「方丈記」は1212年ごろ、大火、辻風、遷都、飢饉、地震という現実の出来事を、鴨長明が見聞や記憶をもとに描いています。『悲しかった』『辛かった』という感情をできるだけ排除して、災害の事実を記述しています。
- どこで起きたのか
- どのくらいの範囲に及んだのか
- 家がどう壊れたのか
- 人々がどう動いたのか
- その結果、人の価値観や暮らしがどう変わったのか
かなり具体的に描かれています。つまり「私は、これを見た。こういうことが起きた、そして、人々はこうなった」という記録です。
かなり具体的に描かれています。つまり「私は、これを見た。こういうことが起きた、そして、人々はこうなった」という記録です。
「方丈記」は、『事実』→『観察』→『解釈』→『生き方への問い』という軸を持っています。事実を記すことは『未来への材料になる』のです。
「過去を残す」のではなく、「未来を考える」ために「事実」と「解釈」を分ける
私たちの仕事では、出来事そのものよりも、それに対する「解釈」が先立つことがあります。
「最近の若者はすぐ辞める」「お客様が価格に敏感になっている」「社員に主体性がない」こうした言葉は、経営者が感じている問題意識としては重要ですが、これらは「事実」ではなく、多くの場合、事実に基づく「解釈」です。
「事実を見る」→「解釈する」→「仮説を立てる」→「行動する」
たとえば、「若手社員の定着率が悪い」という一文を、「昨年入社した10名のうち、1年以内に3名が退職した」「退職した3名のうち2名が上司とのコミュニケーションについて相談していた」「1on1の実践率は10%だった」と記録すると、初めて「何が起きているのか」が見えてきます。
その上で、「育成に問題があるのではないか」「上司と部下の関係に課題があるのではないか」「職場環境に要因があるのではないか」と、仮説を立てます。つまり、「事実を見る」→「解釈する」→「仮説を立てる」→「行動する」という順番です。
事実を正確に捉えることが重要なのです。
記録は「未来の意思決定を支える」
なぜ、わざわざ事実を記録するのでしょうか。「あとから振り返る」ためです。でも、それだけではありません。記録には「未来の意思決定を支える」という役割があります。
お客様からのクレーム。ある社員の退職。失敗した商談。会議で出た小さな提案など。そのときは「たいしたことない」とやり過ごした出来事が、あとになって大きな転換点だったとわかるときがあります。
記録されていなければ、「なんとなくそうだった」という記憶になってしまいます。人の記憶は、時間とともに変化します。だから企業には「組織としての記録」が必要です。「なぜこの商品を作ったのか」「以前、同じ問題が起きたときどう対処したのか」「お客様は何に喜んでくださったのか」。こうした記録は、企業の歴史であると同時に、未来の社員の財産になります。「方丈記」が800年以上の時を超えて残っているのも、そこに「その時代に何が起きていたのか」という記録があるからです。記録された事実は、時を超えて次の世代の判断材料になります。
「答え」よりも、まず「観察する目」
「方丈記」を見ると、時代の変化をただ評価しているだけでなく、まず「見る」ことを大切にしていることがわかります。いきなり「改善」を考えるのではなく、まずは「何が起きているのか見る」「現在を正確に観察する力」これこそが、「課題解決」し「未来を開く」力になることを鴨長明は文字を通じて教えてくれているのではないでしょうか。
