<まずは軽くエッセイから>
言葉遣いの失敗談
言葉遣いについて苦い思い出があります。「話すこと」「書くこと」を生業にしていることから、言葉遣いについての失敗は数えきれません。様々な立場の方から、手痛い指摘をいただいたことも多々あります。その中のひとつが、「の方」です。
デパートのインフォメーションでOLをしていた頃、各フロアの売り場を覚えることは必須でした。インフォメーションに立つと、毎日お客様から「ネクタイ売り場はどこ?」「○○ブランドの紳士靴は?」「正月用の食器を買いたいのだけど」と、あらゆる商品の売り場を尋ねられるのです。今ならスマホで簡単に調べられますが、当時はインフォメーションや売り場の人に訊くのが普通でした。
インフォメーションでは当然、即答することが求められます。さらに、その答え方にはマニュアルがありました。「○階、エレベーター(エスカレーター)、前(後ろ手)にございます」と、何階にあるのか、だけでなく腕や手を動かしながら、どの辺りにあるかを明確に答えなければなりませんでした。ですが、新人で自信がない私はつい、こう言ってしまうのでした。
「○階、エレベーター前『の方』にございます」。
それでもお客様は納得して立ち去って行かれるのですが、先輩からは直後に指摘を受けます。「今の説明を、もう一度繰り返してください」と。『の方』と言ってしまったことに注意を受けるのです。「前にあります」と「『の方』にあります」は、ニュアンスが違います。『の方』はエリアが広がるのです。「エレバーター前」と、言い切れない自信のなさが、「エレバーター前『の方』」という濁した表現になってしまうのでした。
『の方』の口癖
そもそも、『の方』は悪い言葉ではありません。
(1)方角や方向を示す『の方』
右の方、東の方と、方角や方向を示すときに使う
(2)明言せずに、濁したイメージになる『の方』
資料『の方』、領収書『の方』、商品『の方』、弊社『の方』など
(2)の『の方』は必要ありません。「資料を」「領収書に」と、言い切った方がすっきりしますが、口癖になって無意識のうちに言っていることがあります。
どこかに濁したい心理が働くのか、自信がないのかわかりませんが、こういう口癖は、口頭で説明する時だけでなく、メールの文章にも現れることがあります。
不要な『の方』は、思い切って取ってしまうと、それだけでわかりやすく伝わることもあります。
『いちおう』の口癖
昨日、接遇のロールプレイングがありました。その際に『一応』という言葉が、枕詞のように何度も出てくる男性がいました。
「『一応』、ご連絡はさせていただいたのですが」「営業時間は『一応』、19時までとなっておりますので」「賞味期限は『一応』、2週間でございます」というように、たびたび使われるのです。
これは、本人も気づいていないのですが、周囲から指摘されて、はじめて日頃からよく口にしていることに気づきました。これらの『一応』は、必要なものなのでしょうか。
調べてみるとAIの回答は以下の通りです。
『一応』の類義語は、「とりあえず」「仮に」などが挙げられます。「物事が完全ではないものの、最低限の基準を満たしている状態」を表す際に用いられます。しかし「とりあえず」と「一応」はニュアンスの違いがあります。
・「とりあえず」その場しのぎの応急処置として
・「一応」基準は満たしているが完全ではないと言うニュアンス。「完璧ではないが、だめではない」というポジティブにもネガティブにも解釈できる表現。さらに「一応」には、控えめな表現や謙遜のニュアンスも含まれることが多く、相手への過度な期待を持たせないために使われる場合もある。
『一応』は便利に使える言葉のようですが、こちらも『の方』と同様に、ややあいまいにしたい心理が現れる言葉なのかもしれません。口癖も「なくて七癖」要注意!といったところです。