新しい年2022(令和4)年を迎えました。今年は、週末が年末年始となったことから、正月休みを短く感じられた方も多いと思います。また、人と密にならないことが自然になり、静かな正月を過ごされた方も多かったのではないかと思います。
さて、日本はすでに先進国ではないと書いたのが、2年前2020年1月の当レターです。その後は言うまでもなく新型コロナウィルス感染症(コロナ)で世界中が埋め尽くされた2年間でした。この間、日本はどうなったでしょうか。元旦の日経新聞のコラム(春秋)によれば、「デジタル化の遅れ、多様性の欠如、旧態依然の教育システム…」と「コロナの災禍があぶり出した21世紀の日本の危機はずいぶん深い」と書かれているように、日本の遅れを認識してきている報道が増えてきたように感じられます。
「いや、まだまだ日本は見捨てたものではない」と思われる方も少なくないかもしれません。確かに、日本の技術力の中には、世界で「まだ」通用するものがたくさんあると思います。しかし、この発想自体がすでに日本が遅れていることを認めてしまっているように思われます。なぜなら、デジタル化は、社会の隅々、少なくとも事業者の間では浸透しなければならないのに、電子取引に関する税制で2年間の猶予が必要になったのは社会全体の問題です。この遅れを取り戻すには、まず意識から変革しなければなりません。社会を引っ張る重要なセクターの一つが政治ですが、政治は国内で最も意識変革が遅れているところです。デジタル庁の例を見てわかるように、行政のデジタル化の遅れの原因の一つはその上に立つ政治家の意識の遅れと思われることが多々あります。再生のためには、まず現状を認識して、将来をどのように組み立てていくのか、感情ではなく問題の根本から考える必要があります。
ただ、コロナが終息とは言えない時点で、人々はそれなりの生き方を身につけて来ました。ここがとても大切です。オンラインに頼らざるを得なくなった結果、多くの人が、ウェブ会議・リモートワークにより移動時間のロスを避けられることに気がつきました。飲み会がなくなったことで、その時間は家事や仕事・趣味に集中できることに気がつきました。コロナ前に戻るのではなく、2年間で学んだことを活かして新しい暮らし方に移行する人が増えていくとすれば、そこに日本再生の可能性があると思います。効率化がすべてではありませんが、2022年の日本に求められているのは、新しいものに取り組む意識をより多くの人が持つこと、です。