Seijiの金融情報

Presented by Mr.Seiji

Seijiの金融情報 目次

NEW
個人金融資産1400兆円割れ [2003/6/28]
日銀のバランスシート膨張がマーケットに与える影響は? [2003/6/01]
りそなグループの国有化について [2003/5/18]
日銀によるABS購入のポイントと問題点 [2003/4/16]
「長期保有で株式は債券より有利」とはもう言えない [2003/3/14]
株価がバブル後最安値を更新するなかで思うこと [2003/4/12]
日銀人事がマーケットに与える影響は? [2003/2/28]
個人向け国債と債券マーケット [2003/2/11]

 本情報は、執筆者 [Seiji] の個人的な見解であり、内容の正確性・信用性については保証できません。各自の責任のもとに活用いただきますようお願い申し上げます。なお、その結果生じた不利益に対して、当サイトは一切責任を負わないことをご承知ください




中東、北アフリカ情勢の不安定化と日本経済
[2011/2/6]

 チュニジアで始まった民主化運動の波は近隣諸国に拡大し、エジプトで約30年間続いたムバラク政権の終焉がわずか8日間のデモで決定的になるなど、中東・北アフリカ地域の政治情勢は不安定化しています。

 今のところ、ムバラク政権崩壊後の移行政権をめぐるシナリオは見えてきません。幸いエジプトの人々の怒りはもっぱら失業や独裁に集中していて、反近代・反米にはつながっていないようですが、イスラム原理主義勢力が混乱に乗じて勢力を拡大してくる危険性もあります。

 そうした事態を、米国は絶対に容認できません。米国にとって、親米政権の存続は不可欠なのです。アラブ人のうち4人に1人はエジプト人といわれるずば抜けた人口規模と、ナイル川の恩恵を受けた肥沃な国土を背景に、エジプトは「アラブの盟主」として周辺諸国に影響力を行使するとともに、1979年に米国の仲介によってイスラエルと平和条約を締結して、中東情勢の安定化に貢献してきました。いまさらエジプトがイスラム化してイランとの関係を深め、それによってイスラエルが孤立してしまうという最悪の事態は、米国にとってどうしても避けなければならないシナリオなのです。ただ、イスラム世界との関係改善を公言するオバマ政権としては、エジプトの民主化に最大限の支持を表明せざるを得ないわけで、これまで米国の中東戦略を支えてきたムバラクをどう処遇していくかは、落とし所が難しい問題です。

 日本経済にとって、中東・北アフリカ情勢の不安定化による直接的影響は大きくありません。日本企業の一部では、現地生産の一時停止や出張禁止など、この地域での経済活動を見合わせる動きが出ています。しかし、日本からこの地域への輸出は全体の5%弱に過ぎず、対外直接投資残高に占める比率も1%未満にとどまっていることから、もしこの地域で経済混乱が強まったとしても、日本経済が受ける直接的影響は小さいと思われます。

 しかし、地政学リスクが大きい地域なので、この地域の原油生産や輸送に支障が生じる事態が発生する、あるいは実際にそうならなくても、そうしたリスクがマーケットで意識される何らかの事象が発生すれば、原油価格は上昇し、世界経済に影響を与えることとなります。と同時に安全通貨として円が選好され、円高進行が生じやすくなります。原油高がインフレ率を押し上げ、それが金利上昇につながれば国債の利払い負担が増加しますし、原油高・円高で日本経済が下振れすれば税収の減少を招きますので、結局、収支両面から日本の財政赤字を一層拡大させることになります。

 それにしても、チュニジアとエジプトの政変劇で特筆すべきは、ツイッターとフェースブックという2大ソーシャルメディアの急激な情報伝播力によって、体制転覆を呼びかける世論形成が急速に進行したことです。この現象を、東京証券取引所の斎藤惇社長は「ネットを通じた指導者のいない革命の広がり」と呼んでいますが、携帯電話の普及とソーシャルメディアの拡大によって、政治・経済情勢の変化のスピードが加速するとともに、その方向がますます読みにくくなっていることは間違いありません。

酒井からのコメント・・・

 エジプトが大きく揺れています。火元となったチュニジアに比べて、世界に与 える影響が大きい国だけに、日本でも変化に備えておく必要があると思います。 最大の問題は、この混乱にイスラム原理主義がどこまで浸透するかです。そして、 日本に対する影響は、Seijiさんがお書きのように、非常に大きなものと予想さ れます。

 日本のマスコミも、定期的に取り上げてはいますが、アラブ社会に対する理解 が高くないこともあり、深い部分まで掘り下げられていません(米国のABCテ レビは20年エジプトに駐在している記者からのレポートを放映してます)。しか し、ネット上には様々な角度からの情報がありますから、それを参考に、日本経 済に対する影響を予測し、それに早く備える必要があると思います。

[2011/2/6]


円相場は8月24日に約15年ぶりの高値
[2010/8/29]

 円相場は8月24日に約15年ぶりの高値をつけるなど、円高が進んでいます。輸出倍増を掲げる米オバマ政権をはじめ世界が自国通貨安を志向し、外需拡大を景気対策の柱に据える中で、日本政府は自国通貨の相場に関心が低く、また、参院選で野党に多数を握られ大胆な政策に踏み切れないと市場から見透かされているなどと、マスコミは政府の無策を非難しています。

円高の背景にあるものは何でしょうか?
 短期的にはそういう面もあるかもしれませんが、為替相場の大きな流れをつかむには別の観点から問題を捉える必要があります。そもそもなぜ米国が自国通貨安を容認するようになったかといえば、足許の景気回復期待が後退しているからに他なりません。景気回復を後押しするためFRBは一段の金融緩和を実施し、それによって内外金利差がさらに縮小するとの思惑からドルが売られ、金融危機の傷が比較的浅い日本の円が消去法的に買われているのです。
 FRBの金融政策に対する市場の見方は、2年物米国債の利回りに集約されます。そのため、2年物米国債の利回りは、為替相場の動向を占う先行指標になっています。8月に入って、FRBの金融緩和期待が強まり、この利回りが0.5%割れの水準まで低下したことから、ドルの先安観が強まりました。

今後、円高はどこまで続くのでしょうか?
 FRBが利上げに転じる時期が2012年まで先送りされるという、市場の一般的な見方を前提にすると、2年物米国債の利回りに低下余地が出てくるので、円高ドル安の流れは今しばらく続きそうです。ただし、日本も経済・財政の先行きに大きな不安を抱える状況の中、投資家も腰を据えて円を買っている訳ではないことから、過去の円高局面に比べると、円高進行スピードはかなり緩やかなものになると予想されます。
 どの水準まで円高が進むかは、今後の政府・日銀の対応でどれだけ円高の進行を遅らせることができるかによって変わってきます。来年半ばごろから米国景気回復の予兆が出てくると思われますが、それまでの間、上手く時間稼ぎすることが政府・日銀に求められます。

 円高対策として円売りドル買い介入を実施すべきという考え方もありますが、米金利に先高感がなく、ドル買い需要も乏しい今の市場環境では、介入の効果は限定的です。
 直近では2003年から2004年にかけて、政府・日銀が35兆円規模の円売りドル買い介入を実施しましたが、投機やヘッジのドル売りに押され、結局、円高トレンドを転換させることはできませんでした。市場の環境が整わない中では、いくら大量にドル買い介入を実施しても、ドル安のスピードを緩める効果しか期待できません。

 このように、国家が直接、為替相場をコントロールすることはできません。国家にできるのは、円高という外的ショックに対するセーフティー・ネットを提供することや、円高メリットをもっと享受できる経済構造への転換を支援していくといった仕組みづくりです。そのためにも、一日も早く日本の政治が安定してほしいものです。

 円高対策を!と言う声が最近よく聞かれますが、それは即効薬のようなものではなく、マクロ面もしっかり押さえた上で、日本経済が元気になるような根本的な対策と言うことと考えた方が良さそうですね。

酒井からのコメント・・・

 今回は少し趣向を変えて、私からの質問にSeijiさんが答えるという形を取りま した。いかがだったでしょうか。
 その後も、為替は円高で張り付いたままです。投機だという声もありましたが、 本当にそうなのか。世界中のマネーが悩んだ結果の円高のようにも思えます。そ うなると、単純に円安方向には戻らないわけで、真剣に日本経済のことを考えな ければいけません。課題はたくさんありますが、決してあきらめないことです。

[2010/8/29]


日本国債の暴落懸念
[2010/3/25]

 最近、財政状況の悪化から国債暴落に対する懸念が高まっています。でも、いつ、どのような状況が整えば狼少年が狼に変身するのかは誰にもわかりません。こんな場合は、過去の事例をひも解いて将来予測の参考にするのが有効な方法です。日本の国債の歴史を振り返ってみましょう。
 我が国最初の国債は、1870年にロンドンで発行されました。この金利9%のポンド建て国債には、担保としてすべての関税収入に加え、この国債の調達資金で建設される鉄道からの純益を充当することとされていました。
 当時の英国国債の金利が約3%でしたので、日本は非常に大きなリスクプレミアムを求められていたことがわかります。また、この年にロンドンで発行された他国の国債の金利は、トルコ、アルゼンチンが6%、エジプト、ルーマニアが7%で、日本国債の9%はホンジュラスの10%に次ぐ高い水準にありました。これは、維新当時の財政基盤が極めて脆弱で、歳入に占める税収の割合が約4割に過ぎなかったことが背景にあります。
 その後、明治政府は財政基盤を確立し、1875年頃までにプライマリー収支(利払い費を除く収支)の均衡を達成しました。財政健全化のため、秩禄(士族や華族に与えていた俸禄)の支給額が維新からわずか10年ほどの間に約6割削減されるなど、既得権益の大規模な整理が行われました。
 日清戦争での戦勝や金本位制への移行で日本への信認はますます高まり、1899年に発行されたポンド建て日本国債の金利は4%まで低下しました。また、この時から無担保での発行となりました。
 しかし、1931年の満州事変勃発後、ポンド建て日本国債の利回りはロンドン市場で大きく上昇しました。さらに日独伊三国同盟が締結された1940年には21%まで上昇し、価格は額面の25%まで下落してしまいました。
 そんな中、終戦に至るまで、国内市場で国債の大量発行が続きましたが、金利は上昇しませんでした。その背景には二つの構造的要因があります。一つは、1932年の資本逃避防止法導入により対外投資が禁止され、国内投資家は大量に発行される国債に投資するしか運用方法がなくなったこと。もう一つは、インフレ懸念の高まりにもかかわらず、日銀が金融緩和策を取り続けたこと。その後、戦時国債がデフォルトしてしまったことは言うまでもありません。
 このように、政府が財政規律を軽視して国債を増発する、さらに日銀もインフレ懸念を無視して金融緩和策を続ける場合に国債は暴落します。今のところ、財政規律と日銀の中立性に対する市場の信認は維持されていますが、歳入に占める税収の割合は明治維新当時の水準まで低下してしまっています。はたして現在の政権は、維新政府のように既得権益に鋭く切り込み、財政バランスを回復することができるのでしょうか。その期待が失望に変わらないか、注意深くウオッチしていく必要がありそうです。

酒井からのコメント・・・

 久々のSeijiさんからのコラムです。ギリシャを発端とするEU内での財政危機問題が大きく取り上げられ、ユーロ安が一気に進んだ確定申告期間中でした。私も、昨年暮れから税制改正について調べながら、子ども手当、成年扶養控除、給与所得控除、そして消費税と、税の問題は最終的には財政の問題が解決しなければ先に進めない、それだけ日本の財政は抜け道のない袋小路に入り込んでしまっていると感じていたのですが、そのような良いタイミングでコラムを書いていただきました。
 日本の膨大な財政赤字が今日のような状態になったのは、1980年代のバブル崩壊に伴う日本経済のテコ入れに使われたことが大きな要因だと思われます。そして、一度出したお金はなかなか止めることができなかったということではないでしょうか。これをどのように整理し、予算額を20年前に戻し、新しい国作りを始めることができるのか。また米国はじめ他の国々の財政赤字もこの10年間で非常に大きくなっており、国際的にどのような影響が考えられるのか、以前よりも複雑に絡まり合った国際経済で、複雑な問題が発生する可能性があります。ちなみに、新聞報道では、金融機関の投資先が限定され、国債の金利は上昇しないという見方もあるようですが、さてどうなるでしょう。
 国民の意識と総意、政治、そして諸外国との絡みと本当に簡単に解決できる問題ではありませんが、金利上昇、インフレそして国家機能の破綻といったところまで最後は想定して自分たちの生活を考えておくべきかもしれません。

[2010/3/25]


来年の為替相場見通し
[2009/12/5]

