F&Aレポート

「エルメス」のライバルを強いて挙げるなら「虎屋」~『女性の活用』って何ですか?『男性の活用』って言いますか?

「エルメス」のライバルを強いて挙げるなら「虎屋」~『女性の活用』って何ですか?『男性の活用』って言いますか?

「老舗の流儀 虎屋とエルメス」(新潮社)の、もとエルメス本社副社長の齋藤峰明氏と虎屋の社長である黒川光博氏の対談をご紹介します。

■女性の「活用」と大根のしっぽ

齋藤 これからの日本は、女性の社会進出をはじめ、生活の価値観が大きく変わる時期だと思います。女性が家庭か仕事かを選ばなくてはいけないこと自体が問題で、ごく当たり前に両方ができる価値観が社会全体に行き渡らないと。一方、男性が家庭や育児をやっていくことが、もっと当たり前になればいいですね。今のように、女性の負担を軽減する策もなく、「社会進出が大事」と声高に叫ばれても、状況が変わっていくわけではないので。

黒川 日本の政治家で「女性を何パーセント雇用すべき」「保育所がいくつ必要だ」と数字を挙げる人は、育児と仕事の両立がどれほど大変か、わかっていない。政治家のご夫人は専業主婦が多いからかもしれません。

 これについては反省したことがありまして、「女性の活用」という言葉が聞かれるようになった頃、私も社内で「女性の活用」と発言して、随分と怒られてしまったのです。「えっ、活用って何ですか?」「男性の活用って言いますか」と、周りにいた社員から総スカンをくってしまった(笑)。この「活用」という言葉、マスコミもいつの間にか使わなくなりましたね。「女性の輝き」云々と表現が変わっていきました。

齋藤 「女性の活用」という言い方には、企業がもっと儲けるために、うまく人材を使わなくてはという、企業側の都合が透けて見える。使われていないものを活用しましょうといったニュアンスです。

黒川 「活用」という言葉については、その後もコテンパン(笑)。娘の友人に「どう思うか」と聞いてみたら、「活用ですか」とやはり驚かれてしまいました。「変かな」と質問したら「活用って言われると、大根のしっぽみたいに、本来なら捨ててしまうところをどうかしよう、要らない部分を使って美味しく食べましょうという風に聞こえてしまう。私も大根かと思っちゃいました」と言われたのです。「ああ、まずい!」と反省しました。自分自身偉そうなことを言っていても、まだまだ認識不足です。

■優秀な販売員は優秀な店長になれるのか

齋藤 フランスの組織では、マネジメント層として「戦略」を担う人は、あるレベル以上の学校を出た人と決まっています。学歴と役職が、割合と緊密に結びついていて、線引きがはっきりあるので、そこを越えていくのは稀ですね。

 フランスでは、店長という役職も「戦略」を担う人であり、「実践」を担う人ではないのです。ここは、日本と大きく違うところです。日本で社長を務めていた時、優秀な販売員を店長にして、うまく行かないことが何度もありました。つまり、優秀な販売員が優秀な店長になるかというと、そうではないのです。

黒川 職能がまったく違うということですね。日本では販売員を昇進させて店長にするということは、割合、普通に行われています。
齋藤 日本企業の場合、販売員が出世すると店長を任されるのが普通です。フランス企業の場合は、優秀な店長が営業副部長になることはありますが、販売員が店長になることは、まずないのです。

 店長の仕事とは、職場にいてマネジメントする役割を担うことです。販売員は売る人。ところが日本では、優秀な販売員をお金と人材と商品をマネジメントする店長にしてしまう。「あの人は販売員として優秀だから店長に」と引き上げられて、結果的に上手く行かない事例がたくさんありました。

 一方、マネジメントできる人は必ずしも現場仕事に向いていないので、店長が優秀な販売員かどうかというと、必ずしもそうではない。店長として評価されたら、次は営業部長になりたいといったマインドの人が多いのです。

黒川 販売員も同様で、優秀でお客様からの評価が高い人間も、店長としてマネジメントができるかというと、必ずしもそうではない。そもそも職種が違うということは、私もよくわかります。

齋藤 ぼくは、エルメスジャポンの社長時代、そこを活かせないかと考え、マネジメント職と販売職を分けて、ステップを上がっていける評価制度を作ったのです。販売職が向いている人は、販売職として出世していって、究極は「マイスター」という役職をつけるようにした。一方で、販売職だけれど店長をやりたい人は、マネジメント職に移れるようにしたのです。

黒川 両方の良い点を活かされたのですね。虎屋でも40年ぐらい前、管理職と専門職を選べる制度を取り入れました。ところが、いざ運用しようとすると、その二つの職種に分けられない人も出て来た。「給料をもらう分の仕事は忠実にやります。だけどそれ以上は望まない」という人たちです。それで、管理職、専門職、資格職、と三本立てにして、それが、現在の職種類の基本になっているのです。ただ、その区別が明快かというと、そうとも言い切れない。管理職が偉いという感覚を払拭できるかというと、なかなかそうはいかない。曖昧なままです。だからここでも「曖昧からの脱却」を言い続けることになる(笑)

 やはり日本の場合、「戦略」と「実践」の区別がなされていないのは大きいと思います。
★上記のほかに、「ものづくりの原点」「日本人は手で考える」「みんなの前で怒る」「幸せに働くために何が必要か」など、国は違えど、虎屋もエルメスも老舗ならではの「人づくり、ものづくり、働き方」に関することに主眼を置かれたトークが印象的でした。