F&Aレポート

行動経済学入門 勘違いが人を動かす 1 私たちは認知バイアスに操られている? さまざまな「ハエ」

「ハウスフライ効果」とは、「男性用小便器に『的』としてハエを描いたところ、おしっこが便器の外に飛び散る量が劇的に減った」という事例に基づいて名付けられた、認知バイアス効果の総称です。行動経済学者に言わせると、私たちの生活には、実はさまざまな『ハエ(認知バイアス)』が仕掛けられているといいます。近年はこの研究が進むにつれて、人間が生得的(生まれつき)に持っているこの心理的な傾向をビジネスや公共分野に活かそうとする動きが、ますます活発になってきています。いわゆる「ナッジ」「スラッジ」と言われるものです。認知バイアスについて理解を深めることは、私たちがこれからの社会をより良いものにしていくと同時に、個人として様々なリスクから身を守るためにも重要であると言われます。(「勘違いが人を動かす」教養としての行動経済学入門 エヴァ・ファン・デン・ブルック&ティム・デン・ハイヤー 児島修訳 ダイヤモンド社)

なぜカジノは「現金」ではなく「コイン」を使わせるのか?

 ラスベガスは、ハウスフライ効果の都だ。世界中探しても、ラスベガスほど騙しのプロや腕利きのイリュージョ二ストが集まっている場所はない。

 人はカジノに足を踏み入れるとき、「私はカジノのゲームが得意だ。幸運も味方している。止め時だってわかっている。いろんなトリックがあるだろうが、自分には通用しないぞ」と心の中で思っているものだ。

 カジノには、客から金を搾り取るための巧妙な仕掛けが驚くほどたくさんある。入口で現金をチップに替えるように求められた時点から、それは始まっている。

 掛け金をチップに替えるのは、大量の現金を持ち歩くことの危険性を減らす安全面の理由だけではない。プラスチックのチップを使って賭けをすると、現金を使った場合よりも負けたときに苦痛を感じなくなる。それを、カジノ側は知っているのだ。

 カジノの店内では、幸運をつかんだ人の姿をあちこちで目にする。目につきやすいところにスロットマシンが設置され、わざと(小さな)賞金がたくさん出るようになっているのだ。それを目にした他の客は、自分も同じ幸運を手にできるかもしれないと期待する

 店内に入ると、時間の感覚がすぐになくなり、いつまでもギャンブルを続けられるような錯覚に陥る。また、カジノは意図的に迷路のようになっていて、何日そこで過ごしても、最短で出口に向かう道のりがわからないような設計になっている。これもできるだけ長く客に金を落とし続けるようにさせたいカジノ側の狙いに基づいている。客の歩くスピードを遅らせるために、店内には毛足の長いカーペットが敷き詰められている。

 時計はない。あるのは店内で売られている法外な値段のスイス製腕時計のみだ。

 店内には日の光は入ってこない。屋内の壁にパリやヴェニスの風景が再現され、描かれた青空が見えるだけだ。イルミネーションを施した数字が、次の大当たりへのカウントダウンを告げる。点滅する光、絶え間なく鳴り響くマシンの音。その合間から聞こえてくる小さな当たりを知らせる音・・・どれも、客に「もう少し賭け続けたら勝てるかも」という気にさせるためのものなのだ。

日常にあふれる無数の「仕掛け」

 旅行者たちは数日間カジノに興じたのち、逃げるようにラスベガスをあとにする。この都市に長く滞在した人は、問題を抱えやすくなる。ギャンブルの誘惑はカジノだけではない。店舗やガソリンスタンド、空港など、あちこちにある。その結果、こうした「次の賭けでこれまでの負けを取り戻せる」と、自分に言い聞かせるギャンブル依存症の人があふれることになる。認知バイアスは、聖書に出てくる災いのようなものであり、誰も逃れられない。「これは米国の話だ。私の国の文化はもっと堅実である。だから他人に騙されることはない」と思った人もあるかもしれない。だが、それは本当だろうか?

 試しに、地元の大きな家具店に行ってみてほしい。よく観察すれば、その店がラスベガスのカジノと同じような発想で設計されていることがわかる。店内の経路はわかりにくく急いで見て回るのは難しい。店内で日光は見えただろうか?そう、最後には見える。レジがある場所では、外の光が見えるようになっている。金を払った客に対しては、さっさと外に出て行くのを促しているのだ。ショッピングモールや洒落たレストラン、国税庁のウェブサイトはどうだろうか?ラスベガスの仕組みは、私たちの住むごく普通の町でも同じように用いられている。日常生活には、私たちの行動を誘導しようとする様々な仕掛けが溢れている。そして一番の共犯者はあなた自身の脳なのだ。(私たちの日常に潜むさまざまな「ハウスフライ効果」次回に続く)

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