 2月に今年の為替相場を予想しましたが、今回はその後の結果がどうなったかを振り返るとともに、来年の見通しについて考えてみたいと思います。
 2月に予想したことのうち、「豪ドル相場がもっとも投資妙味があること」、そして「米ドル相場の回復が鈍くなること」については、おおむねその通りの展開となっています。2月以降直近まで(2/3〜11/18)の期間で主要通貨の円に対する上昇率を見ると、ベスト3は1.豪ドル(46.9%)、2.NZドル(46.7%)、3.B南ア・ランド(35.9%)の順になり、南半球の資源国通貨が軒並み高いパフォーマンスを上げています。一方、米ドルは、4月に100円台を一時回復しましたがドル高は長続きせず、再び円高ドル安に転じ、現在は2月とほぼ同水準となっています。
 なお、2月に「ユーロ相場の一段の下落」を予想しましたが、予想に反して結果は対円で15.6%の上昇となっています。これは、3月以降米国の株価が回復するなかで、欧州の金融システムが予想していたほどには悪化しないという見通しが強まったからです。
 では、来年の為替相場はどうなるのか。米ドル、ユーロおよび豪ドルの予想は次のとおりです。
まず、米ドルについては、年度末(来年3月)にかけて円高傾向が続き、その後、米国の景気回復に伴いドル相場は底堅い展開に転じると予想します。今年7月以降、円高のスピードが加速していますが、目先の介入警戒感が弱いことや、3月期末に向けて日本企業が海外子会社から配当や収益を国内還流させる動きを強めることなどから、短期的には80円台前半までの円高が予想されます。ただ、それ以上の水準は日米ともに容認できないと思われることから介入警戒感が強まり、ドル相場は下げ止まると予想されます。その後の展開は米国景気の回復テンポにもよりますが、緩やかなドル高となるのではないでしょうか。
 次に、ユーロについては相対的に景気回復が遅れる可能性が高いことから、ユーロ高は見込みにくいと思われます。
 最後に、豪ドルについては、機動的な金融・財政政策の効果から豪州経済の力強い回復が続く可能性が高く、景気堅調→利上げ→豪ドル相場の上昇という展開が引き続き期待されます。政策金利は足許2回の引き上げにより3.5%まで上昇していますが、来年にかけてさらに4%台半ばまで上昇すると予想され、金利高と通貨高のメリットが享受できそうです。
 先日、この冬のボーナスが「前年比2ケタ減少」になるとの報道がありましたが、実態はおそらくそれ以上のマイナスで、今後、ライフプランの見直しが必要となる方が増えるのではないでしょうか。見直しにあたっては、支出を削減するだけでなく、手持ち資金の運用利回り向上を併せて検討する必要があります。国内の金利が相変わらず低く、株式相場も期待薄な状況では、投資通貨を選別したうえで、好利回りが期待できる外国通貨に投資することが、賢明な運用方法であると考えます。

酒井からのコメント・・・

 Seijiさん久々のコラムです。
 実は、原稿をいただいたのが11月24日、直後にドバイ危機があり、アップ するのをためらっていたのですが、「いまの円高進行については想定の範囲内な ので、お送りした内容で特に問題ないと思います。足許の動きで大局観を見直す つもりはいまのところありません。ただ、相場ですので、振れが予想より若干大 きくなることは十分あり得ることだと思います。」とのコメントを頂戴しました。 世界で起きる様々な情勢を見ながら、マーケットを見るってこういうことを言う のでしょう。山に登るとき、常に最悪の事態を想定しながら、安全確実に登る (並行して出来る限り楽しむ)ことが大切だと思うのですが、投資も同じです。 儲かること、自分に都合の良いことだけを念頭に置いていては失敗します。価格 下落も想定して参加していくことが必要です。それを怖いと思うのであれば参加 してはいけない。それを楽しむだけの余裕が必要です。なるほど、と思った次第。

[2009/12/5]


当面の外貨投資の考え方
[2009/2/3]

 2008年夏以降、世界中の通貨に対して円独歩高の展開が続いてきましたが、その動きもようやく一巡し、外貨貨投資が面白いタイミングになってきました。投資通貨として、米ドル・ユーロ・豪ドルの中では、以下の理由から、豪ドルに最も投資妙味がありそうです。
 米ドルは、昨年来の強烈な円全面高の過程で米ドル建て投資残高の整理が一巡したこと、また、ここからリスクを取って米ドルを空売りする余裕のある有力投資家はいないことから、市場の需給面から見て円安ドル高が一段と進む可能性は小さくなっています。 また、自動車や電機など日本を代表する輸出企業の多くが赤字を発表する中で、さらなる円高は日本経済に致命的な打撃を与えかねません。いくらアメリカの景気が悪いからといって、現在の水準からドルを空売りして安心して円を買い進むことができる合理的理由はないのです。
 かといって、米ドルが反転上昇するかというと、それも当面は期待薄です。米国で利上げ期待が浮上しゼロ金利状態からの脱却が視野に入ってくるのは早くても来年以降になることから、年内に米ドルが1ドル=100円を超えて上昇する可能性は極めて低そうです。
 ユーロは一段の相場下落が不可避でしょう。理由として、まず金融緩和の遅れから政策金利の一段の引き下げにより日欧の金利差が縮小すること。次に一部の新興国で金融経済の混乱拡大が懸念されていますが、欧州の銀行は他の主要国に比べてこうした新興国への融資残高が多く、それがユーロ圏の景気とユーロ相場の新たな下押し圧力になる可能性があること。さらに原油価格とユーロ相場の間には高い相関関係があることから、原油価格暴落に伴う産油国市場の混乱が続けば、ユーロ相場の重石となります。
 豪ドルは、この半年間に対円相場が約5割下がる過程で売れるモノは売り尽くされた感があり、最近は悪材料にあまり反応しなくなりました。また、現在の豪州の政策金利は4.%台で、今後追加利下げが実施されても3%以上の高金利が享受できそうです。さらに、豪州は財政黒字の貯金があり、日米欧に比べ財政出動による景気刺激策が取りやすく景気悪化リスクは相対的に小さいといえます。
 以上の理由から、今年一杯を運用期間として外貨投資を考えた場合、豪ドルが最もリスクが小さくかつ好利回りが期待できそうです。

酒井からのコメント・・・

 おっと、久しぶりのSeijiさんからの投稿です。
 この原稿を書いている時点(2009年2月3日)では、為替も小康状態です。 しかし、落ち着いていると言うよりも、先行きが読めず不安定な経済環境の中で、 為替も方向性を見定めることができない状況と言った方が正確でしょう。もうす ぐ確定申告ですが、FXによる為替差益の申告漏れ(雑所得)が注目されていたな んてことも信じられないような話です。
 さて、悲観論ばかり流れる金融経済ニュースです。そのような中で、出口をど のように見つけるか。当たる当たらないと言うことではなく、冷静に現状を分析 することはとても大切です。投資は皆が同じ方向を向いたら儲からない、つい忘 れてしまう投資の原則中の原則を改めて思い出しましょう。

[2009/2/3]


原油高、世界同時株安、そしてゼロ金利解除の行方
[2006/6/11]

 先週、日経平均株価が7ヵ月ぶりに1万5千円台を割り込みました。原油高から米国景気の減速懸念が高まり、それをきっかけに世界同時株安の展開となったのです。
 米国経済は原油高に対して脆弱な体質を持っています。例えば、国土が広い米国では、自動車1台あたりのガソリン消費量が日本の約3.4倍に上っていています。また、日本に比べて消費が旺盛なことから、原油高に伴うコスト上昇をモノやサービスの価格に上乗せしやすく、そのためインフレ懸念が高まりやすいのです。インフレ懸念が強まれば、FRBは追加利上げによってモノやサービスに対する消費需要を抑えなければならなくなります。しかし、その結果、米国経済の実力以上の水準まで金利を引き上げることになれば、それが将来的に景気を大きく落ち込ませる要因となりかねません。
 米国景気が減速すれば、米国への輸出で好景気を謳歌している国々の経済活動にも影響が出ます。そのため、米国発の世界同時株安となっているのです。
 最近の原油高は、イランの核開発問題が背景にあるといわれていますが、これは元をたどれば米国のイラク政策の失敗によるものです。サダム・フセイン時代、シーア派支配のイランとスンニ派支配のイラクは敵対関係にありました。そのため、イラク人のシーア派指導者はイランに亡命していました。その後、イラクでフセインが権力の座を追われシーア派が実権を握るに至り、イラクはイランにとって敵対国から友好国に変わりました。同時に、フセインという脅威がなくなったことから、イランは米国に対して強硬姿勢を鮮明にすることができるようになったのです。フセインをやっつければ中東問題は解決するという単純な発想でイラク戦争を始めた米国政権の思惑は完全に破綻してしまいました。
 今後、イラク情勢の泥沼化によって米国の財政赤字はさらに拡大し、ドル下落リスクが高まることになりそうです。ブッシュが政権を握って以来、米国政府の歳出は大幅に拡大しています。2001年度の歳出は1.8兆ドルでしたが、2007年度には2.8兆ドルと、6年間で5割以上増加しています。そして、その大部分をイラク戦費を含む国防費が占めています。しかし、今、米国では反戦運動が政治的盛り上がりを欠いていて、主だった次期大統領候補者もイラク撤退に反対しています。そのため、テロとの戦いによって高水準の国防支出がしばらく続くことから、米国の財政赤字はハイペースで拡大し、ドル下落リスクがある日突然、高まることになりそうです。
 このような情勢の中、日銀はゼロ金利解除のタイミングを探りあぐねているようです。これまでは、小泉首相が花道を飾るために7月にも政府が「デフレ脱却宣言」を出し、それを受けて日銀がゼロ金利を解除するというのがメインシナリオでした。ところが、このところの株価下落によって雲行きがどうも怪しくなってきました。ただ、このタイミングを逃すと9月の自民党総裁選挙、11月の米国議会中間選挙と政治的不透明感が強まって、だんだん動きづらくなります。こうした日程上の制約を考慮すると、日銀としては何としても早めに利上げに踏み切りたいところです。利上げの幅は0.25%が有力ですが、それが7月に実施されるかどうかを占う上で、今後1カ月間は、株価から目が離せません。

酒井からのコメント・・・

 久しぶりの登場ですね。今の複雑な経済情勢を簡潔にまとめていただき、ありがとうございます。この数ヶ月の空白の期間、本当にいろいろな問題が噴出しました。村上ファンド事件は、ライブドア以上に市場に影響を与えていますし、イラクでのザルカウィ容疑者殺害でのイラク情勢の今後も気になりますが、それ以上に、ガザ北部の海水浴場で起きたイスラエル軍の誤射と思われる事件でパレスチナ問題がどうなるかという点は注目に値します。
 だいぶ話がずれてしまいました(笑)。
 前回のコラム最後に、「米国景気の後退や米国長期金利急騰による株価下落などはいつ起こってもおかしくない状態にあり、これらが現実のものとなれば、この金利シナリオが実現する時期も変ってきます。しかし、今回の量的緩和解除によって金利上昇に向けて大きく舵が切られたことだけは間違いありません。」と書かれています。今回の市場の動揺は、「いつ起こってもおかしくない」ことが起きたということになります。
 Seijiさんの話のポイントは原油高からスタートしていますが、問題はなぜ原油が高くなったか?ですね。この点について、イランの核開発問題を指摘されていますが、この問題の前から原油価格は上昇していました。その根拠は、中国等の経済新興国の消費量の増大です。その後、中南米で反米政権が樹立されたこともあります。どれが正解というわけではなく、さまざまな要因が複合して起きたことは間違いないでしょうね。その底流にあるのは、国際経済・政治に大きな変化が生じているということです。さらにデリバティブの発達といったお金の流れの変化もあるのかもしれませんが、そのようなさまざまな波が、経済のベースとなる石油価格が高騰を招いたということでしょうか。
 書いていくとキリがありませんが、このような変化のときに、日銀はなぜ量的緩和解除したのか?この問題をどこかで考えてみたいと思います。
 いずれにしても、2005年中盤から起きた株の高騰は、調整の時期にあるとは言えそうで、ちょっと冷静に対応すべき時期であることは間違いないようです。
 Seijiさん、お仕事がお忙しいようですが、また機を見ての原稿を期待しています。

[2006/6/11]


速報!量的緩和解除後の金利の見方
[2006/3/13]

