1月11日の「鏡開き」は、正月に神棚や床の間に供えた鏡餅を下げ、無病息災や一年の健康・繁栄を祈って食するという日本の伝統行事です。
それにしても、なぜ「餅」が「鏡」なのか?
その理由は、形が古代の銅鏡に似ていることに由来すると言われています。古代の鏡は丸くて平たい形をしていて、神事に用いられる神聖な道具であったことから「鏡餅」と呼ぶようになりました。
ただ、単なる形の類似にとどまらず、「鏡」という言葉にも、神が宿るもの、真実を映すものという宗教的・精神的な意味が込められているといいます。
<日本神話と三種の神器>
日本神話において、鏡は三種の神器のひとつです。
- 八咫の鏡(やたのかがみ)
- 雨叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)
- 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
八咫の鏡は、天照大神が天岩戸に隠れた際に、外に誘い出すために用いられた神聖な鏡で「神の御霊が宿るもの」と考えられてきました。このため、鏡はただの道具ではなく、神そのもの、あるいは神の心を映す存在とされてきました。
鏡は「姿を映す」ことから、「自らを省みる」「正直、誠実な心」「曇りのない清らかさ」を象徴するものとされ、伊勢神宮では、八咫の鏡を御神体として祀られています。
「鏡を見るときは自分の心を映すと思いなさい」との教えが今に伝わっています。
歳神様が宿った鏡餅は、八咫の鏡と同様、「切る」「割る」ではなく「開く」ことにより、神の力を分かち受け、自らの心を正しながら一年を生きるという日本人の精神文化をいまに伝えています。今年もどうぞ良い年になりますように。
