「生物の多様性」「“いま、ここ”への集中」=よい未来、よい職場 ~いきもの38億年の歴史に思いを馳せて
「現生人類が誕生してから20万年ほど経ちました。人間が人間らしく生き始めたのは農業を始めてからでしょう。ほかの動物たちと同じように自然の恵みだけで暮らしていたころから、自分たちで積極的に生きようと転換したわけですから。この農業開始から現在までが1万年ほどです。現代を動かしているのは科学技術でしょう。この期間はせいぜい200年~300年。今は家中に家電製品があります。それも全自動や、インターネットにつながるなどしてどんどん進化しています。このような急速な家電の普及は20世紀後半に起こりました。人類の歴史から考えると本当にわずかな期間に起こった変化ですが、現代に生きている人、特に生まれたときから電気機器に囲まれている若い人は、それこそが人間の生き方だと思っています。“便利”も“機械”も良いのですが、ヒトを機械と同じように捉える傾向は、間違っています。」と、遺伝子情報ゲノムの研究を専門としている中村桂子氏(JT生命研究館館長)は言いい、順位をつけず多様性を認めることの重要性と、「いま、ここ」への集中こそが、職場の活性化と良い未来につながると述べています。(参考資料:産業カウンセリング2018.No361 一般社団法人日本産業カウンセラー協会)
■機械的な捉え方とは?
すべてが同じだと考えることです。たとえば同じ工場でつくられた同種の自動車の形が個々に違っていたら許されません。また機械は完璧さも求められますが、生きものはすべてが違います。ヒトだって一人ひとり違う。逆に違わなかったら気持ち悪い。DNAに含まれるすべての遺伝情報ゲノムを解析してわかったのは、ヒトのゲノムが基本的にすべて同じであることです。人種によるゲノムの違いはありません。ヒトの期限はアフリカにあり、そこから世界中に広がっていったのです。骨格や肌の色などの違いは、砂漠や森などの暮す環境の違いによって生じました。全人口73億人のゲノムが共通性を持ちながら、一人として同じヒトがいない。これこそヒトが生きものであることの面白さなのです。
ゲノムの本体であるDNAは、二重らせん構造になっており、その間をはしごの段のようにA、T、G、Cと表される塩基がつないでいます。このA、T、G、Cは32億もあるので、何らかの故障で機能しない箇所も出てきます。DNAは高分子なので、紫外線や化学物質の影響で壊れたり、複製中に配列を間違えてしまうこともあるのです。
生きものについては、何が「完璧」なのかすらわかりません。完璧はないけれど、それぞれが存在している。それが生きものの面白いところで、機械とまったく違う点でもあります。現在、多くの親は完璧な赤ちゃんが欲しいと考えています。結果、他の赤ちゃんと比べてしまう。しかし、完璧な赤ちゃんなどいません。これは機械のように標準を設けた考え方です。
■順位をつけず多様性を楽しむ、「いま、ここ」を受け入れる
生きものの基本は全て同じ。扇の要にあたる部分が生命の始まりとすると、それが進化して扇のように広がり、多様な生きものが生まれました。だから個々の生物を比べて優劣をつけても意味がありません。
アリとライオンどちらがすごいか。多くの人がライオンと答えるかもしれません。しかしアリは、自分の何十倍もの大きさの虫を運びます。それはライオンにはできない芸当です。そう考えると、アリの方がすごいともいえるでしょう。人間は順位をつけたがります。どちらがスゴイかではなく、いろいろいるのが素晴らしいのです。これは私の発案ではなく、あくまで生物が示す事実です。
経済面だけでヒトの一生を捉えるのでなく、生命としてのヒトの一生を考えると「いま、ここ」の価値に気づきます。職場であれば「いま、ここ」で働いている人を大切にすることこそが、よい未来をつくります。38億年の間、地球はなまやさしい環境ではありません。爆発したり、隕石が降ってきたり、地球全体が凍ったり。生きものにとっては厳しい条件のオンパレードでした。生物は5回も種の多くが途絶える滅亡を経験しています。恐竜の絶滅はそのうちの1回です。それでも何らかの生きものが残り、ずっと続いてきた。これはすごいことだと思いませんか?どこで消えてもおかしくない状況なのに、どうして生き残れたのかといえば、多様性を保ってきたからです。機械のように量産していたら、完全に絶滅していたしょう。政治家や企業トップなど、社会を形成するリーダーには、誰もがその人らしく生きられる状況をつくっていただきたいのです。(次回につづく)