 3月9日、日銀は量的緩和政策を解除し、金利の上げ下げによって金融調節を行う平時の金融政策に戻ることを決めました。量的緩和政策の目的や効果については本レポート2005年5月25日号で振り返っていただくとして、今一番気になるのは、「いつ頃から、どれぐらいの幅で金利が上がっていくのか?」ということです。そこで今後の金利動向を簡単にイメージしてみましょう。
 結論から先に言うと、現状の景気回復ペースが続くとすれば、今年10月〜12月の間に日銀は政策金利(コールレート)を現在のゼロ金利から0.25%まで引き上げる。その後、3ヵ月〜6ヵ月ごとにさらに0.25%ずつ2回〜3回引き上げて政策金利を0.75%〜1.00%に誘導するのではないでしょうか。
 なぜ、政策金利が0.75%〜1.00%かといえば、消費者物価指数の前年比上昇率が1%弱の水準でしばらく推移すると予想されるからです。そして、日銀にとって中立的つまり居心地のよい政策金利の水準は消費者物価と同程度ということだからです。この点について、3月9日の日銀の公式コメント(http://www.boj.or.jp/seisaku/05/pb/k060309b_f.htm)で、日本経済(日銀)にとって1%程度の消費者物価上昇率はインフレでもデフレでもない好ましい水準であると認めています。
 日銀としては、物価が落ち着いた状態で景気が拡大しているうちに中立的な金利水準まで政策金利を引き上げ、その後、もし、インフレの兆候が出てくれば更に金利を引き上げ、逆に景気後退のサインが見えれば金利を引き下げて対応したい。実は後者の可能性のほうが高いと思います。というのは景気拡大が既に4年以上続いていることを考えると、近いうちに景気は後退局面を迎える。その場合、日銀は金利を引き下げて対応したいが、ゼロ金利のままでは下げようがない。なので、今のうちに金利を上げて「のりしろ」を確保おきたいのでしょう。
 日銀の金利引き上げに連動して、今年の年末辺りから預金金利も上がってきそうです。過去の例を参考にすると、政策金利が0.25%となれば、普通預金0.10%、1年定期預金0.20%程度に落ち着く可能性が高い。また、政策金利が1.00%まで上がれば、普通預金0.30%、1年定期預金0.70%程度といったところでしょう。ただ、長期金利(10年国債利回り、現在1.6%近辺)の水準は政策金利が1.00%に上がっても、2.00%程度までの小幅な上昇にとどまるのではないでしょうか。したがって、住宅ローン金利の上げ幅は2年固定金利や3年固定金利など固定金利期間が短いほうが、10年固定など固定金利期間が長いものよりも上昇幅が大きくなりそうです。
 以上はあくまで現状の景気回復ペースが続くという前提での予想です。米国景気の後退や米国長期金利急騰による株価下落などはいつ起こってもおかしくない状態にあり、これらが現実のものとなれば、この金利シナリオが実現する時期も変ってきます。しかし、今回の量的緩和解除によって金利上昇に向けて大きく舵が切られたことだけは間違いありません。

酒井からのコメント・・・

 お忙しい中、コメントありがとうございます。今回の日銀の政策変更は、政治との関係もあり、またマスコミ露出も大きくて、金融関係者以外の方も注目していたという特徴があったと思います。
 昨年暮れから、今年にかけて、国内にいろんな問題が起きてきました。これは突然起きたというよりも、今まで支えてきたものが外れて起きてしまったような気がします。ということは、まだまだあちこちで波乱が起きる可能性があります。何が起きても驚かないような心構えが必要ですね。
 では、確定申告の期限が目の前に迫って、大騒ぎですので、この辺で。

[2006/3/13]


中国経済の最新事情
[2005/10/17]

 中国の人民元切り上げから約1カ月が経過した8月中旬、北京市を訪問し、中国経済の現状を視察してきました。今春には大規模な反日デモが発生したことから当初は一抹の不安もありましたが、現地の治安は至って安定していました。
 今、北京のビジネス街では超高層のオフィスビルやマンションの建築ラッシュで、高速道の整備も急速に進み、まさに日本の高度成長時代を彷彿させる光景です。1970年代末の改革開放以来、中国は年平均9%の高成長を遂げてきましたが、2008年の北京オリンピックや2010年の上海万博もあり、当面は高成長が続く見通しです。
 しかし、一方で、人民元切り上げ問題に象徴されるように、中国経済が抱える構造的歪みは拡大していて、これらが顕在化すれば1997年のアジア通貨危機を上回る影響があるといわれています。中国市場の成長力は魅力的なものの、内在するリスクは拡大していて、今、中国ビジネスについて「ワースト(最悪)シナリオは何か」を想定しておくことには意義があると考えます。そこで、今回の視察を通して感じた中国経済の5つの課題について検討します。

■広がる「都市と農村の格差」と人民元改革
 北京の日系企業の人々が中国リスクとして真っ先にあげるのが、都市と農村の格差の問題です。中国では、大都市が刻々と発展を遂げる一方で、都市と農村の経済格差はますます広がっていて、最も豊かな上海市と最も貧しい貴州省の所得格差は13対1にも及んでいます。
 また、日本では考えられないことですが、中国では農民の社会的地位が低く、彼らには年金や医療保険といった社会保障がないうえに、多くの名目で重い税が課せられています。さらに、農民が都市部に出稼ぎに行っても、税制や子どもの教育など多くの面で差別されるのです。このまま、こうした弱者層に大きな挫折感と絶望感が広がれば、社会の安定を保つことは難しくなります。そこで、中国政府は、「農業、農村、農民」を巡る問題を「三農問題」として優先的に取り組んでいますが、具体的効果が表れるにはしばらく時間がかかりそうです。
 このような文脈の中で考えれば、今、人民元の大幅な切り上げは極めて困難という結論になります。というのは、人民元を大幅に切り上げると米国やカナダなどからの輸入農産物が大幅に増加し、価格競争力の弱い内陸部の農村はますます疲弊してしまうからです。そうなれば最悪の場合、全国的な暴動に発展して、何千万人もの難民が日本に押し寄せる事態も想定されます。つまり、人民元の大幅切り上げによって最も困るのは、日本かもしれないということです。
 通貨当局である中国人民銀行は、貿易摩擦を背景にした欧米からの人民元切り上げ圧力と三農問題という、相反する難題を抱えながら、通貨政策を小出しにして、時間稼ぎを続けざるを得ないのではないでしょうか。

■銀行の不良債権問題と国有企業改革
 金融機関を通じて企業や個人に資金が効率的に融通されることは、健全な経済発展の必要条件です。中国では、4大商業銀行(中国銀行、中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行)が金融業務で重要な役割を果たしていて、4行を合計した貸出と預金のシェアは、ともに銀行部門全体の6割を超えています。
 しかし、日本のメガバンクと異なり、中国の商業銀行は金融機関である前に政府機関です。中国では、80年代以降、銀行が財政の代わりに国有企業の資金源となってきたことから、1995年に商業銀行法ができるまで銀行自身の判断で融資することは困難でした。国有企業向けを中心に投資採算を軽視した融資が行われ、結果として不良債権が膨れ上がってしまったのです。しかし、国有企業サイドの借入れ意識は希薄で「もらったものをいまさら返せと言われても困る」ということになり、結局、政府が公的資金を投入して処理を行っています。そういう意味で、中国の不良債権問題は日本のそれとは性質が異なります。
 ただ、国有企業はまだ6千万人以上の雇用を抱えていることから、問題の処理を一気に進めることは困難です。そうした背景から、4大商業銀行の不良債権比率(不良債権残高/資産残高)は2005年3月末で15.0%と、国際的にみれば依然として高い水準にとどまっています。
 もし、日本や米国で金融機関がこれだけの不良債権を抱えていれば、いつ金融危機が発生しても不思議ではありません。それにも拘らず中国の金融システムが安定を保っているのは、国民の貯蓄率が高い一方で、預金以外の投資手段が限られていること、そして中国政府が銀行の預金に対して暗黙の保証を提供していることが理由になっています。
 しかし、WTO(世界貿易機関)加盟時の公約で、2006年12月から中国国内の銀行業務が外国金融機関に全面的に開放されることになります。もし、高度な金融技術を有する彼らが魅力的な金融サービスを本格展開すれば、財務内容でも金融ノウハウでも劣る4大商業銀行から預金が大量に流出して、金融不安が発生することにもなりかねません。
 そうした事態を回避すべく、中国政府は、4行の中でも比較的財務内容がよい中国銀行と中国建設銀行の2行を株式上場させて、金融システムの健全性を内外にアピールしようとしています。現在、この2行は欧米の金融機関からこぞって出資を仰いでいますが、これは増資によって財務基盤を強化し、来年に予定している株式上場に弾みをつける狙いです。果たして両行の上場が成功するかどうか、注目していきましょう。

■整備が待たれる中小企業金融
 今回の視察で最も驚いたことは、中国には中小企業が金融市場から資金調達する手段が存在しないということです。毎年15万社が創業するなかで金融機関から資金調達できるのは5%にも上りません。中小企業の資金調達はもっぱら親戚や知人などからの出資に頼っていますが、調達できる額は限定されることから、仮に売上げが増えても資金繰りに窮するようになってしまうため、毎年10万社以上が廃業に追い込まれています。「企業の財務担当者の仕事は、期限にお金を支払わないこと」という笑えない冗談があるくらい、一般に企業の資金繰りは厳しいのです。
 こうした背景には計画経済体制の負の遺産として、銀行の民営企業、特に個人企業に対する差別があるといわれています。例えば、国有企業への融資が不良債権化しても、ほとんど責任追及されずに済むのに対し、個人経営企業への貸出が回収不能となった場合には法律によって追求されます。
 また、中国の金融市場では、広範な支店網を全国的に展開する4大商業銀行に集まった預金が、他の金融機関に貸し出され、それが企業融資に回るという資金の流れになっています。4大商業銀行の貸出スタンスが他の金融機関にも影響して、結局、中小企業には資金が回らないのです。
 このように、中国では地域金融機関が中小企業に融資を行う基盤が整っておらず、地域経済の発展を妨げる障害となっています。しかし、地方における中小企業の発展は雇用問題と三農問題の解決のために不可欠なことから、今後、民間銀行の参入を促す積極的な政策が求められています。

 

■ニセモノ対策と知的財産権
 中国ではニセモノ商品が、消費者の身近なところで広く出回っています。これらは自由市場と呼ばれる露天や繁華街の片隅で売られていて、その種類も日用品から食料品までさまざまです。例えば、音楽・映像のCD・DVDの正規版の定価は60元(1元=約14円)程度ですが、海賊版は5元と圧倒的な安さで大量に出回っているのです。
 これに対して中国当局も手をこまねいている訳ではありませんが、ニセモノ商品が溢れるなかで取り締まり担当者の人数が不足していて、まずは、健康を損なう食料品など、社会的被害が大きいニセモノ事件の摘発が優先されています。日系企業の製品にまつわるニセモノは、消費者の健康を損なうものには該当しないとされ、これまで放置されてきたのが実情のようです。
 その一方で、ニセモノの存在を逆手にとったマーケティングを行う企業もあります。例えば、連想集団など中国の大手パソコンメーカーは、敢えてWindowsOSを外したモデルも販売しています。海賊版ソフトが当たり前になっている中で、正規版を添付すると、ユーザーに割高感を与えてしまい、売り上げが落ちてしまうためだといわれています。
 今、外資系のスーパーやディスカウントストアが消費者の支持を得る中で、大半のニセモノ商品はやがて消えていく運命にあります。しかし、中国に進出する日本企業にとって知的財産権の侵害は中国ビジネスの成否を左右する深刻な問題であり、その対策に頭を痛める状況はしばらく続きそうです。

■反日感情とビジネスリスク
 意外なことに、北京で会った日系企業の人々は反日感情の問題をリスクとは捉えていませんでした。日本国内では、反日デモ以来「日中関係は1972年の国交回復以来、最悪の時期に突入した」といった調子で報道されていますが、現地では反日感情の問題はビジネスにほとんど影響していません。
 例えば、イトーヨーカ堂は反日デモの最中に中国で7店舗目、北京で5店舗目となる店を、天安門広場から5キロの場所にオープンしましたが、全く混乱はなかったということです。同社は、2003年のSARS発生時に、売り上げを度外視して1時間毎に店内を消毒したところ、北京で唯一安心して買い物ができる店という評判が広がり、それ以来、地元消費者の高い支持を得ています。また、現地では、食料品を中心に日本モドキのネーミングの商品が数多く販売され、さらには日本食が人気となっていることなどを考え合わせると、反日感情がビジネス上問題となるリスクは小さいと思われます。
 なお、この機会に中国の愛国教育の実情を確かめておきたいと思い、北京郊外の盧溝橋まで足を伸ばして、愛国教育基地の総本山といわれる中国人民抗日戦争記念館を見学しました。7月7日の全面抗戦勃発記念日(盧溝橋事件の発生日)から戦勝60周年を記念する大型展覧会が開催されていますが、南京大虐殺や七三一部隊による人体実験の情景を生々しく再現した一角は撤去され、最後のコーナーには胡錦濤総書記と小泉首相が握手する写真が大きく掲げられていました。殊更に反日感情を煽る意図が明白な展示物はなくなっていることから、反日デモの反省を踏まえて、中国政府のスタンスも徐々に変化しているように見受けられました。

