冷蔵庫やドアの形状、どうすれば開くのかあらかじめプログラムされています。しかも、ビールとコーラ、牛乳や野菜、使いかけのドレッシングでぎゅうぎゅうだと…。

つまり非常に限定された条件でなければ、ロボットには冷蔵庫から缶ジュースを取り出すということさえ、簡単ではないということです。ロボットが「将棋の名人に勝てても、近所のおつかいにすら行けない」と揶揄される理由はここにあります。

 私たち人間が「単純だ」と思っている行動は、ロボットにとっては単純どころか非常に複雑なのです。冷蔵庫から缶ジュースを取り出すという単純作業を行うとき、人間はとてつもない量の常識を働かせています。

 缶ジュースはどこにあるのか。押し入れや靴箱には入っていない、冷蔵庫にあるはずだ。冷蔵庫はどこにあるか。玄関ではない、台所だ。そのドアはどうすれば開くか。そもそも缶ジュースとはどのような物か。冷蔵庫のどこを探せば見つかるか。ジュースを取り出すときに邪魔になるものはどうするか。冷蔵庫にジュースがなかったらどうするか…。こんな複雑なことを一瞬のうちに判断しているのです。

 「ドアの開閉」についてのビッグデータが集まれば今よりは融通がきくロボットは開発できるでしょう。けれども、ロボットが中学生程度の常識や柔軟性を身につけて、日常のさまざまな場面で役に立っているという未来像は、現状の技術の先には見えません。私たちにとっては「中学生が身につけている程度の常識」であっても、それは莫大な量の常識であり、それをAIやロボットに教えることは、とてつもなく難しいことなのです。