駕篭(かご)止めしぐさ
先日、ショッピングモールの中にある店舗入口のすぐ前に、黒塗りの高級車が一台止まっていて、車の中からいかつい感じの男性が出てきました。部下と思われる、これまたいかつい感じの男性が恭しく頭を下げてドアのところに立っていました。駐車場は少し歩いたところにあるのですが、わざわざ入口近くにピタリと駐車していました。その光景を見て、ふと江戸しぐさの「駕篭止めしぐさ」が思い出されました。
100万都市であった江戸は、言葉も習慣も異なる人が集まっていたので、皆が心地よく暮らし、商売が繁盛するようにと、江戸の商人たちが智恵をしぼり工夫を重ねて、人付き合いのノウハウが出来上がりました。それが「江戸しぐさ」であり「共生の知恵」とも言われています。
中でも「駕篭止めしぐさ」とは、謙虚で危機管理に長けたしぐさといえます。
当時の駕篭は、今ならタクシーに相当するものですが、非常に高級な乗り物でした。今でいうセレブな人たちか、よほどお金のある人しか乗れない憧れの乗り物だったのです。
しかし、訪問先の正面玄関に駕篭を付けるというのは、はしたない行為とされていました。訪問先の少し手前で駕篭を下りて歩いて訪問したのです。これは、訪問先や周囲に自分の豊かさや成功をひけらかすことになる。または、正面玄関に付けることによって「誰が来たのか」と、先方に余計な気を遣わせることになりかねない。さらに、駕篭にのれるほどの身分になったといって思い上がってはいけないという戒めもありました。
また、一部の治安の悪い地域にあっては、身元や訪問先がわからないようにするための危機管理でもありました。大声で駕篭を呼ぶことは御法度とされ、自宅の前から乗ることや、訪問先の玄関口で下車することも控えていました。
このルールを知らない人は、江戸のルールを知らない「田舎の蛙」(いなかっぺい、粋でない)とされていました。田本当に実力のある人ほど謙虚で控えめで、周囲に対する配慮ができていたということなのでしょう。現代に通じますね。