■まとめ
 以上が今回の視察を通して感じた中国経済の課題です。しかし、よく考えてみれば、どの国の経済も構造的問題を抱えています。例えば、日本には700兆円を超える政府債務の問題があり、米国でも年間の経常赤字がかつて例を見ない水準まで拡大し、ドル暴落リスクを抱えています。したがって、中国についても目の前のリスクをあまり過大に捉えるのでなく、それぞれのリスク特性に応じたシナリオを想定して対応していけばよいと考えます。
 日本経済は、70年代の二度にわたるオイルショックを契機に産業構造を転換しました。中国経済の発展経路は日本と同じではありませんが、最近の人民元の切り上げを巡る動きは中国経済が従来の輸出主導、外資依存の成長パターンからの転換を迫られていることを示しています。今後10年のうちに、いくつかの紆余曲折を経て、中国はハイクオリティな消費マーケットに変貌していくのではないでしょうか。

酒井からのコメント・・・

 この原稿は、9月20日に頂戴していたのですが、私が10月14日の税理士会のプログラムで時間が割けなかったため、なかなかアップできませんでした。少し時間が経ってしまい、鮮度が落ちてしまったことをお詫び申し上げます。
 この原稿を書いている10月17日、小泉首相が靖国神社を訪問しました。訪問することの政治的な問題はさておき、今の日本政府が外交政策をどのように考えているか?この前の選挙で明確にされていないだけに、不安を感じるところではあります。特に、世界経済といったものを考えた時に、中国はひじょうに巨大な存在となってきており、この部分を冷静に判断すべき段階であり、政府としてのスタンスが曖昧なままでは、今後の各企業の対応も、非常に難しくなってきていると思われます。
 いずれにしても、中国の問題は冷静に考えるべきであり、今回のSeijiさんのように、実際に現地で人と会って、様子を見てくることは重要です。中国との間で直接仕事をしていない方でも、とても大切な内容だと思います。

[2005/10/17]


速報版!よくわかる「人民元改革」
[2005/7/25]

 7月21日、中国は人民元の為替レートの2%切り上げと「通貨バスケット制」導入などの「人民元改革」を発表しました。欧米諸国に対する貿易黒字が拡大していたことから「8月にも切り上げか」という観測が強まっていた矢先だったので、さほど意外感はありません。しかし、これによって人民元をめぐる問題が新たな局面に入ったことは間違いありません。改革の内容についてはっきりしない部分もありますが、まずは速報版として、今回の改革の内容とこれからの影響を検討してみましょう。

■今回の人民元改革のポイント
中国の中央銀行である中国人民銀行(「人民銀行」)が発表した改革の要旨は以下の通りです。

  1. 為替変動をドルのみに連動させる方式からユーロなど複数通貨のバスケットに連動させる方式に変更する。
  2. 人民銀行は毎日、為替レートの終値を発表し、翌日の売買の中間レートとする。ただし、7月21日の対ドルレートの終値は1ドル=8.11元に切り上げる。
  3. 民間の銀行は、その中間レートを基準にして顧客向け提示レートを決定する。
  4. 米ドルの対人民元レートの日々の変動幅は、人民銀行が発表した中間レートの上下0.3%以内にとどめる。米ドル以外の変動幅については今後決定する。

 要するに、これまでドルに固定していた人民元レートについて、ユーロや円の動きも反映して決めていこうということです。ただし、あくまでも管理通貨制度の枠組みは維持されます。 これまで中国では管理通貨制度のもとで、有価証券や預金などの「資本取引」も、輸出入などの「経常取引」も、人民元を通じた資金のやり取りは厳格に制限されてきました。これが今回の改革でどう変わるのでしょうか?

■資本取引の管理のしくみ
 人民元が切り上げられるとすれば、今のうちに買っておけば確実に儲かると考える方は多いはずです。上海に行って、中国銀行や香港上海銀行で口座を作ると、人民元で預金できます。レートが切り上げられた時点で解約して円に戻せば、為替差益が上げられるはずなのですが、現実にはそんなにうまくはいきません。
 というのは、まず、中国では、外貨から両替した人民元であっても、外貨には50%しか戻せないという規制があります。さらに、人民元を中国国内の銀行から海外送金することは認められていません。したがって、人民元で1000万円の預金をしても円には500万円しか戻せないのです。もちろん、5000ドル(約60万円)相当額までの現金は海外に持ち出せますが、そんなことを繰り返していては投資としてペイしません。
 また、中国に住んでいる人が海外の株式や債券を買う場合にも当局の事前許可が必要で、実際問題として海外の有価証券への投資はできません。このように、資本取引を行う場合、海外から中国国内の資金流入はほぼ自由なのに対し、海外への資金流出は厳格に制限されてきました。今回の改革でも、これを変更する予定は今のところ発表されていません。

■経常取引の管理のしくみ
 次に経常取引についてですが、中国は米国に対して巨額の貿易黒字をあげています。これは、輸入代金支払に伴うドル買いニーズよりも、輸出代金を人民元にするためのドル売りニーズのほうがはるかに強いということです。したがって、市場原理に任せると人民元の対ドルレートは上昇していくはずですが、実際の人民元レートは1米ドル=8.3元辺りの水準で安定的に推移してきました。
 その原因は中央銀行によるドルの買い上げ(いわゆる為替介入)にあります。まず、外貨管理条例によって、中国企業は外貨収入(大半はドル)を政府が指定する銀行に売却するよう義務付けられています。そして、銀行は買い取ったドルを、外貨取引センターという銀行間市場を通じて売買するのですが、取引の前日に翌日の取引内容(取引通貨と金額)を政府(外貨管理局)に報告することになっているので、政府は売り買いの状況を事前に把握し、余剰なドルを人民銀行が買い上げて需給を均衡させることができるのです。そのために、市中でドルが余っていても為替レートは動かないということになります。
 実は、今回の人民元改革の最大のポイントは、この買い上げ制度の取扱をどうするかです。もし、これを完全にやめるとすれば、今後3ヶ月のうちに人民元レートは2割近く上昇する可能性もあります。しかし、それでは輸出競争力の低下から中国経済に大きなダメージを与えるだけでなく、アジアや、ひいては世界全体の経済が変調をきたしてしまいます。したがって、しばらくは買い上げ制度を残しつつ、国内景気の動向を確認しながら、段階的に人民元レートを切り上げていくという展開がメインシナリオとなりそうです。

■人民元改革の影響
 そうした展開を想定した場合、当面の日本の金融マーケットに対しては、為替相場と金利の両面で影響が出ると考えられます。
 まず、為替相場についてですが、人民元レートが切り上げられれば、地政学的に最も関係が深いハードカレンシーである日本円の上昇圧力が高まります。投機筋にとっては、郵貯をめぐる政治的不透明感を材料にした円売りは次第に仕掛けづらくなってきました。ただし、人民元切り上げのスピードは緩やかになると予想されるので、100円を割り込むような円高となる可能性は低いと考えます。
 金利については、今回の改革によって米国金利上昇が上昇して、米国の景気と株価が調整局面を迎えれば、日本の景気が踊り場から脱却する局面は先送りされ、結果として日銀の量的緩和が解除される時期も遅れると考えられます。中国はこれまで、対米貿易黒字によって急増した外貨準備の大半を米国債に投資して米国に還流してきましたが、今回の改革によって米国債への投資が減少することになれば、米国長期金利が上昇すると予想されるからです。
 いずれにしても、今回の改革ですぐに大きな影響が出るというわけではなく、事態は徐々に変化することになりそうです。しかし、人民元を巡る局面がこれまでとは一変したことは間違いなく、後で気づいたときには手遅れという、いわゆる「ゆで蛙」状態にならないよう、当面の状況の変化をしっかりウオッチしていきましょう。

酒井からのコメント・・・

 非常に新しい情報をありがとうございます。新聞報道等では、細かな問題点まで話題にならないことも多いですから、あまり浮き足立たないようにしたいものです(振り込め詐欺のネタがまた1つ増えたのでしょうか?)。  茹で蛙ではありませんが、知らない間に身の回りの工業製品は中国製が当たり前になってしまいましたね。この馬鹿でかい国とどうやって付き合っていくか?というのは世界経済の大変重要なテーマです。人の考え方、政治的な面もひじょうに多層的で複雑な国だけに、イスラム同様、Seijiさんご指摘のように、しっかりウォッチしておきたいものです。反日デモが起きたからといって、単純にナショナリズムに浸っていてはいけませんね。冷静に、何事も冷静に、しかし動く時には大胆に。  そして、なによりも、世界はこうやって変化していくということ。いつまでも同じ状況が続くと思うのは人間の錯覚。何事でも大事なことだと思います。

[2005/7/25]


これからの金融政策とマーケットの関係
[2005/7/5]

 前回のコラムについて、サイトの管理人から「日銀が金融調節を間違うと金融界に混乱が生じる可能性があるということだか、いったいどういうことか一般消費者には分かりづらい」というコメントがありました。実は、これからの日銀の金融政策をウォッチしていくうえで、金融市場がどう反応するかがひとつのポイントになってくるので、この点についてもう少し説明しましょう。

■金融引締めでもあまり上昇しない長期金利
 今後の金利動向を考える上での最大のポイントは、金融政策が緩和から引締めに転換する場合の市場金利の動きは、従来とはかなり異なったものになるということです。
 90年代前半以前の金利引締め局面を振り返ってみると、日銀が金融引締めに転じると短期金利と長期金利のスプレッドが拡大するというのが典型的なパターンでした。つまり、短期金利と長期金利が同じように上がるのではなく、短期金利よりも長期金利のほうが上昇幅が大きくなり、長期金利をベースにして決まる住宅ローン金利は当然大きく上昇していたのです。
 ところが、これからは日銀が金融引締めに転じても長期金利はあまり上昇せず、比較的落ち着いた動きに終始する可能性が出てきました。そうなれば住宅ローン金利も大幅に上昇することは心配しなくてよさそうです。これには大きく3つの要因があって詳細は次に述べますが、要するに90年代前半までとは金融政策をめぐる環境が一変してしまったのです。したがって、過去の金融引締め局面の経験を将来にそのまま当てはめると、判断を大きく誤ってしまうことになるでしょう。

■環境変化の3大要因
 90年代後半以降、金融政策に大きな変化をもたらすことになった3つの大きな要因は、1.経済のグローバル化2.中央銀行の独立性強化、そして3.マクロ経済理論の進歩です。順を追って説明しましょう。
 まず、経済のグローバル化によってインフレ圧力が世界的に押さえ込まれていることは周知のとおりです。最近は労働コストが安い中国に投資が集中し、中国で生産された安い製品の輸入急増で米国や欧州で人民元に対する切り上げ圧力が強まっています。日本でも、原油や鉄鉱石など原材料価格の急騰にもかかわらず、安い輸入製品の影響で消費者物価は落ち着いた動きとなっています。また、国内の雇用環境を見るとパートや派遣社員が増加しているので、正社員の給与を多少引き上げても全体の賃金水準は上昇しにくくなっています。その結果、モノの値段やモノを作るためのコストは景気がよくなっても大きく上昇する可能性は低いのです。とすれば、日銀が量的緩和を解除したとしても、その後の金利引き上げの動きはきわめてゆっくりしたものになるでしょう。
 つぎに、中央銀行の独立性が強化され、金融経済状況の変化に応じてタイムリーな金融調節が行える環境が整備されてきました。これは当たり前のことのように思われますが、かつては日銀が政策金利を引き上げようとしても政府から待ったがかかったことが何度もありました。しかし、1997年の日銀法改正によって金融政策運営について日銀の独立性が強化され、金融政策の自由度はかなり高まりました。ただ、権限が強まった分、政策の妥当性について金融マーケットに対する説明責任は大きくなっています。
 最後に、マクロ経済理論の分野では金融政策運営に関する研究が進み、「新しいケインズ経済学」とよばれる考え方が登場しています。やや専門的になるので内容の説明は省きますが、要するに金融政策が経済活動や物価に与える影響についての分析が進んできたため、確度の高い金融政策を実施できる可能性が高くなってきたということです。詳細については「日銀レビュー2004年12月」(http://www.boj.or.jp/ronbun/04/data/rev04j08.pdf)をご覧ください。

■既に金融引締めに転じた海外諸国の状況
海外では、すでにこうした展開が現実のものになっています。英国、豪州、米国など金融政策が利上げ方向に転換している諸国では、短期金利の上昇にもかかわらず長期金利が安定ないし低下しているのです。英国や豪州では短期金利と長期金利がほぼ同水準にあり、ニュージーランドでは逆に長期金利が短期金利を下回っています。
 とりわけ、米国では昨年6月末以来、政策金利が1%から3%まで引き上げられましたが、逆に長期金利は約0.7%低下し、長短金利のスプレッドは大幅に縮小しています。これは「FRBがインフレをうまくコントロールできるだろう」という金融市場の期待の高さを反映したものでしょう。ただ、最近の長期金利低下の背景には、ヘッジファンドの破綻リスクの高まりを反映して資金が米国債市場に流入しているという特殊要因も働いています。
 では、短期金利が引き上げられても長期金利は安定した動きを続けるという現象が、日本でも間違いなく起こるのでしょうか?

