F&Aレポート

話し方教室からみえる人間模様 ある日の風景 喪主の挨拶を教えて欲しいという老女

話し方教室からみえる人間模様 ある日の風景 喪主の挨拶を教えて欲しいという老女

■ 話し方教室には皆それぞれ目的を持って通って来る。シュウカツ中の学生からシニア層まで、主婦、OL、経営者、エンジニア、医師等多彩な顔ぶれがある。こんなに幅広い人間が集まる習い事もめずらしい。彼らの共通点は「苦手な話し方を克服して、自らの人生を豊かにしたい」ということ。
■ 昨年上映された「幸せの教室」は、話し方教室に通う冴えない中年男性(トム・ハンクス)が、教室に通い訓練するうちに自信をつけ、話し方教室講師(ジュリア・ロバーツ)とハッピーエンドになるという、サクセス&ラブストーリーだった。
■ 話し方教室には様々な人達の人生模様がある。受講生たちは話し方のスキルアップだけでなく、普段の生活では知り合えないような人達との訓練を通して、人生の気づきに出合えることこそが面白いという。今回は、そんな話し方教室の一こまをお届けしたい。

1.「喪主の挨拶はどうすればいいですか」
 人前で話をするときの心構えや準備などのノウハウを一通り説明したところで、会場からおずおずと手が挙がる。一人の老女だった。「喪主の挨拶はどうすればいいですか?」と。
 虚をつかれるとは、まさにこのことであろう。それまでたいていは、ハレの日かビジネスシーンを想定して指導をしていたが、たしかに「喪主」としての挨拶という一大行事も人生にはある。質問をした老女は、そう遠くない時期に”その日”が来ると思うので勉強に来たのだと言った。
 その日は「喪主の挨拶」についてはなんの準備もしていなかったのだが、自らの体験を踏まえて説明する。手順、構成、注意点など。その間、しわしわの手でペンを持ち、真剣にメモをする老女の姿が印象的だった。いつか長年連れ添った人を見送るときに、このメモを参考にするのだろうか。「挨拶の形式にこだわるよりも、一生懸命のその思いで十分ではないですか?ご主人にも伝わりますよ」と言うと、老女は少女のようにはにかんだ。

2.「母を介護しながら、自分の滑舌がよくなったのを感じます」
 仕事をするかたわらで母親の介護をしている四十代男性Aさんは対話が苦手で教室に通い始めた。話術は仕事にもきっと役立つだろうと思ったのがきっかけだった。
 ただ、もともと苦手な分野を学ぶことは苦痛に感じることもあった。決して楽しいお稽古事ではない。当然だがお金も、時間も、労力もかかる。母親の介護をしているので家のことも気になる。そんな中、教室での課題は「エピソードや思いを入れた挨拶」だった。彼は言葉少なにこう言った。
 「最近、滑舌が良くなったように思います……それは母の様子を見て思うんです。以前はなかなか言ったことが伝わらなくて……母が何度も”はぁ?”と聞き返して、私もイラッとすることがありました……でも最近は一回で伝わるようになりました。なんか、スムーズにいろんなことができるようになりました。話し方教室に来てよかったと思っています」。
 情景が浮かぶ。心根が感じられる。介護される母親と介護する息子の姿と、その背景にある二人の絆のようなもの。人はなぜ伝えたいのか。「伝える事」の根本を考えさせられた。

3.喜寿を迎えて「今まで一番苦手だったことにチャレンジしたい」
 「今年、77歳になりました。私が子供の頃は、終戦というのか、原爆も体験しましたし、まともに本を読んだり、話し方を習ったりできるような時代ではなかったです。私自身も人前で話をするというのは一番苦手なことで今まで避けてきました。でも、よく考えれば、私もあと何年元気でいられるのか……。いろいろ考えて、これ(話し方)をマスターすれば悔いが残らないのではないかと思い、(話し方教室を)受講することにしました」。
 この男性はとても喜寿を迎えるような年齢には見えないが、毎回時間に遅れることなく出席され、時々鋭い質問をされるほど、テキストも事前にしっかり読んでくださる。
 人生の大先輩はその存在だけで、中高年者にはもちろんだが、若い人達にも励みになる。「あんな風に年をとれたらいいよね、元気で向上心があって見習いたい」と異口同音。
 人前での挨拶があるからとか、仕事の都合で致し方なく話し方教室に通い始めましたという人達ばかりではない。
「話すこと」は、考え方や感情と深く結びついている。だから「話すこと」はその人自身であり人生そのものと言っていい。「話すこと」を磨くことは人生を磨くことに等しい。教室には様々な人生模様がある。明日はどんなエピソードに出合えるのだろう。

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