F&Aレポート

行動経済学入門 勘違いが人を動かす 2 私たちは認知バイアスに操られている? さまざまな「ハエ」

 脳の重さは体重の2%しかないが、酸素やカロリーは全消費量の20%も消費するのだそうです。脳はこのエネルギーを使って多数の決断をすることで、私たちが健康かつ安全に暮らせるようにしています。人が下す意思決定の数は、一日に約3万5千回と言われています。ずれたメガネを直す、文字を入力する、水を飲む…。経済学者ダニエル・カーネマン(ノーベル賞受賞)は、「人間にとっての思考とは、猫にとっての水泳だ。つまり、できなくはないけど、あえてしたくはないものなのだ」と言っています。さらに「人は多くのことを自動的に行う傾向がある」と指摘しています。私たちの脳は、簡単に処理できるものを好む。「大量の情報よりも、わかりやすい方が効果的」なのだそうです。(「勘違いが人を動かす」教養としての行動経済学入門 エヴァ・ファン・デン・ブルック&ティム・デン・ハイヤー 児島修訳 ダイヤモンド社

脳は「面倒くさい」ことが嫌い 広告費なしで売上を倍にするシンプルな方法

 人はいつもと違う何かをするのが面倒なのだ。脳は、できる限り努力を避けようとする。お札を両替する、領収書を送る、市役所まで自転車で行く、ちょっとかがんだり、つま先立ちをしたりする動作でさえしたくない。

 アイスランドの首都レイキャビクの研究者らは、試験店舗で実験を行ない、あるブランドのポテトチップスの売上を倍増させることに成功をした。広告キャンペーンをせず、手の込んだ仕掛けも一切なしで。

 研究者たちは単に、商品を棚の下の方から、真ん中へと移動させただけだった。その方が目につきやすく、手にも取りやすい。

 固定客は自社商品の義理堅いファンだとメーカーは思っているかもしれない。だが、忠誠心の高い客でさえ、競合商品が手に取りやすい場所にあるだけで、腰をかがめて棚の下にあるお気に入りの商品を取る方が面倒だと思ってしまう。脳は、いつも買っている商品をあきらめてでも、少しでも楽な行動を選ぼうとする。もちろん企業はこの認知バイアスを自社商品を選ばれやすくするための仕掛けとして積極的に利用している。

キャッシュバック制度は「面倒くさく」されている 「スラッジ」

 物事を必要以上に難しくするものを「スラッジ」という。スラッジは、ゴールに達するために、ぬかるんだ泥(スラッジ)を通り抜けなければならないような状況をつくり出してしまう。これは販促手法としてよく知られている。

 ポスターに「5000円オフ!」と、大きな文字が書かれている。だがよく見ると、小さな文字で「購入時には全額お支払いいただきます。後日、5000円のキャッシュバックを申請できます」と書かれている。「それくらいの手間なら問題ない。楽にお金が手に入るのだから、みんなこのサービスを利用するはずだ」と思うかもしれない。

 ある調査によれば、実に4割の消費者がキャッシュバックを申請しないという。わずかな手間でお金が手に入るという状況でも、面倒だという理由でそれを先送りして、結局は無駄にしてしまうのだ。商品券やポイントプログラムの収益性が高いのもこのためだ。

 こうしたサービスの提供側は、利用者の手間をできるだけ煩雑にしようとする。利用規約には、小さなスラッジがあふれている。「購入時から2ヶ月が経過しないと申請できない」「レシートとパッケージのバーコードが必要」「月曜日しか受け付けておりません」「別の書類が必要です」「私の担当ではありません」など。

 スラッジに出くわすたびに、ゴールに辿り着く人は減り、メーカーの利益が増える。

相手に「面倒くさい」と思わせたらダメ

 次のシナリオをイメージしてほしい。

<シナリオ1>あるファッションデザイナーがブティックをオープンした。素敵な建物を借り、その天井の高さを生かしてすべての服を5メートルの高さからスタイリッシュに吊るすとした。服は売れるだろうか。(売れない。人は物理的に手の届かないものは買わない)

<シナリオ2>地方自治体が、事業者向けに持続可能性についてプレゼン資料78ページ分を作成した。データ、図表、インタビュー記事、成功事例などてんこ盛り。みんな食いつくように注目してくれるに違いない(もちろん、そんなわけない)

 この2つ共通点は何か?そう、相手のことを考えていないのだ。(さまざまな「ハウスフライ効果」次回に続く)