ボストーク松山藤原塾

祭だっ!

はじめに

今年も残すところ3ヵ月を切りました。日が暮れるのも早くなり、松山市内だと18時には暗くなります。

明日10月7日は松山の主に旧市内で開催される秋祭り(地方祭)の最終日です。道後温泉駅前では、早朝から神輿の鉢合わせが行われるはずです。この後に行われる新居浜の太鼓台や西条のだんじりに比べると華やかさはありませんが、松山でゴミの回収がないのはお正月と地方祭の日だけ(小中学校も当然お休み)というくらい、松山市民にとっては大事なイベントです。

この祭が終わると、本格的な秋の到来。そして冬の準備です。

今週の愛媛

松山市駅前の再開発がほぼ完了し、先週末には駅前広場でイベントが開催されました。近くを通りかかったので少しだけ覗いてきましたが、町の真ん中に少しだけど芝生があるのは良い感じです。狭い感じもしますが、5分ほど歩けば広い堀之内公園がありますから、市駅はこの程度で十分かもしれません。一般車両が中に入れなくなったので不便だという声もあり、私も当初はそう思っていましたが、車中心の地方都市で、逆にこのような空間があるのは悪くないなと思いました。これから人口も減っていきますからね。

東京に比べて、地方都市がどのように生き残っていくか、元気を維持していくというのはひじょうに難しくなっています。高松の丸亀町商店街やアリーナとはちょっと違う感覚で、松山の再開発が行われていけばよいなと感じます。

来月には市長選挙が行われます。今の国政はとても重たい感じがしますが、地方は少子高齢化という課題を抱えながら、みんなが元気で楽しいと感じられる個性豊かな町作りを目指していただきたいと思います。もちろん、市民1人1人の生き方、暮らし方も大切です。政治と生活の距離が近い地方だからできることがあるはずです。

今週考えたこと 外国人問題について

だいぶ前になりますが、ロンドンのグリニッジにある公園にいたとき、英国人の若い女性2人組から「Are you Japanese?」と聞かれたことがあります。Yesと答えたら、笑いながら消えていきました。彼女たちは何が言いたかったんだろう?と思い起こすと、想像ですが、2人で私たちのことを「日本人だと思う?中国人だと思う?」と話していたのではないかと思います。以前、「Which nese are you? Chinese? or Japanese? 」という人種差別的な質問があると聞いたことがあります(岡倉天心は、「We are Japanese gentlemen.」と爽快に答えるわけですが)。多分それと同じ流れの会話だったのでしょう。海外の人すべてがこのようなことをするわけではありません。私もおなじロンドンで英国人に助けられたこともあります。しかし、差別があるのは現実であり、実態です。

今の日本は、外国人がいなくては経済が成り立たなくなっています。コンビニや飲食店で働く外国人はたくさんいて、彼らがいなくなれば、商売はできなくなります。そうでありながら、今の日本の風潮は彼らを閉め出そうとしています。英語で言えば、Xenophobia(ゼノフォビア)、外国人嫌悪です。人材不足の問題だけではありません。海外から日本の自然、居住環境に憧れて移住してくる人もいます。彼らは日本人が見逃してしまいがちな魅力に気が付き、生活をしようとしています。大都市圏だけでなく、人口減少が著しい地方でもそんな人たちがいます。それはとても貴重な人材なのです。海外から来る人たちの門戸を閉じようとする今の政策は彼らの思いを否定するだけでなく、地域経済復活の芽を摘み取ってしまうことでもあります。日本を守ろうとしているつもりが、逆に日本を破壊しているわけです。

確かに、体型や肌の色、話す言葉、持っている文化など、自分たちと少し違う存在は、ストレスがないとは言えません。何を話せば良いんだろう?多くの日本人が持っている価値観を共有できるだろうか?例えば、交通ルールに違反したら注意してもよいか?ゴミの出し方を間違っていたらどんな風に注意すればよいか?など、こちらが戸惑うことはいろいろあります。しかし、彼らは今まで生きてきた中で違う習慣を持ってるわけで、解消していかなければならない問題です。それは日本人でも同じです。

今の日本人が外国人に対して持っている思いは、私がロンドンで感じたものとは少し違うかもしれませんが、元の意識は同じだと思います。相手の立場になって考える、相手の存在を認める。少子高齢化が進み、日本経済が縮小している中で大切なのは、外国人を否定するのではなく、一緒に暮らしていくゆとりなのではないかと思います。また、様々な価値観、多様性の中から生まれる想像力は経済活性化に不可欠なものです。

対立と融和、どちらが簡単かといえば、対立の方が簡単でしょう。対立は相手を叩けば良いですが、融和のためには相手の存在を認め、相手のことを知り、話し合い、(良い意味での)妥協点を見いだしていかなければなりません。今の日本はそのための努力を行うことを考えていないように思えます。以前ご紹介したSubstackに、ポルトガル人の書いた文章があり、そのようなことを思い出しました。

税金の事件について

サザンオールスターズのメンバーの会社について、5億円を超える申告漏れがあったという報道がありました。この記事を見てどのような感想をお持ちでしょうか。ここで想像される感想はこんな感じでしょうか。「しっかりお金を儲けてごまかそうとしたけど税務署に見つかったんだな、悪いやつだ」「税理士が変なスキームを作っただろう、なんてひどい税理士だ」「いろいろ考えて節税したのに税務署もひどいな」さて、皆さんはどれでしょうか。