■今後注目しておきたいこと
 日本で注意しなければならないのは、国債市場が構造的問題を抱えているということです。外国人の保有比率が非常に低く、さらに金融機関が大半を保有しているために売り買いのバランスが崩れやすく、ちょっとしたきっかけで売りが殺到して長期金利が急騰するという問題があります。そのため、ある程度魅力のある水準まで長期金利が上昇しても横並び意識が強い投資家からはなかなか買いが入らず、必要以上に金利が上昇してしまい、それが企業の投資意欲に水を差して景気に悪影響を与え、貸出が増えない金融機関が再び国債に買いを入れて長期金利が低下する、といった展開になりやすいのです。
 そうした不安定な金利変動を招かないようにするため、日銀は金融市場とのコミュニケーションに今まで以上に気を配ることになるでしょう。つまり、「物価はプラスに転じた後も安定した動きを続けると予想されること、日銀は量的緩和という非常時の政策から金利政策という平常時の政策に戻すだけで、政策金利の引き上げは視野に入れていないこと、外部(政府)からの圧力に屈することなく自らの判断で適切な政策対応が実施できること」――こういった情報を金融市場に対して機会あるごとに発信していくことで、市場参加者が日銀の金融政策に疑心暗鬼に陥らないように配慮していくことになります。このようにして市場参加者の間にある程度免疫ができたと判断した時点で、日銀は政策変更に向けた動きを本格化させることになるでしょう。

酒井からのコメント・・・

 最近、私の仕事が遅れる言い訳はすべて「引越し」ですが、Seijiさんから原稿をいただいてだいぶ時間がたってしまいました。「生き」が勝負な原稿だけに、申し訳なく思います。また、前回のテーマをさらに深掘りしていただきありがとうございます。深掘りしていただいた分、コメントを考えるのも苦労しました。
 Seijiさんがそこまで詳しく解説していただくということは、今のマーケットを考える中で、日銀の金融政策が非常に重要、しっかりウォッチしなければならないということですね。
 まず今回のレポートの最大のポイントは、短期金利が上昇しても長期金利は上昇しない可能性があるという点ですね。その理由を簡単に整理すると、以下のようになるのでしょうか?

  1. 短期金利の引き上げによってもインフレが起きる可能性が低い 資源価格の高騰や為替の変動があっても、グローバル化した経済の影響で、日本国内の物価は安定しているということ
  2. 日銀の独立性が確保されているため、迅速・機敏に対応できる
  3. マクロ経済学の進歩

 しかし、それは決して金利が安定化しているわけではない。郵貯民営化も大詰めを迎えていますが、基本は赤字財政の問題、日本国内の金融のグローバル化等の大きな変化、そして経済情勢の変化・・・。金利が上昇しないからといってそれを単純な好材料と捉えてはいけない。これは間違いないようですね。
 少なくとも、仕事はテキパキと進めて、無駄を作らない。公私共に必要なことだ(反省)。

[2005/7/5]


日銀の量的緩和、下限割れ容認は政策変更の前哨戦?
[2005/5/25]

 日銀は5月20日の金融政策決定会合で金融政策スタンスを若干変更しました。その内容は「金融機関の手元資金量を示す日銀当座預金残高が、量的緩和政策の誘導目標の下限としてきた30兆円を一時的に下回ることを容認する」というもので、今のところ金融市場では冷静に受け止められているようです。ただ、決定会合の中では誘導目標自体の引き下げという一歩踏み込んだ議論も行われており、量的緩和政策解除のXデーは確実に近づいています。どうやら金利上昇への備えを考える時期がやってきたようです。

■量的緩和政策とは?
 量的緩和政策とは、金融機関が業務を進めるうえで必要な資金量を大幅に上回って日銀が資金供給する政策のことで、景気低迷とデフレ進行を食い止めるために2001年3月に導入されました。米国などが行っている金利水準を誘導する通常の政策とは異なり、金融機関が日銀に開く決済口座の残高を調節するやり方で、現在の残高目標は30兆〜35兆円程度となっています。
 この政策の具体的な狙いは2つありました。1つは金融機関の手元資金を潤沢にしておくことで資金繰り難による金融危機を未然に防ぐ金融安定化効果。もう1つは余ったお金を企業向け貸し出しなどに振り向けさせデフレ脱却に導く効果です。1つめはりそなの破綻が金融システム全体に広がるのを回避したように一定の効果を発揮しました。しかし、2つめについては、大手企業を中心に財務リストラのため銀行借入の返済に走ったことや、多くの金融機関がリスクを取って貸し出しを増やすことに躊躇したこともあり、目に見える効果はあがっていません。
 ただ何はともあれ、4月のペイオフ解禁を無事通過した現在、量的緩和政策といういわゆる「危機管理体制」を続ける根拠は乏しくなっています。円滑な資金決済を行うために必要な残高は6兆円程度にすぎないので、不必要な量的緩和は今すぐにでも止めたいというのが日銀の本音でしょう。
 しかし、一旦振り上げた拳を下ろすことができなくなっているというジレンマが日銀にはあります。というのはこの4年間、デフレの進行に対して金融緩和を強化するという名目で残高目標を段階的に引き上げてきました。もしもここで一気に残高目標の引き下げに踏み切れば、金融市場は日銀が金融引き締めに唐突に転換したと判断して市場金利が急騰し、その結果として景気の失速を招くことになって、2000年のゼロ金利解除時のトラウマが再び現実のものとなってしまうからです。

■下限割れ容認が意味すること
 したがって、金融市場とうまくコミュニケーションを取りながら慎重に金融政策変更の地ならしを行っていくというグリーンスパン流のやり方が日銀に求められています。今回の下限割れ容認もそのような文脈の中で捉える必要があります。
 じつは今回のことは6月前半の法人税上げによって日銀当座預金残高が一時的に減少する事態に対処するためのものです。日銀としては「一時的に残高目標の下限を割り込むという技術論的な出来事」が「残高目標引き下げへの地ならし」と誤解されて金融市場が混乱する事態を防ぐ狙いがあったと思われます。
 とすれば、すでに日銀の事務サイドでは量的緩和解除にむけたシナリオ作りが着々と進んでいて、解除に至るまでの混乱を最小限にするために、不確定要因を洗い出す中で今回の下限割れの問題が提起されたと考えるべきでしょう。そして「残高目標自体の引き下げ」について、これから決定会合の場での議論が本格化し、その内容が議事録として公開されることを通して金融市場は徐々に量的緩和解除を織り込み、その結果として金利水準が次第に切り上がっていくことで景気失速を招くことなく金融政策の変更につなげる、というのが日銀の次なるシナリオでしょう。
 金融引き締めは景気にとっては劇薬です。使い方を間違えるといろんなところで副作用が大きくなってしまいます。最初は少しずつ投与してその効果を確認しながら、徐々に効能を強くしていくきめ細かなやり方、いわゆるスムージングオペレーションが必要なのです。

■今後の利上げまでのプロセス
 恐らく、量的緩和政策が解除されるまでの具体的なプロセスは、「デフレ脱却宣言」「残高目標の引き下げ」「量的目標から金利目標への移行」という3つのフェーズに分けられるでしょう。
 現在、日銀は景気について「年央以降、回復の動きが次第に明確になる」というスタンスをとっていますが、そのとおりの展開となれば、10月末に発表する「経済・物価情勢の展望」(いわゆる展望レポート)で景気見通しを上方修正するとともに、2006年度のデフレ脱却宣言が出されることになるでしょう。
 そうなれば、次に当座預金の残高目標を30兆円から6兆円程度まで半年かけて段階的に引き下げ、2006年度には量的指標から金利指標へ政策目標を変更し量的緩和を終結させるというシナリオが予想されます。であれば今年10月以降の市場金利の動きは要注意です。
 ところで、このようなタイムスケジュールを予想するのは多分に政治的理由からです。じつは2007年度に入ると量的緩和解除に向けたハードルが高くなります。というのは、小泉首相が2006年9月に任期を迎え、2007年度以降消費税率の引き上げが現実味を増す公算が高いからです。消費税増税が経済に悪影響を及ぼせば金融引き締めどころではなくなります。こうした事情から日銀としてはなんとしても2006年度中に政策変更に踏み切りたいのです。

■金利上昇への対応策
日銀が描くシナリオが現実になれば市場金利は確実に上昇し、住宅ローンを抱える方にとって頭の痛い問題なのですが、その影響は返済期間の長さによって異なってきます。

<金利上昇による毎月返済額の増加率、現在の返済額を1とする>
借入金利の変化 残りの返済期間
10年 20年 30年
1%→3% 1.10倍 1.21倍 1.31倍
1%→5% 1.21倍 1.44倍 1.67倍
1%→7% 1.33倍 1.69倍 2.07倍

 この表から分かるように残りの返済期間が長くなるほど、金利上昇による影響は大きくなります。例えば、毎月10万円返済していて借入金利が1%から3%に上がった場合、残りの返済期間が10年なら、毎月返済額は11万円と1万円の負担増にとどまりますが、20年だと約12万円で2万円、30年だと約13万円で3万円と負担の増加がだんだん拡大します。したがって、金利上昇への対応策を検討する場合は、まず残りの返済期間と負担増加率を確認しましょう。
 残りの返済期間が長い場合、返済に余裕があれば10年固定金利への切替えを検討しましょう。なぜ10年かといえば、まず金利は景気に連動するためその変動にはサイクルがあり、10年の間に金利低下局面が再び到来する可能性があるからです。さらに、住宅ローンは次第にコモディティ商品化するため取扱手数料が下がり、かつ今後の金融技術の進歩を勘案すれば、かなり有利な借換えローンが登場する可能性が高いからです。住宅金融公庫の証券化ローンは対象が新規購入のみですが、借換え用の証券化ローンが民間でもこれから増加するでしょう。すでに、ソフトバンク系列の住宅ローン会社であるSBIモーゲージのように20年で表面金利2%台固定金利の借換えローンを発売しているところもあります。
 従来の金利低下局面では返済負担減少を謳ったワンパターンの借換えセールスがすべてでしたが、今後の金利上昇局面では返済負担の増加(するリスク)をどうやって合理的な水準に設定するかが重要となります。毎月返済額を増やさないよう返済期間を長期化したり、反対に返済期間を短縮して総返済額の増加を抑えたりとさまざまな顧客ニーズに対応できるよう、FPとして金利上昇を想定した提案力を今から磨いておく必要がありそうです。

酒井からのコメント・・・

 最近注目されている日銀の金融政策修正の可能性とその影響について、いつものようにわかりやすくコメントいただきありがとうございます。
 消費者レベルで金融政策を理解するのは非常に難しく、なぜマスコミがそんなに大きく取り上げるのかわからない方も多いと思います。しかし、現実には、私たちの生活にひじょうに密接な問題なんですね。
 で、具体的な問題分析です。

  1. 日銀は銀行との間で資金の融通を調整することで、金融不安を解消したり、金利や景気をコントロールしようとしていること
     日銀の重要な機能の一つですね。金融不安の問題はちょっと横に置くとして、金融緩和政策とは、日銀が、市中の銀行を通してお金を増やしていくわけですから、特に条件がつかなければそのお金をみんなが使って景気がよくなるはず。1990年前後のバブルがその典型だと思うのですが、同じようにお金を流しても今は景気がよくならない。なぜか?ひじょうに素人感覚ですが、銀行まで出るお金が増えても、それを使うべき人の所得は増えていませんし、逆に不安感が募るばかりですね。ここ15年間で街中に増えた浮浪者の数を見ても歴然です(松山でもすごいですよね)。若年層は雇用がない、高齢者は年金に不安がある、中間の層はリストラで働いても働いてもいつ失業するか?という雇用の不安は消えず、給料も増えない。こんな状況で、消費にお金が回るはずがありません。一時期より安定したとは言うものの、伸びていく要素はないと思います。今の政権がやろうとしている構造改革は、どことなく期待を持たせていますが、庶民の不安を具体的に解消するものとは到底思えません。このように書くとマスコミ論調と同じようになってしまいますが、デフレ対策を考えた場合に、日銀による金融政策だけではなく、マクロ的な経済政策の抜本的な見直しが求められる・・・ということなんでしょうね。
  2. 日銀の調整手法を間違うと金融界で混乱が生じる可能性があること
     ここは、ある程度金融の世界に関わらないと実感できない部分かもしれません。消費者に金融政策がわかりにくい理由の一つがここですね。確かに、日銀が引締めに転じたと明確に打ち出せば、市場はそれを前提に動くわけですから、相当な混乱が生じるでしょう。FPとしては、その意味をもう一度復習して、今後の日銀の政策変更をしっかり追いかけておくべきですね。
  3. 税金と日銀の金融政策がリンクしていること
     これは私にとっては新鮮な視点でした。確かに、1つの会社が払う法人税・消費税は相当な額になりますから、金融の中でも比重は高いわけですね。私たち税理士にとって、税とは法律ですが、市場関係者にとってはお金の流れる太いパイプの一つであると。だから税理士と言う仕事が成立するわけですが、それはともかく、そうなると、今後予想される消費税率の引き上げは、仮に10%の引き上げと想定すると、消費金額の5%が民間から国庫に流れるわけですから、この影響は無視できないですね。そのマイナス部分をどのように回避するのか?誰かさんは自分には無理だから在任期間中は上げないとおっしゃってるんだ。なるほど。
  4. 金利の動向
     過去15年にわたって、金利は上がる上がると言われてきました。しかし、実際はどうでしょう?ここ数年をとってもそうです。もちろん金利体系が複雑になるなど、単純比較できない部分もありますが、住宅ローンでも、変動金利を選択した人がここまでのところ得した部分はありますね。では、これからはどうなるのか?これは本当に難しい問題です。また、自分が今後どのように生計を立てていくのか?という問題もあります。突然失業というのは当たり前の世の中です。しっかり生活していく実力をどのように身につけていくのかという課題が現代人には重たくのしかかっています。FPとしても、単なるスキルだけでなく、深く経済を理解し、しっかりと仕事を実践していく能力が求められている(課題が多いな?)と再認識すべき時かもしれませんね。
[2005/5/25]


