F&Aレポート

企業研修に今こそ「対話型美術鑑賞」のススメ ~なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?

企業研修に今こそ「対話型美術鑑賞」のススメ ~なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?

 いま、世界のエリートの間で美術鑑賞が広まっていて、日本でも、近年、同じ流れが見られます。「なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?」の著者である岡崎大輔氏が所属する京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センターでは、ビジネスパーソン向けに美術鑑賞を取り入れた研修を行っており、延べ受講者数は1,500人を超えています。取り組み当初は「アート」と「ビジネス」という異次元に思える組み合わせのためか、取り組みに対する理解には時間がかかったようですが、近年はメディアに取り上げられるなど、企業からの研修の問い合わせが、俄然増加しているそうです。

 一見、美術鑑賞は、仕事と関係がないように見えるのに、なぜ、いまビジネスパーソンの注目を集めているのでしょうか?(「なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?」岡崎大輔著 SBクリエイティブ)

世間の美術鑑賞の「常識」は間違いだらけ!?

 あなたはこれまでに、美術館でアート作品を見たことはありますか?あるという方は、1つのアート作品を鑑賞するときに、どれくらいの時間をかけたでしょうか?

 ある海外の美術館で行われた調査によると、来館者が1つのアート作品を鑑賞するのに費やす時間は、平均10秒前後という結果が出たそうです。

 この調査結果だけを見れば、どうやら、美術館の来館者の多くは、アート作品をそれほどじっくりとは見ていないようです。

 では、別の質問をします。美術館のギャラリートークに参加、あるいは、音声ガイドを聞きながらアート作品を鑑賞したことはありますか?あるという方は、その内容をどれほど覚えていますか?こちらについても次のような調査結果があります。

 認知心理学者のアビゲイル・ハウゼンが、MoMA(ニューヨーク近代美術館)で行われたギャラリートークやレクチャーの参加者を対象に、調査を行いました。その結果、参加者はプログラム終了直後ですら、その内容をほとんど憶えていなかったそうです。

 毎年、多くの人が美術館を訪れています。ところが、多くの来館者が、作品は見ているものの、作品の内容がほとんど頭に残っていないのです。

ニューヨーク近代美術館で開発された美術鑑賞メソッド

 いま、世界のエリートが実践している美術鑑賞法の1つとして、ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ(Visual Thinking Strategies 以降、VIS)が挙げられます。

 VISとは、米国のMoMAで1983年から1993年まで教育部部長を務めていたフィリップ・ヤノウィンが中心となって開発された美術鑑賞法です。

 大きな特徴は、鑑賞中に、作品名や作者名、解説文という、いわゆるキャプションに載っている情報を用いないことです。そして、1つの作品あたり概ね10分以上、純粋に見ることだけに費やします。ヤノウィンは、作品の情報を用いない理由について『学力を伸ばす美術鑑賞』の中で次のように述べています。

 「アート作品は文字に頼らない視覚的なもので、親しみやすい部分と謎めいた部分を合わせ持っている。また、解釈が開かれており、幅広い層に訴えかけるテーマを扱っている。さらに、多様かつ複雑で、概念と感情の両方を喚起するという特性を持っている」

「解釈が開かれている」とは、捉え方は1つではなく、複数あるという意味です。要は「あなたなりの見方をしてみよう」ということです。「作品そのものへの理解」だけではなく、作品を見て自分が何を感じ、何を考えるか、なのです。

 これを実践することで、美術への造詣を深められるだけでなく、複合的な能力を伸ばす効果もあることが、米国の教育現場で実証されています。

 複合的な能力とは、具体的にいえば、観察力、批判的思考力、言語能力などです。

 これらはビジネスシーンだけでなく、人生全般において役立つ能力といってもいいでしょう。つまりこのメソッドを実践することで、人生が大きく変わる可能性もあるということなのです。「対話型美術鑑賞」はグループでアート作品を見ながら、発見、感想、疑問などを話し合うことで、課題発見、課題解決、表現力、語彙力、聞く力を高めることができます。(次回につづく)