「六」にまつわることわざ、しきたり
今年もはやくも6月を迎えます。1年の半分、6月にちなんで「6」という数を見直してみましょう。(日本人数(かず)のしきたり 飯倉晴武編著)
「どっこいしょ」の語源は「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」
富士山などの霊峰に登るとき「六根清浄」と唱えながら登る人がいます。これは山岳仏教の行者たちが山岳修行の際に唱えていた言葉で、六根に具わる煩悩を浄めるためです。
六根とは、眼根(視覚)、耳根(聴覚)、鼻根(嗅覚)、舌根(味覚)、身根(触覚)の五感に、意根(心)を加えたもの。私たち人間は五感を通して物事に触れますが、そこに我欲が付着すると心に迷いが生じます。六根こそ我欲の根源。「六根清浄」のかけ声は、そうした我欲から六根を浄めようとするものなのです。それが一般化して登山者にも広まると、本来の意味を離れて登山中の無事と山を汚さないためのかけ声になっていきます。さらに「ろっこんしょうじょう」の音を耳にするうちに、一休みするときの一声「どっこいしょ」になったといわれています。
芸事は六歳の六月六日に始める
六月六日は「お稽古始めの日」とされています。一説によると、指折り数えると五までは親指から順に指を曲げて数えますが、六は小指を立てて数えることになります。そこから、「子が立つのは六」と縁起担ぎをするようになり、六歳六月六日を芸事始めの日にするようになったといわれています。
十日の菊、六日の菖蒲
時期外れで使い物にならないということ。菊は九月九日の重陽の節供。菖蒲は五月五日の端午の節供。九月十日、五月六日に準備をしても役に立たないということから。