長期投資で成功するポイント ―シナリオ構築力を高めるには?
[2005/4/25]

 愛地球博のメイン会場がある愛知県長久手町の姉妹都市となっている、ベルギーのワーテルロー市は首都ブリュッセルから南へ約20キロに位置し、ナポレオン率いるフランス軍とウェリントン将軍率いる連合軍が戦った古戦場として有名な街です(http://www.town.nagakute.aichi.jp/kurasi/kokusai/waterloo/waterloo.asp)。
 実は約200年前のこの地での戦いを利用して、ロンドンの英国債取引で巨額の売買益を得た人物がいます。ロスチャイルド財閥の長男ネイサンです。この会戦前はナポレオン有利との下馬評から英国債が暴落していました。ところが、彼は帆船・馬車・飛脚に当時最新の情報手段だった伝書鳩まで駆使し、ロンドンにいながらにして、連合軍勝利という情報をいち早く手に入れ、英国債を底値で買い占めたのです。その後、相場が急騰したのは言うまでもありません。
 しかし、いまのインターネット社会では情報は瞬時に世界中を駆け巡り、どこにいてもほぼ同時に知ることができます。また、極秘情報を運良く手に入れることができたとしても、それを利用して有価証券を売買すれば不公正な取引(インサイダー取引)として処罰の対象となります。
 こうして利用できる情報には差がなくなってくると、周知の情報から将来の世の中の動きを描き出すシナリオ構想力をいかに高めるかが、長期投資で成功する大きなポイントとなります。

■シナリオとは何か?
 株式や債券の相場は時に大きく下がりますが、それをあらかじめ見越していれば冷静に判断できますので、底値で投げ売りするようなことは少なくなり、勇気をもって買い向かうこともできるでしょう。「想定の範囲内」というフレーズが流行りましたが、シナリオとは発生すれば影響が大きくなる出来事をあらかじめ想定しておくことです。
 ただし、予測とシナリオは異なります。予測とは、最も確率が高いと思われるケースをメイン・ケースとし、それに幅をもたせるかたちでベスト・ケースとワースト・ケースを設定するという方法です。しかし、予測には大きな欠点があります。まず、確率で示されると、人は確率が低いものには注目しなくなります。そのため、メイン以外のケースは実際には無視されることになります。また、メイン・ケースの確率が高いのは現状のマーケット・トレンドを前提としているからで、その確率の高さに客観的意味はほとんどありません。経済誌が年始に掲載する1年後の相場予測が全く当たらないのはこういう理由によります。
 シナリオとは、確率は低くても、起こったときには大きな影響を与える未来ストーリーを描くという方法です。現在、私は金融機関でリスク管理を担当していて、今後の経済・金融環境のさまざまな変化が毎年の利益や財務価値に与える影響をシミュレーションし、影響の大きなものについては対応策を検討して経営陣まで報告しています。そのような中で特に注意しているのは、未来は不連続であり、小さな変化の兆しもできるだけ見逃さないようにするということです。

■シナリオ作りのヒント
 未来シナリオの作り方、いわゆる「未来学」は米国で発達したものです。「未来学」という言葉は日本ではなじみがありませんが、米国では「未来学」の学部を持つ大学があり、高校や中学では数え切れないくらい多くの学校がカリキュラムに取り入れています。「未来は自分が創造していくものだ」という国民性ゆえに発達した学問分野なのでしょう。そしてグローバル・ビジネス・ネットワーク(GBN)ランド研究所といった未来予測を専門にするシンクタンクも設立され、ホワイトハウスから日産自動車まで世界中の多様な組織にサービスを提供しています。これらのシンクタンクの中にはホームページで未来シナリオを無償開示(ただし英文)しているところもありますので参考にしてください。
 実際に未来シナリオを作成するプロセスは創造性を発揮する発散過程と、それらを論理的にまとめる収束過程に分けられます。さらに、発散過程は(1)シナリオのフレームワークを決める、(2)情報を棚卸しするという2つのステップに、収束過程は(1)キー・ドライビング・フォースを見つける、(2)シナリオを作る、(3)シナリオをウオッチする準備に入る、という3つのステップにそれぞれ分けられます。ここでは詳細の説明は省略しますので、興味がある方は「シナリオ・シンキング」(西村行功著、ダイヤモンド社、2003年)を参考にしてください。
 未来シナリオをうまく描けるかどうかは前半の発散過程次第です。創造性を発揮するためには多様な切り口で幅広く情報を収集する必要があります。たとえば新聞を読むとき、私たちは興味のある記事だけを選んで読み、それ以外は飛ばすということを無意識のうちに行っています。つまり、一定の認識パターンによって無意識に情報を取捨選択しているのです。そのため本当は重要な情報を目にしていても、その重要性を認識できないことが往々にして起こります。また、集めた情報にもモレやダブりが出てきます。
 幅広いジャンルから重要な情報をバランスよく集めるには、まず、常識とは異なるアイデアに関心を寄せることです。それから、自分の専門分野や業界には関係ない情報源を持つこと。さらには、いろんな土地や国を旅行して、新しい生活風習、文化、価値観に触れることができれば一層よいでしょう。参考までに私が日常的にやっていることは、まず、新聞は一般紙だけでなく経済・産業・技術など専門紙も読み、とりわけ科学・技術の最先端の動きについては専門誌でフォローします。それ以外には、マスコミの報道パターンの変化に注意を払っています。政治体制といった移ろいやすい事象とは異なり、科学・技術はトレンドがはっきりしていて、なおかつ時代を決定する重要な要素となります。また、マスコミ報道によってそれまで無視されていた問題に対する世の中の認識が大きく転換することがありますので、その変化には注意が必要なのです。

■不連続時代を乗り切る知恵
 未来シナリオを持つことのメリットは、何も投資に限ったことではありません。未来シナリオを描けば当然に暗いシナリオも出てきますが、その重大さを認識することによって、それが実現しないようにする力が働きます。たとえば、オゾンホールがもたらす影響を認識することによってフロンの排出量は大幅に削減されました。
 ただ、私たち日本人には、明るい未来は歓迎しても、暗い未来はたとえ確実に予想されることであっても想像することすら拒否してしまう傾向があり、そのためにいろんな問題が先送りされてきました。4月19日に発表された政府の「21世紀ビジョン」も構造改革の重要性を説くばかりで、そのために払う犠牲の大きさについての説明はありません。構造改革をしないとこんなひどいことが起こるので、それを未然に防止するためみんなにコストを負担してもらいたいと言わない限り、私たち国民は事態の重大さをなかなか理解できないものです。
 今回は、不連続の時代において未来シナリオを構想する力が大切になっていること、そして、そのためには情報に対する感性を高める必要があることを説明しました。増税、インフレ、人口減少、地球温暖化といった問題が山積していますが、それらの先にある未来イメージを共通認識とすることができるようになれば、事態の悪化を食い止めるアイデアが生まれてくると期待できるのではないでしょうか。

酒井からのコメント・・・

 今回は、マーケットの現場を少し離れて、戦略論的な切り口でした。今までにない展開ですね。確かに、数字だけ追いかけていくと何かを見失ってしまうのかもしれません。
 私のテーマである「税金」にしても、国家の問題、市民の問題として考えていく必要があると思います。税金が高いからいけない、安いからいけないという視点だけではなく、社会に参加しているより多くの人が考え、納得できる税制を構築していかなければならないのではないでしょうか?しかし、現実には、ミクロ的な部分に多くの人の視線が集まってしまい、大局な議論になることがほとんどないというのが私の印象です。いろいろなものが行き詰った時こそ、そのような視点が意味を持ってくると思います。
 もちろん、今の財政問題を考えればそんな余裕はないだろいうという意見も当然あるのでしょうが、だからこそ大きく視点を変えて、「国のあり方」みたいなもの(小泉流の軽いフレーズ?ではなく、もっと腰を据えて)を多くの人が考えていくべきなんでしょうね。
 ただ、どんな問題であれ、そうは言っても自分自身の生活、日々生きていくことが大切ですから、「未来のことをじっくり考える余裕を持て」といっても難しい現実もあると思います(中国での反日デモも、国内のストレスが日本に向けられただけというイメージが強いですし、日本国内の犯罪事件も、日本全体に強いストレスがかかっているという感じです)。そんな時は、愛・地球博にでも出かけていって、非日常に浸り、少しでもゆとりを持ってごらんになるのが一番かもしれません。
 その愛・地球博ですが、私の周りでも、「行って来たよ」という方が増えてきました。最新技術や参加してる国の人たちが作る本場料理などが好評だったり、「同じ待ち時間なら、ディズニーランドの方が楽しい」という話も聞いたり、やっぱり「万博」です。いろいろな評判ですが、パビリオンを回ることよりも、日常と違う時間をご家族や親しい方と共有するということに意味を見出すことも大切なことです。マンモスやロボットを見るより、味噌煮込みうどん、味噌カツ、名古屋コーチン、きしめんにういろう・・という人もいらっしゃるのではないでしょうか?愛媛の人にとっては名古屋は少し遠いところです。
 ところで、わが家はいつ行くんだろう?あの仕事もあるし、この案件も進んでないし、そうだ事務所の引越もあるんだった・・・(・_・;)。

[2005/4/25]


人口減少時代の資産運用
[2005/3/30]

 英エコノミスト誌は3ヵ月ごとに主要先進国の住宅価格を調査していますが、最新分が2005年3月5号に掲載されていました。それによると、多くの先進国で住宅価格の上昇があいかわらず続いていて、すでに分譲を買うより賃貸に住むほうがずっとお得になっているのですが、それでもなお「もっと上がりそうだ」という期待感からさらに買われるという、まさにバブルの様相を呈しているようです。しかし、日本では大都市圏の一部を除くと依然として地価の下落が続いており、特に地方都市に住んでいると世界的な住宅ブームなんてまったくピンと来ないのが正直なところです。
 これまで日本の地価が下げ止まらない原因は不良債権問題といわれてきましたが、どうやらそれだけではないようです。実は先進国で住宅価格が下がり続けているのはドイツと日本だけなのですが、この両国に共通するのが人口減少時代にまもなく突入するという問題です。
 人口の減少は今後の住宅市場に影響を与えるとともに、それによって個人の貯蓄行動も大きく変化すると予想されます。今後どのような変化が起こるのか?その時FPにはどんな役割が求められるのか?今後10年の間に起こる変化をイメージしてみましょう。

■急速に進む人口減少
 総務省が発表した2004年10月1日現在の推計人口によると、男性人口は6,229万5千人で前年比9千人減となり、戦後初めて減少に転じました。全体では前年比6万7千人の増加でしたが、このままでは2007年頃までに日本は人口減少社会に突入することになりそうです。
 人口減少の原因は死亡者数の増加です。日本の死亡者数は90年代の後半に突如、増加に転じました。長寿化によって高齢者数が増加し、それが死亡者数の増加につながったのです。2003年の死亡者数は102万人ですが、高齢化の進行に伴い、2010年代初頭には120万に人に達する見込みです。
 一方、出生者数は2003年の112万人から10年後には100万人を下回ると予想されます。ただ、出生率の低下は、実は昭和の初めから何世代にもわたって続いている長期的現象で、ここにきて減少の程度が特に著しくなったというわけではありません。そのため、人口減少対策として出生率向上を図ろうという最近の議論からは大した効果は期待できないのです。

