「慎み」感情をすぐにかたちに表すことを避ける ~一流のステージに立つための心得
春。新入社員のほとんどが、ビジネスマナーを学ぶ季節ですが、マナーを学ぶべきは新入社員だけではありません。大事な場面で、自信なく過ごしたり、逆に身の丈以上に見せようとムリをするのではなく、自分の立場をわきまえた上で堂々と振る舞えることこそが、大人ではないでしょうか。
約700年前の室町時代に確立した武家の礼法は、もともと「男」のために生まれた礼法です。上司や取引先、部下との付合いなど、男性が上のステージに立つための礼儀作法「こころ」と「かたち」をご紹介します。(「誰も教えてくれない男の礼儀作法」小笠原敬承斎著 光文社新書)
1.扇子の使い方
男性にとって、夏の炎天下でスーツを着ての外出は、汗も出るだろうし、扇子を持っていれば扇ぎたくなるのもムリはない。しかしながら、武士はそのような状況の中においても、暑いからといって、上の立場の人がいる前で扇子を取り出して使用することは、慎みに欠けた自分勝手な立ち居振る舞いでると考えられていた。どうしても暑さが静まらないときには、「自然難儀ならば二、三間ひらきて使うべし。皆開きては我心十分に似たり」
とあり、扇は少々開く程度の状態で用いるならばよし、とした。それは、上の人に対する配慮だけではなく、周囲が誰であっても、自らの暑いという気持ちを全面に出し切らないようにという慎みの表れでもある。
よって、現代においても扇子はすべて開ききらず、また扇子の風が周りの人に不快感を与えないように低い位置で用いることをお薦めする。
自分の感情をすぐにかたちに表すことはできる限り避けたい。たとえば、同行している人が「暑い、暑い」と何度も声に出していうと、こちらもますます暑い気分になることがある。だが、気温が30度を上回るような日に夏物の和服を涼しげな顔で着ている人の姿を拝見できたときは、それだけで涼しげな気分になる。
このように武士は慎む気持ちをあらゆる行動に取り入れていた。たとえば小笠原流には、軽いものは重々しく大切に扱い、また重いものを持つときは、顔をしかめていかにも精を出して重いものを持っているかのようにふるまうことは見苦しいので慎むように、という教えが存在している。これは、押し付けがましい立ち居振る舞いをできるだけ避けようという、さりげない心遣いから発した慎みの形といえよう。
さて、目に立つこと同様、控えるべきことに、「音の慎み」がある。物を置くときにも、なるべく音を立てない動作を心がけるべきである。大きくて重い荷物に限らず、食事中にワイングラスをテーブルの上に置くさいにも、無造作にならないように、音がしないようにと気をつける配慮は忘れないでいただきたい。
暑いからといって、ハンカチを取り出して汗を拭くことや、鼻をかみたいからといって、おもむろに鼻紙を取り出すことはしないようにと説かれている。なんとも厳しい話である。
しかし、がまんすることが難しければ、人のいない側を向いて汗を拭ったり、鼻をかむことは許されていた。大事なことは、自分の気持ちのおもむくままに振る舞うことは慎むべき、という判断とそれに基づく立ち居振る舞いである。
暑いとき、寒いとき、疲れているとき、悲しいとき……どのようなときも常に周囲への配慮を忘れずに振る舞うのは難しい。だが、その難しさを克服した先には、磨かれた男性だけが持ち得ることのできる、優雅な立ち居振る舞いが存在する。
2.「残心」しめくくりに数秒、心を込める
小笠原流では「残心」を大切にしている。「残心」とは文字のごとく、相手に対する心を最後まで残すということ。
たとえば、お辞儀を行う際には、必ず残心を取り入れる。上体がもとの姿勢に戻ったあとに数秒、心を残すこと、すなわち間をとることで、お辞儀に慎みが生まれる。
つまり残心は、心のゆとりそのものを表すのである。すぐに次の行動に移りたい気持ちが勝ってしまうと、お辞儀の印象が軽くなるので注意しなければならない。
客を送る際、電話を切る際にも残心は欠かすことができない。「残心」は間である。残心を大切にする男性は、雄麗な心を持っているに違いない。