今回のスキームはグループ法人税制の仕組みを使ったかなり複雑で専門的なものです。売上を除外したり、架空の経費を計上したりという犯罪的なものではありません。一通りの税法の規定では課税されないのですが、巨額の配当をして会社の価値をゼロにしたりと、やっている取引が通常では行われない異常なもので、そこが「不当」であると判断されたということです。新聞報道によると、重加算税ではなく過少申告加算税で処分されています。税理士として前向きに取り組めるスキームではありませんが、「いろいろ考えたのは偉いけど否定されて残念だったね」と言える、根本的に悪質なものとは言えない(しかし健全とも言えない)レベルと考えられます。

このような税金の事件は、善悪の区別はつけにくいものです。この事件に対して、「税金をごまかすとは悪いやつだ」と言っている人が、自分の確定申告では「なんでこの支払は医療費控除の対象にならないんだ!」と怒ってたりします。金額は違いますが、広〜く考えると、考えてることは同じです。刑事ドラマは善悪がハッキリしているのでドラマになりやすいのですが、税金ドラマってあまりないですよね。ごくたまにでてくるのは、明らかな脱税犯のドラマであって、今回のような「法人税法の○○条の取扱がこのような考え方で間違っているから過少申告と思われるので修正申告をしていただきたい」なんてドラマを作っても全然面白くないでしょう。

税理士の視点で考えると、今回のように、通常は行わない取引を行って税金を下げる行為は、法人税法などでも規制されていますので、慎重な判断が求められます。この「慎重な判断」というのが難しいのです。納税者であれば、税金は安い方が良いというのは一般的です。それなら多少無理な節税策をやってしまうか?「多少無理」とはどのレベルか?そう考えると、今回の事件は、決して特殊なものではなくて、やり過ぎた部分があり、芸能人だから取り上げられやすく、税務署の問題提起として報道されたと言うことかもしれません。

税金だと説明がつきますが、世の中で起きてることって、本当は簡単に善悪判断できないと思います。そこをスパッと分けてしまう意見は分かりやすいですが、同時に危険でもあります。

一般的にドラマで出てくる税理士ってかっこ良くないことが多いのですが、実際は経済の根っこの部分でみんな一生懸命仕事をしていて、目立たないけどかっこ良いんですよ。誰も言ってくれないから、自分で言います。

今週のAI

最近、情報漏洩の事件が報道されることが多くなってきました。ほぼ毎日、それも何件もでてきます。統計があるわけではありませんが、事件の増加はAIの影響によるものと考えられています。今までは人力に頼っていた相手を攻撃する部分をAIを使って大量に一気にできてしまう。文章や資料を作る作業と同じ感覚でサイトを攻撃していくので、防御するのは難しいとも言われています。AIのリスクについてここ数ヶ月議論される機会が多くなってきましたが、AIの良い面だけでなく、悪い面も急速に拡がってきていると考えた方が良さそうです。

だから私たちはどうすべきか?ここはAIも交えて防御策、漏洩した場合の対応策を考えておくべきです。

おわりに

先週火曜日にiPhone18PROを買いました。スマホの情報は数時間で移行できたのですが、使用するアプリはPWなどその都度設定していく必要があり、1週間でほぼ前と同じ状態になりました。このようなときに、LINEの引継が問題になりますが、銀行やSuica、マイナンバーなどの情報も再設定が必要です。どれも機密度が高い情報だから仕方ありません。ただ、同じようなアプリでも、すぐにできたり、なかなか手間取ったりといろいろありました。

そのiPhoneで、最近、日経電子版を読むことが多くなりました。今までは、PCで読むことが多かったのですが、朝起きてすぐ見ると、海外の情勢を受けたニュースが上がっているので、目覚まし代わりに読んでいます。その日経電子版の朝刊夕刊が新しくなりました。従来は、紙の新聞をネットに載せたという感じでしたが、今回のリニューアルでは、通常の電子版に近いUIになったように思います。

新聞はテレビなどと一緒にオールドメディアとか、レガシーメディアと言われますが、今回のような動きを見ていると、新聞というメディアも紙にこだわらず常に新しい形を考えているようで、決してレガシーではありません。溢れる情報の中で、どのメディアを選択するかというのは、私たち1人1人が理解しておかないといけない部分だと思います。

Z世代はスマホで育った人たちで、何でもスマホでこなしてしまうので、パソコンのキーボードは叩けないという人が多いそうなのですが、AIが普及していく中で、正確なプロンプトを打ち込むためにタイピングも重要になってきているそうです。オールドメディアはダメと一方的に決めつけてしまうのは、別の意味での固定観念です。もうちょっと頭を柔らかく、視野を広げてみることも大切です。もっとも、日経に掲載されている情報に興味があるかどうかはまた別の話ですけどね。このリニューアル私は良いと思うけどなあ。


※この記事では一般的な経済市場動向についての情報提供を行っているもので、特定の投資を推奨又は勧誘するものではありません。