どんな時でも人は笑顔になれる 2
非常事態宣言が解除されて日常を取り戻しつつありますが、世界に目を向ければ、北朝鮮による韓国攻撃、黒人暴行死に抗議する全米で広がるデモと暴動、さらにはアフリカの穀物を食べ尽くすバッタの大群等々、不穏で不安なニュースが連日あとを絶ちません。コロナ問題だけでも十分疲弊しているところに、社会も経済も産業も、人々の心まで混乱させる問題が地球規模で起きています。
こんな時こそ名著に触れましょう。「ありがとう」「おかげさま」の気持ちが、苦しみを乗り越える力になったこと。「苦しみ」こそが、自分をつくる肥やしになることを綴った一節を選んでみました。「どんな時でも人は笑顔になれる」(渡辺和子著 PHP研究所)
1、学歴よりも職歴よりもたいせつなのは、「苦歴」
~これまで乗り越えてきた数々の苦しみ。
気がつけば、それらは経験という宝になっている
人生の冬、それは必ずしも秋の次に来るとは決まっていませんし、三ヶ月ぐらい続くものとも限りません。もっと長く続くときもあれば、数時間の間、身も心も凍りつくような思いをさせて過ぎてゆくこともあります。
八木重吉さんが、こんな詩をよんでいらっしゃいます。
苦しみのさなかに入ると
苦しみはもうなくなって
ただ生きるということだけだった
苦しみについて評論家めいたことが言えたり、苦しみの正体をあれこれ詮索したりしているうちは、まだ自分に余裕がある証拠であって、苦しみのさなかに入ってしまうと、ただもう生きることで精一杯になってしまい、気がついたときには、苦しみはいつの間にか自分の後ろにあったように思います。
履歴書を書かされるとき、必ずといってよいほど学歴と職歴が要求されます。しかしながら、もっと大切なのは、書くに書けない「苦歴」とでもいったものではないでしょうか。学歴とか職歴は他の人と同じものを書くことができても、苦歴は、その人だけのものであり、したがって、その人を語るもっとも雄弁なものではないかと思うのです。
文字に表すことのできない苦しみの一つ一つは、乗り越えられることによって、その人のかけがえのない業績となるのです。
2、人生は、思うままにならないのが当たり前
~苦しまなければ人は成長しない。
しかし、どんな時にも笑顔と「おかげ様で」の気持ちを忘れないこと。
私は小さい頃から母にはかなり厳しく育てられました。その中で言われてきたことがあります。「人生は思うままになると思ったら大まちがい。思うままにならないのが当たり前。そして、『艱難汝(かんなんなんじ)を玉にす』という言葉があるように、苦しまなかったら人は成長しない」という教えです。
私は50代の約2年間、うつ病で苦しんだ経験があります。その間も、学校の授業や仕事はなんとかこなしていましたが、常に「私にはその資格がない」という自信のなさがつきまとっていました。講義をしても言葉がスムーズに出てこなかったり、他人様とお話をしているのに、いつの間にか眠ってしまったりするような時期があったのです。死んだ方がましだと思ったときもありました。
なにより一番つらかったのは、ほほ笑むことができなかったことです。今まで当たり前にできていた、誰にでも「おはようございます」「こんにちは」と、にこやかに声をかけることができなくなってしまったのでした。
けれども今は、そういう苦しみがあったから、元気な時の自分がありがたいと思うようになれたのだと思います。
笑顔って伝播(でんぱ)するのです。自分が笑顔になることによって、学生がそれを見て笑顔で返してくれると、救われたような気持ちになります。
「Thank you ありがとう」という気持ちとともに「おかげ様で」という気持ちが苦しみを乗り越える大きな力になってくれたと思います。「どんな時でも人は笑顔になれる」(渡辺和子著 PHP研究所)