F&Aレポート

感情は考え方によって作られる ~非合理的信念・思い込み~ 1

感情は考え方によって作られる ~非合理的信念・思い込み~ 1

 私たちは、現実の状況や出来事が、感情や行動を引き起こしていると思いがちです。しかし、実際は違うのです。起きたことをどう受け取るかというその人の考え方が、感情を引き起こし行動を招くのです。
 たとえば、今憂鬱なのは、昨日上司に叱られたからだと思うことがあります。上司が自分を叱ったのは自分を嫌いだからではないか、自分の能力を認めていないからではないかなど、否定的な考え方が頭を占めます。すると憂鬱になり、上司に対して腹がたつので、職場に行く気が起こりません。しかし、職場を休んだからといって憂鬱は解消しません。上司と余計に顔を合わせづらくなるだけで、自分の世界をどんどん狭めかねない行動です。別の人は上司に叱られたから今日は気合いを入れて職場に向かうかもしれません。また別の人は、今日は上司と話し合ってみようと考えるかもしれません。このように、私たちは、自分の周りの世界を現実的・客観的に判断しているようでいて、決してそうではないのです。自分の考え方に基づいて世界を理解しようとし、その結果、自分の感情を起こしているのです。今回は、状況や出来事という環境に振り回されず、感情をコントロールするための技法「ABCD理論」と、それを体系づけた米の臨床心理学者アルバート・エリスをご紹介します。(アサーション・トレーニング 自分らしい感情表現 土沼雅子著

1.不遇な幼少期から真実を見いだしたアルバート・エリスと、ABCD理論
 2005年に92歳で亡くなった、今もアメリカで根強い人気を誇るアメリカの臨床心理学者、アルバート・エリスを紹介します。彼の生涯から学ぶところがたくさんあるからです。
 エリスは幼少期に三つの問題を抱えていました。一番目は親の無視と放置でした。父親はセールスマンで家を空けることが多く、帰宅しても遊びに忙しくしていました。母親は家事や子どもに興味がなく、夜も友人と過ごして子どもの面倒を見ませんでした。息子のエリスが弟と妹の面倒を見ていたのです。二番目は、彼が病弱だったことです。五歳で扁桃腺の手術をし、五歳から七歳の間に腎臓炎で八回の入院をしなければなりませんでした。その間、10ヶ月に及ぶ入院中も、父母は見舞いに来てくれませんでした。
 一番彼を悩ませたのが、三番目の問題でした。それは極端な対人恐怖と対人緊張です。苦痛な対人関係状況を避けることで、なんとか過ごしましたが、不安と緊張のため、異性には話しかけたこともなく、その状態が青年期まで続きました。また、彼は運動が苦手で、人前で自己表現することを怖れていました。12歳のときには両親が離婚をしました。
 しかし、エリスはそのような環境には負けませんでした。一番目の問題には、母親の愚かさを憎むのはやめ、母の注意をいかに自分のほうへ向けるか考えることで対処しました。二番目の問題に対しては、長い入院中に病院中の本を読破し、八歳のときには百科事典をすべて読んでしまいました。彼は自分の不遇な環境を最高に活用したわけです。惨めな心理状態を克服するというより、不遇な状況をプラスに利用することを考えたのです。
 三番目の問題は、エリスにとって大問題でした。19歳の大学生の夏休みに自分に課題を出しました。それは近くの植物園に行き、夏休みの間に100人の女性に声をかけるというものでした。毎日勇気を振り絞り、100人に声をかけました。100人中4 人だけが立ち止まって話を聞いてくれました。そして4人のうち1人の女性が、また会うことを約束してくれました。その日が来て、エリスは緊張しながら約束の場所で待ちましたが、結局その女性は現れませんでした。そのとき、彼はあることを悟りました。
 その女性は来なかったのに、大きなことは何も起こらなかったからです。それまでエリスは、女性に拒否されることは致命的だと思い込んでいました。この世が終わるのではないかというほど恐れていたのに、何事も起こらず世界は存在し、自分も存在していました。つまり恐怖は自分の中の強い思い込みに過ぎないことを悟ったのです。それから彼は、考えや思い込みが感情を作っていることを提唱し始めました。彼の体験に根ざした論理療法が、後に多くの人々を救うことになるのです。

<ABCD理論>
 A Activating event 出来事や体験
 B Belief 信念体系や考え方
 C Consequence 感情や行動の結果
 D Dispute 論破

 たとえば自分が今日、腹をたてて落ち込んで職場を休んでいるのは、昨日会社の上司に怒鳴られたからだと考えます。つまり昨日の出来事があったから今日の気分や行動に影響していると考えます。しかし、エリスはA(出来事)がC(感情)を引き起こしているのではなくてA(出来事)に対するB(考え方)がC(感情)を作っていると考えるのです。つまり「私」を不安、憂鬱にしているのは「私」です。Aの出来事ではなく、Bの考え方が不安、憂鬱の原因なのです。