F&Aレポート

企業研修に今こそ「対話型美術鑑賞」のススメ2 ~なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?

企業研修に今こそ「対話型美術鑑賞」のススメ2 ~なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?

「なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?」岡崎大輔著 SBクリエイティブ

「アート作品」は「事実」と「解釈」を分けて鑑賞する
「アート作品をしっかり見る」ためには、「解釈」と、その根拠になった「事実」を結びつけることが重要になります。たとえば、『モナ・リザ』であれば、

  「温和で優しそうな女性ですね」
  「全体的に暗いイメージがある」
  「何を考えているかわからなさそうで、ちょっと怖い」

 これらの意見は「事実」ではありません。鑑賞者それぞれの「解釈」です。

 事実とは、誰でも捉え方が同じで、客観的な事柄です。たとえば、「髪が肩まである」「二重まぶたの目」「口角が上がっている」などです。

 「優しそう」「暗いイメージ」「ちょっと怖い」などの「解釈」の根拠になった「事実」を取り出すとは、「作品を言葉で描写する」「作品の内容を言語化」する行為です。

 作品を見て感じたこと(解釈)の理由(事実)を考えてみることが重要なのです。「事実」に基づいて「解釈」を導き出し、作品の中に含まれている要素を取り出していくことを「ディスクリプション(記述)」と言います。

 鑑賞を深めていく足がかりとして、まずはディスクリプションによって、できる限り作品から要素を取り出していきます。

 要素を取り出す際、1つの「事実」から複数の「解釈」を導き出すことも必要です。

たとえば、「口角が上がっている」という事実からは、「穏やかな性格」「誰かに微笑んでいる」「気持ちに余裕がある」など、1つの事実から複数の「解釈」を導き出すことによって、作品に含まれる要素をよりたくさん取り出すことができます。そうすることによって、より作品鑑賞を深めることができるようになるのです。

鑑賞が深まる4つのプロセス?「みる・考える・話す・聴く」

 対話型鑑賞では、作品を「みる」ことと同じくらい「聴く」ことも重要です。なぜなら、人の話を聴くことによって、新しい発見や気づきを得やすくなるからです。

 作品に描かれている「事実」を変えることはできませんが、「解釈」を変えることはできます。「解釈を変える」ということが、まさに、自分の「ものの見方」が変わるということです。自分一人で、自分自身の「ものの見方」を変えるのは、なかなか大変な作業ですが、同じアート作品を鑑賞する中で、まわりの人の話を聴くと、自分自身のものの見方を客観的に捉えやすくなります。自分とは異なる人の話が、自分の「ものの見方」を変え、解釈の可能性を広げるきっかけになってくれるのです。

明確な答えがない時代がやってくる?「考え抜く力」が問われている

 なぜ今、企業で「対話型美術鑑賞」が取り入れられているのか。

 その背景には、グローバリゼーションやAIの急激な発展、少子高齢化などがあり、社会はますます複雑化、多様化していて「従来通りのやり方、考え方ではビジネスが立ち行かなくなっている」という企業側の強い課題意識があります。

 多くの企業が社員一人ひとりに、上司からの指示を待つのではなく、自ら問い、考え、解を導き出し、必要に応じてその解を更新しながら行動して成果を出す力を求めています。

 さらに、今後ますます求められるであろう重要な力があります。それは「明確な答えがない状態に耐え、考え抜く力」です。

 「答えは1つ」という前提で教わる経験が習慣化すると、正解・不正解、白・黒、優・劣、是・非といった二元論で物事を捉えてしまいがちです。

 正解がないことを頭では理解していても、自分の考えを無意識に正解・不正解に当てはめてしまう、、、。この状態では、否定や間違いを恐れ、自身の考えを率直に発言することにブレーキがかかります。さらに、他者の考えも自分の物差しで正解・不正解を判断して受け取ってしまう可能性があります。

 正しい・正しくないでは、組織も人も動きません。物事の判断基準は、人それぞれ異なるからです。ではどうすればよいのか。

 その術も、アートを通して学ぶことができます。

「まわりの人の話を聴いていると、作品の印象が初めとは違うものになりました。1つの作品には違いがないのに、すなわち1つの事実として存在しているものは何ら変わっていないのに、解釈が変わる面白さと難しさを感じました。同じ作品を鑑賞しているのに、真逆の感想を抱く人がいたことには驚きました」という、受講者のコメントにあるように、アート作品の鑑賞では、正反対の解釈が出るのは当たり前です。

 ただし、物事から複数の可能性を見出すには注意深い観察と、観察によって取り出した事実に基づき、論理的かつ体系的に思考する力が求められます。
 こうした思考力が身につくと、自他問わず考えを成否で結論づけることなく、考えの根拠となっている事実に基づいて、その妥当性を検討できるようになります。答えが出ない状態にとどまり、思考し続ける知的な体力も養われます。

 アート作品を鑑賞することによって身につく観察力と思考力は、人間関係や組織のチームビルディング、仕事における意思決定にも活用することができるのです。