「江戸しぐさ」にある「三脱の教え」とは、初対面で「名前を聞かない」「職業を聞かない」「年齢や位(役職)を聞かない」という暗黙のルールです。先入観を持たず差別なく接し、お互いの人間関係をより良いものにすることが、地域の平和や発展、商売繁盛につながるという考えが根底にあったのです。
江戸に暮らす庶民にとって「暗黙のルール」を知らない人は、「井の中の蛙」=「井中っぺい」とされ、子どもたちから見ても、ルールをわきまえた大人は憧れで、お手本となる存在でした。江戸の時代の処世術には、現代のコミュニケーションのヒントがあります。
1、いきなはからい「体談」
いきな江戸っ子は、江戸しぐさが五体に染み込んで、自然に体が動く、瞬時に体で表現することができると言われていました。これを「体談」と言います。
たとえば、お年寄りや子どもが困っていれば、手を差し伸べ、声をかける。喧嘩が始まれば仲裁に入るなど。今の世の中で考えれば、ただのお節介と思われるかもしれませんが、頭で考える前に、さっと体が動くのが「粋(いき)」とされていたのです。
体談は「瞬間芸」のようで、体談が上手な人は、その人の体に染み付いた考えや思いが、そのまま行為(ふるまい)となって語る「身体技法」とも言えるものでした。
口のきき方、目つき、表情、身のこなしが見るからにいきで素敵な人とされていました。
2、「おはよう」の意味
江戸では「おはよう」の挨拶は、これから始まる一日は、どんなことがあるかわからない時点で、朝早くの真っさら(まったく新しい)な自分の心の状態を伝え、「あなたにとっていい一日であるように」と願う言葉でした。
そのため間髪入れずに、こだまのように「おはよう」には「おはよう」。「おはようございます」には「おはようございます」と返すのがルールでした。
挨拶は、笑顔(表情)、言葉(思いやり)、お辞儀(態度)の3つが揃ってこそ、相手の心に届き、いい人間関係を築きます。
現代は、「おはよう」を言わない家族や地域が多くなりましたが、朝一番の挨拶を見直すことで、自分の周囲に良い変化が訪れるかもしれません。
3、「束の間つきあい」
町で知り合いに会えば「束の間つきあい」をする。知り合いでなくても、たまたま居合わせた人にも「束の間つきあい」をする。いつ何が起こるかわからない江戸の人たちは、「一言、二言」の挨拶を交わしました。
別に親密に話し合う必要はないのですが、一言二言の軽い「束の間つきあい」を大切にしていました。同時にそれは、人間関係を円滑にするもので、地域の安心安全にもつながるものと心得ていました。
現代の「束の間」は、スマホを見たり、イヤホンをしていたりするので、声がけしようにも躊躇してしまいます。また、見ず知らずの人に声をかけられると違和感があることも。
現代の「束の間つきあい」が上手い人はコミュニケーション上手なのかもしれません。
4、「時泥棒」は死罪に相当?
江戸時代は、日の出日の入りを基準にしていたので、春と夏では時間の長さが異なっていました。一刻(2時間)は2時間6分から1時間37分という差がありました。
江戸の人々は、この時間に合わせて仕事の段取りを整え、キビキビと生活をしていたので、相手の都合も考えず、いきなり押しかけるのはタブーとされ「時泥棒」と言っていました。お金は後で返せても、時間は取り返しがつかない大切なものだとして、時泥棒は死罪にも相当する十両(今の400万円ぐらい)の罪だと考えられていました。「江戸しぐさ」が単なる処世術ではなく「商売繁盛しぐさ」とも言われるのもうなづけます。