■人口減少が住宅市場に与える影響
 人口の減少によって、住宅需要の基礎単位である世帯数は2010年から2015年の間に減少に向かう見込みです。さらに世帯類型も大きく変化し、「夫婦のみ」と「単身」世帯の比率が急速に高まり、2015年にはこの2つの類型を合わせると、総世帯数の50%近くに上ると予想されます。これは、必要となる住宅数が減少するだけでなく、その規模も小さくて済むようになることを意味しています。
 一方、住宅のストックは増え続けていて、空室率はすでに90年代後半に米国を上回っています。今後、中古住宅の流動化が進めば、2010年から2015年には住宅が余る時代を迎えます。これまで日本では十分な流動性を持った中古住宅市場がなかったことから、中古住宅取得件数と新設住宅数との比率をみると、米国では3倍強に上るのに対し日本では0.1倍程度に過ぎません。これは全くおかしな話で、クルマに例えると、新車がどんどん販売されているのに中古車を売買する市場がほとんどないのと同じような状況です。住宅は「一生に一度の買い物」という固定観念が日本で定着してきた背景にはこうしたいびつな市場構造があったのです。今後、中古住宅市場が整備されてくれば、欧米並みにライフステージに応じて住宅を買い替えていくことが一般的になると期待されます。

■予想される個人の貯蓄行動変化
 そうなれば、米国のように若年世代にも安価な中古住宅による持家取得が浸透し、「新築・持家」をめざしてひたすら貯蓄に励む必要性が低下するでしょう。また、世帯規模の縮小により借家の広さで十分という発想から住宅取得計画自体を持たない世帯が増加する可能性もあります。さらに、老後には広い持家を売却して金融資産に換えて賃貸に住むケースも増えてきそうです。
 となれば当然、住宅取得のための頭金やローン返済のための流動性を確保する必要性は低くなります。また持家の売却を前提にすると、老後資金の準備もこれまでよりかなり少なくて済むことになります。野村総研の試算によると、こうした住宅関連貯蓄の必要がなくなれば約480兆円に上る金融資産が動く可能性があるということです。
 そして、住宅ローン借入に伴って負担するリスク(金利リスク、所得減少リスク、住宅価格下落リスク)が小さくなると、株式や外貨に対する家計のリスク許容度は高まります。さらに、人口減少社会では所得の伸びはまず期待できなくなることから、その面からも金融資産運用を強化する必要性は高まります。結果として、住宅関連貯蓄480兆円の大半が預貯金から株式や外貨資産等のリスク資産へシフトすると予想されます。

■これからのFPに求められるもの
 資金運用ニーズが高まれば、FPに対する社会的期待も膨らむでしょうが、そうなるとFPの中立性が大変重要になってきます。現在、銀行による投信販売が拡大していますが、必ずしも顧客の利益に適った販売が行われていません。例えば、今、売れ筋となっている毎月分配型の外貨債投信などは非常に大きな為替リスクを抱えていて、後々、相続する世代に元本割れリスクを転化するだけの商品なのですが、年金感覚で毎月配当金が受け取れるという点のみがクローズアップされています。一方、保有コストが割高で、かつ毎月分配すると税制上不利になって元本が減価するリスクが大きくなることから、機関投資家が決して購入しない商品であるという事実は、個人セールスの現場で完全に無視されています。
 人口減少社会の到来によって年功序列賃金から能力別賃金に移行すると、資産運用の成否が私たちの人生を大きく左右することになるかもしれません。これまでであれば運用で多少失敗しても、年とともに増える収入によって損失をカバーできました。しかし、今後、高いスキルを新たに身につけなければ収入は増えない時代となるため、資産運用で何度も失敗していると、ある意味、人生の敗北者になってしまいます。ということは、顧客も資産運用に対してこれまでになく真剣になるはずで、FPも目先の手数料欲しさからいい加減なセールスはできなくなります。
今後10年のうちに「貯蓄から投資へ」の流れは確実に加速します。FPにとってはビジネスチャンスが拡大する一方で、顧客の要求レベルは間違いなく上昇し、選別の時代に入ります。こうした問題意識を持って、これからのFPとしてのあり方を前向きに考えていきましょう。

酒井からのコメント・・・

 春休みを利用して我が家の長男が10日間ほど中国のショートホームステイに出かけています。家族が1人少なくなったわが家は、ぽっかり穴が開いた感じです。「人口減少時代の家庭」を実感していますが、これが日本中の家庭で繰り広げられて半世紀なんですね。今回は、そのテーマをタイミング良く(偶然ですが)、取り上げていただきました。
 同じく、タイミングよく、国土交通省から2005(平成17)年1月1日時点の公示価格も発表されました。それによれば、全国平均は13年連続 対前年比6.2%の下落。東京都区部の住宅地や都心商業地を中心に下げ止まり傾向が見られ、下落率も6年ぶりに対前年比0.2%縮小したのことです。これは短期的な視点で、発表のように楽観的な部分だけを捉えて良いものか疑問です。ただ、お金が土地に向かい始めているとは言えるようで、インフレの傾向も含めて(インフレが直接的に地価に影響することはないでしょうが)注目していきたいところです。
 ところで、今回、Seijiさんが指摘されているのは、

  1. 人口減少に伴い、日本人の住宅に対するニーズは大きく変化すると予想され、今まで資産構成の中で比重の高かった不動産の割合が低下する可能性がある
  2. 1.の結果、金融資産に対する視点も変化する。

・・・とまとめることができるのでしょうか?
 日本人の中で、バブルの崩壊を経て、不動産に対する価値観が大きく変化したことは間違いないと思います。また、住宅ローンの負担が減少する結果、将来的に、金融資産の選択上リスクをとる幅が増えるというのも十分考えられるシナリオでしょう。ただ、問題は、すでにかなりの日本人が多額の住宅ローンを抱えてしまっているという現実です。インフレでその負担は軽減する可能性もありますが、同時に起こりうる経済的な混乱(それはかなり大変なものになる可能性もあります)を乗り切り、同時に今の負債を上手に切り離すことができる人がどの程度いるか?という現実的な問題も横たわっているような気がします(この点はまたどこかで解説をお願いしたいものです)。
 また、政府の住宅政策に一定の方向性が見えないのも問題だと思います。この点もしっかり勉強しておく必要がありますね。
 いずれにしても、人口減少が抱えるさまざまな経済現象はこれから現実的なものになってくるでしょうから、もし、インフレ待望論みたいな空気が世の中に広がったとしても、それが簡単に自分の家計の問題を解消してくれると考えるのではなく、着実に返済できるだけの収益獲得能力を身に着けておくべきなんでしょうね。当然、パチンコや競輪・競馬みたいなギャンブルではなくて・・・。

[2005/3/30]


国債の2008年問題
[2005/1/4]

 昨年末に発表された2005年度の国債発行計画によると、国債の発行額は今年度よりも7兆円増額される見通しです。しかし、ひと頃よりも景気が回復して税収は増加し、その分、一般会計の国債新規発行額は減額される予定です。にもかかわらず、なぜ全体の発行額が増えるのでしょうか?その理由は、過去に発行した国債が大量に償還期限を迎え、その借り換え需要が増えていることにあります。
 今後も借り換えは増加し、2008年度にピークを迎えます。大量の借り換えが国債相場に悪影響を及ぼすと心配されているのが「国債の2008年問題」です。今回の発行計画ではこの問題への対策がいくつか講じられています。これだけ国債残高が増えると、さすがに政府も危機感を抱いているのでしょう。しかし、郵政民営化と財投改革の問題が今後の国債消化に暗雲を投げかけてくることから、はたして小手先の対応だけで金利をうまくコントロールできるかどうかは未知数です。今回は、中長期的な金利動向に影響するこの国債市場の構造的問題を考えてみましょう。

■「国債の2008年問題」に対する政府の対応
財務省によると2005年度の国債発行予定額の内訳は次の通りです。




(単位:億円)

2004年度当初2005年度予定増減
新規財源債365,900343,900▲22,000
借換債844,5071,038,151193,644
財政融資特会債413,000313,000▲100,000
合計1,623,4071,695,05171,644
(財務省ホームページhttp://www.mof.go.jp/jgb.htmより)

 新規財源債は、来年度の一般会計の歳入不足を埋めるために発行するものです。借換債は、来年度に償還期限が到来する国債のうち、償還財源がないために再度、国債を発行するものです。財政融資特会債は財政投融資(特別会計)の資金調達をするものです。
 全体の発行額は今年度に比べて7兆円増加しますが、これは借換債が19兆円も増加するためです。一方で新規財源債は税収増加から減少に転じ、財政融資特会債も新規投資抑制のため大幅に縮小します。このように国債を減らす努力の跡はみえるものの、過去の発行額があまりに大きいため、結局、全体の発行額が膨らんでしまうのです。
 こうした傾向は2008年度まで続きます。その一方で、財投改革によって2008年度には郵貯や年金積立金による国債引受がなくなります。つまり、国債の発行が増加するなかで、これまで安定的に国債を消化していた部門がなくなるのです。このままでは、市中発行される国債が大幅に増加し、需給悪化から国債相場はいつ暴落してもおかしくありません。
 そういった事態を回避するため、今回の発行計画では日銀乗換の大幅増加、投資家のニーズが強い超長期債や物価連動債等の増発、新型個人向け国債の発行といった対応策がとられています。なかでも注目すべきは日銀乗換の大幅増加です。

■新たな金利上昇リスクの台頭
 日銀乗換とは、日銀が保有する利付国債のうちその年度に償還期限が到来する分を1年物の短期国債(TB)と交換することです。日銀乗換は今年度の13兆円から来年度は23兆円へと大幅に増加します。そして、その量の大きさにも増して問題なのがその中身です。23兆円の内訳をみると、来年度に償還になる利付国債からの乗換えが15兆円あまりで、残りのほとんどは今年度中に一度乗換えたTBからの再乗換えです。再乗換えが毎年起これば、中長期債に乗換えている(つまり日銀が長期債を直接引き受ける)のと実質的に同じことになります。
 ところで、日銀は2001年3月に量的緩和政策を採用した際、「保有する長期国債の残高は銀行券発行高を上限とする」というルールを設定しています。2004年12月22日現在、日銀が保有する長期国債残高は約65兆円で、銀行券発行高は75兆円です。今後、日銀再乗換えが増加し、それを加算した実質的な長期国債保有高が銀行券発行高を超えてしまう事態は十分想定されます。もしそうなればこのルールは有名無実化してしまうため、国債引受がなし崩し的に拡大しかねないという懸念から日銀への信認が低下し、国債の暴落(長期金利上昇)を招く危険性があります。最悪の場合、利払い負担の増加から借換債の発行額がさらに増えてしまうという悪循環に陥りかねません。

■欠落している財政改革のビジョン
 このようにどこかにしわ寄せがいけば金利上昇圧力は必ず高まります。したがって、抜本的な財政構造改革によって非効率な歳出を大幅に削減しない限り、国債増発による金利上昇圧力を緩和することはできないでしょう。
 ところが今回、政府はそういった説明責任を果たさないばかりか、整備新幹線3区間の着工や関西国際空港の2本目の滑走路に予算をつけるという禍根を残してしまいました。そこにはまっとうな経済感覚は感じられません。もし、民間企業でこんな投資をすれば株価が大幅に下がるか、あるいは資金繰りがおかしくなって経営者の責任問題に発展してしまいます。
 その一方で、定率減税の段階的廃止が決定されるとともに、消費税率引き上げもスケジュールに明記されるなど、われわれ一般国民の負担は増大するばかりです。これでは、増税を嫌って個人資金が海外流出しても仕方ないことかもしれません。

■自己責任時代の到来?
 来年度の国債発行計画と同日に、金融庁から金融改革プログラムが発表されました。これは今後2年間の金融行政の指針となるもので、「貯蓄から投資へ」という流れをさらに加速させることをひとつの目的としています。
 なぜ、「貯蓄から投資へ」なのかというと、これまでの日本は間接金融優位だったのでバブル崩壊で金融機関の不良債権問題が長期化し、金融システムが弱体化して経済の回復が遅れてしまいました。そこで株式市場に個人の資金を呼び込めば、再び同じような問題が起きても国民に広く浅く負担が拡散するため、深刻な金融システム問題には発展しないという思惑があるようです。
 まさに自己責任時代の到来です。しかし、ほとんどの一般国民には自己責任を全うできるだけの金融知識も投資経験もありません。このような状況のなかで、銀行や郵貯などに投資商品の販売窓口を拡大することがほんとうに利用者のニーズに答えることになるのでしょうか?
 いずれにしても、社会の変化に対して自分がどういう立場にあるのか、そしてその変化をどう受け止めるのか――そういう意識を持つことがますます大切になってくる、2005年はそんな1年になると思っています。

