広島は8月6日、米国の原爆投下から81年の「原爆の日」を迎えました。
広島市の平和記念公園では午前8時から「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式
典)が営まれました。
今年は過去最多の123カ国・地域と欧州連合(EU)の代表が出席しました。
式典は、米英仏中ロの核保有五大国のうち、中国とロシアが欠席。事実上の保有国ではイスラエルとインドが参列し、パキスタンと北朝鮮は不参加です。
式典は『原爆死没者名簿奉納』あと、『式辞』、『献花』、『黙祷・平和の鐘』に続いて、広島市長による『平和宣言』、『放鳩』、こども代表2名による『平和への誓い』があり、『挨拶』内閣総理大臣、広島県知事、国際連合事務総長が述べられ、『ひろしま平和の歌』合唱で閉会となります。
本レポートでは、こども代表『平和への誓い』と、『こどもピースサミット』をご紹介します。
こどもピースサミット2026『平和への誓い検討会議』
毎年4月〜5月、広島市内の小学校及び特別支援学校小学部6年生を対象に平和をテーマとした作文(意見)募集があり、10,000名を超える応募の中から選ばれた20名が大ホールのステージ上で意見発表を行います。さらに、審査により選ばれたピースサミット大賞2名(男子1名、女子1名)が、平和記念式典で「平和への誓い」をスピーチします。なお、この「平和への誓い」は、作文応募で選ばれた20名による意見交流により検討されたもので、この活動が「平和への誓い検討会議」とよばれています。
こども代表「平和への誓い」
もしも「大切なもの」が一瞬で消えてしまったら、どんな気持ちになるのでしょうか。
私たちが笑いあっているときにも、尊い命が失われている現状があります。
今もどこかで、当たり前の日常がうばわれています。
ぼろぼろになった制服。
黒く焦げたお弁当箱。
それは、当たり前の毎日を生きていた証です。
昭和20年(1945年)8月6日、午前8時15分。
たった一発の原子爆弾が、人々の暮らしを、人生を地獄に変えました。
髪は焼けちぢれ、全身の火ぶくれが破れ、火傷した皮膚が垂れ下がった人々。
「痛いよ。苦しいよ。」
「助けて、お母さん。」
「死にたくない。」
「助けてあげられなくてごめん。」
死んでしまうつらさ、生き続ける苦しみは、想像することさえ恐ろしいことです。
私たちには、被爆体験を直接聴くことができる最後の世代として、
当時の記憶を事実として受け止める使命があります。
目をそらさず、知ろうとすること。
悲しい現実でも向き合うこと。
そこには、「生きたかった人々」、「生き続けた人々」の思いがあります。
私たちには、広島のこどもとして、行動する責任があります。
相手の気持ちを想像し、意見の違いがあっても認め、受け止めること。
平和への思いを、自分なりの方法で表現すること。
一人一人の小さな行動が、平和への後押しとなります。
平和とは、誰かからあたえられるものでなく、世界中の人々で
創り上げるものです。
こどもである私たちも、その一員として平和への一歩を踏み出します。
かけがえのない「大切なもの」を、確かな希望を、未来へ届けるために。
令和8年(2026年)8月6日
こども代表
広島市立高須小学校 6年 柿崎由宇 広島市立高南小学校 6年 河野和希