酒井からのコメント・・・

 財政赤字がいくらになったか?ということはよく話題に上りますが、実際にその赤字がどのような形で膨らみ、時間の経過と共にどうなるか?ということは報道されることもありません。今回のレポートはその点が明確になったと同時に、財政赤字の抱える問題について深く考えさせられる内容でした。最近になって、個人投資家向けの国債の広告が目立つようになってきたのもな〜るほどですね。日銀の打ち出の小槌もどこまで通用するものか?公的な見解はほとんど聞くことができません。また、中長期債から短期債へのシフトは国債購入に伴う金利上昇のリスクを回避するためには仕方ないのかもしれませんが、見方を変えれば、そのリスクを国が背負ってしまっている訳で、結局、財政赤字そのものを軽減しなければ何の解決にもならないですね(もっともその話が単純に国民の負担につながってしまってもいけないわけですが)。いつものように明快なお話ありがとうございました。
 話は変わりますが、現在、「よくわかる鉄道業界」(日本実業出版社刊)という本を読んでいます。日本に鉄道が生まれてから今に至るまでの話が書かれているのですが、この鉄道の歴史を追いかけていくと、今の日本が抱える問題と大きく一致していることを実感します。
 国鉄が赤字に陥るのは、東海道新幹線が営業を始めた昭和39(1964)年。昭和55(1980)年には14兆3992億円(最終的には37兆1000億円)の長期債務を抱え、昭和62(1987)年には結局、民営化されていくわけです。赤字発生から23年。なぜそうなったのか?一言で言えば、日本経済の進歩についていくことができなかったということになるのでしょうが、それは結果であって、最大の問題は、鉄道輸送が抱える問題を認識しながら思い切った決断ができなかった政治家も含めた上層部ではないか?と思えるのです。そして、いまだに整備新幹線です。
 改めて国鉄の歴史をたどってみると、改善されない赤字、積み重なっていく債務、廃線と同時進行の新線建設(政治的な思惑)、中途半端な人員削減と労使問題、ヤミ手当などの不祥事、そして民営化・・・。今の日本が抱える問題は、この国鉄とうり二つのような気がします。それから約20年。途中バブルを経験しながら、我々はそのことをすっかり忘れてしまったようです。
 このコラムでのやり取りも、最近は「自己責任って何なのか?」がよくテーマに上ります。かつての国鉄や、今の日本の財政状態を招いた原因を改めて考え、その大きな渦に自分たちの家計が飲み込まれていかないように、しっかり勉強していかなくてはいけないようですね。
 新年早々厳しい内容になってしまいましたが、まずは元気に参りましょう!
 今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

[2005/1/4]


ドル相場の行方
[2004/12/13]

 ドルの下落が続いています。FRBのグリーンスパン議長は11月19日、フランクフルトで講演し「米国の経常赤字の規模からみて、いずれかの時点でドル資産への投資意欲の減退が起こるはずとみるのが説得的だ」と述べ、このまま米国の経常赤字が続けばドルは下がる以外にないことを認めました。これをきっかけに一段とドル安が進み、米国債は売り込まれ、金価格も大幅に上昇しています。
 ここ数年で外貨預金や外国債投信が個人投資家に急速に普及してきましたので、為替相場の先行きを心配されている方も多いと思います。ドル安の本当の原因がどこにあるのか?長期的にドル相場をどう考えていけばよいのか?第二期ブッシュ政権のスタートを前にポイントを整理してみましょう。

■ドル安の本当の原因
 このところのドル安は、米国で経常収支と財政収支の赤字(いわゆる「双子の赤字」)が拡大していることを材料視したものです。双子の赤字が同時に増えるということは、海外からどんどんお金を借りて、それでモノの購入(輸入)代金を支払っているということです。個人の場合なら、金遣いが荒くて借金が膨らんでくれば、金融機関からお金を借りるのは難しくなってきます。
 これと同じように、米国が無計画に借金を増やせば、やがて貸し手である海外の投資家が資金を出し渋ってきます。そうなれば、借入金利を大幅に引き上げるか、消費を抑えて借入を減らすといった対応が必要になり、結果として米国の景気後退と株価下落を招き、世界経済にも深刻な打撃を与えることになります。だとすれば米国の有価証券への投資は魅力的でなくなるので、それを見越してドルが売りこまれているのです。
 ところで、経常赤字の問題を米国の外から眺めると、米国がドルを印刷し、ばら撒きながら、自らの所得を超えた過剰な消費を続けているように見えます。一方、米国側から見れば、日本や欧州などは構造的に内需が不足して世界経済の成長の牽引役にはなれないので、米国が基軸通貨国としてドルの信用が低下する危険を冒しつつ、経常赤字を出し、世界経済を支えているということになります。
 いずれにしても経常収支の赤字拡大はドル安をもたらします。しかし、ドル安になっただけでは経常収支の赤字(経常赤字)は減少しません。経常赤字を減らすためには、ドルが安くなるだけでなく、米国人が過剰体質を改めて消費を減らして貯蓄を増やすか、あるいは米国以外の国が内需(主に消費)を大幅に拡大して米国からの輸入を増やすか、どちらかが必要になります。
 しかし、米国の貯蓄率は80年代以降低下傾向が続き、過剰消費体質が国民性とまでいわれる中で、国民の貯蓄行動を政策対応によって転換させることは至難の業です。それでは、80年代後半のように国際協調によって問題を解決することが可能なのでしょうか?

■日・中・欧それぞれの事情
 80年代後半を振り返ると、ドルはプラザ合意直前の85年3月をピークに(主要通貨に対して平均で)約4割下落しました。87年にはブラックマンデーが発生しましたが、大恐慌のような大きな混乱は起こりませんでした。というのは米国の需要の減少を日・独がカバーしたからです。当時の日本はバブル景気で内需が絶好調でした。ドイツも89年のベルリンの壁崩壊(東西ドイツ統合)で消費が大幅に増えました。こうして両国が米国に変わって世界経済の牽引役を果たしので、米国は世界経済に大きな打撃を与えることなく経常赤字を減らすことができたのです。
 しかし、今回は日本・欧州共に内需に力強さが見られません。景気は回復傾向にありますが、輸出主導なので回復ペースも緩やかです。中国は高い経済成長を維持していますが、今年に入って貿易収支が赤字に転落し、金融引き締めに転換したことから、これ以上輸入を拡大する余裕はありません。したがって、今回は80年代とは事情が異なり、米国以外の国が内需を拡大して輸入を大幅に増やし、それで米国の経常赤字を減らすという方法は現実的ではないのです。
 有効な対応策が見つけられないまま米国の経常赤字は今後も高水準で推移し、ドル安が続くのでしょうか?冒頭のグリーンスパン発言はそういったことを先読みし、突発的なドル暴落を防ぎ、緩やかなドル安誘導を意図しているのかもしれません。つまり、マーケットにドル暴落エネルギーが蓄積しないよう、徐々にガス抜きをしているのということです。しかし、見方を変えると、これは第二期ブッシュ政権スタートまでの政治的空白を埋めるつなぎの役割を果たしているだけとも考えられます。

■今後のドル相場シナリオ
 それでは中・長期的にドル相場の行方をどう考えていけばよいのでしょうか?国際資本移動に詳しいみずほ証券のエコノミスト吉川雅幸氏によると「ドルを買うべきかどうかの判断は(中略)国際経済・金融の枠組みにおいて『米国の世紀』が続くのか、それとも『多極化の時代』に移行していくのかの判断に等しい」(注)と述べています。そして、今後3〜5年のドル相場について具体的に4つのシナリオを提示しています。

(1)緩やかな均衡回復とドル本位制継続
米国の政策当局が税制、社会保障改革等によって過剰消費体質を徐々に調整し、経常赤字は緩やかに低下し始める。米国が節度ある政策をとることによって、ドルの信認は崩れず、双子の赤字のファイナンス問題は顕在化しない。

(2)赤字ファイナンス継続とゆるやかな多極化
大幅な双子の赤字が続き米国の政府債務や対外債務が積み上がっても、海外からの資本流入によってファイナンスされ続け、大きな混乱は起きない。しかし、双子の赤字はなかなか解消しないため中期的にはゆっくりとドル離れが進む。貿易や国際資本移動は米国、欧州、アジアというグループに時間をかけて分かれていき、ドル本位制のメカニズムも弱まっていく。

(3)保護主義傾向の高まり
貿易赤字拡大のニュースを受けて株価が下落するなど、双子の赤字が米国の金融市場動の揺につながる気配が出始める中で、米国では為替調整の限界が政治的にクローズアップされ、保護主義圧力が強まる。各種の「構造協議」といった形で貿易不均衡を政治的に緩和しようとする。貿易や資本移動のブロック圏が形成され、ドル本位制は事実上消滅する。

(4)ドル安加速
米国の双子の赤字に対して有効な手が打たれず、ドル危機が起こる。グローバルにデフレになり、通貨の動きは不安定になる。

 これらのシナリオにおけるドル相場のイメージは次のようになります。まず(1)は短期的には限定的なドル安、中長期的にはドル高となります。逆に(2)は短期的にはドルが若干強くなるものの、中長期的にはゆるやかなドル安が続きます。(3)は対米貿易依存度が高い日本やアジア諸国が経済的に大きなダメージを受けるため消去法的にドルが上昇します。そして(4)では海外投資家がドル資産を大量売却するため、ドルは大幅に下落し、対円での史上最高値(79円75銭)を超えることになります。
 今のところマーケットはシナリオ(4)を中心に展開しているようです。しかし、多分に投機的な動きであり、これが中長期的なトレンドになるとは思えません。今後の展開がどれに最も近くなるかは、第二期ブッシュ政権の政策次第です。ブッシュにとって二期目は再選のために景気対策を優先する必要はなく、いかにすれば偉大な大統領として歴史に名を残せるかということに関心を集中させるはずです。外交面にかつてないほどの課題を抱えながら、双子の赤字問題にどこまで本気で取り組むのか、年明け以降の展開を注目していきましょう。

(注)吉川雅幸著「ドルリスク・国際資本移動とアメリカ経済」、日本経済新聞社、2004年9月

酒井からのコメント・・・

 米大統領選後半から進んできたドル安ですが、年末の話題として、タイミングよく取り上げていただきました。
 40歳以上の日本人にとって米国という国は憧れの地でした(少なくとも私個人にとっては)。敗戦の焦土となった国にサングラスをかけてかっこよく乗り込んできて、圧倒的に不足していた物資を大量にしかも無償で提供してくれた国(本土はさらに豊かな物資に恵まれている)。テレビ番組でいえば、奥様は魔女、名犬ラッシー、コンバット、ジョン&パンチ、ビバリーヒルズ白書・・・。イギリス人のようなこだわりもなく、明るく解放的な国民性。最近でいえば大リーグに代表されますが、米国で努力すれば実力だけで勝負できるというアメリカンドリーム。そんな強烈なイメージが時間をかけて崩れていこうとしているのが今のドル安ではないかと私には思えてしまいます。アメリカのように、競争を重視すれば良い結果が生まれると日本経済自身が盲目的に突っ走ってきた結果、日本全体にとても重たい疲労感が残っています。もっとも今の日本の政治は、そのようなことにお構いなく米国追従をさらに強めようとしているようです(このままでは近い将来、日米ともに破綻してしまう可能性がありますが・・)。
 では、具体的に米国がどうなってしまうのか?という点ですが、世界的な傾向として米国離れが進んでいるような気がします。世界経済を考えた場合、消費国としての米国は無視できないのですが、暴走が眼に余る最近の米国にはついていけない、自国経済を維持するために当面は米国とのつながりを維持するが、他に方針が見つかれば、または機会があれば、タイミング良く米国との縁を切りたいというのが各国の本音なのではないかと思われるのです。それを最も強く感じるのが、EU、中国、ロシアです。極端な発想かもしれませんが、欧州ではユーロを、アジアでは円を基軸通貨とする分散型の為替政策もありうるのではないでしょうか?
 翻って米国の姿勢はどうかというと、第2次ブッシュ政権の顔ぶれを見ても、国際的な連係・協調は放棄しているようにも見えてしまいます(日本政府は「追従」であって、「連係・協調」とは到底いえないような気がします)。実際、米政府はドル安を問題視していないという話も漏れ伝わってきます。
 このような流れを見ていくと、Seijiさんがご指摘のように、ドル安基調が長期的に進行していくものと私も思います。その中で日本経済がどのように対応していくのかということは非常に重要な視点です。一時的なショックは免れないでしょうが、現状を維持することは至難の業でしょうから、その時に備えてしっかりした長期ビジョンを持って対米関係を考えていくことが必要だと思われます。
 家計も無縁ではありませんね。今や預金も保険も証券も、外貨建て商品を購入することがごく普通になってしまった時代です。為替の変動は物価にも大きく影響します。為替の変動とそれによる生活への影響はマスコミからはまず得られないと思うことが大事です。しっかりした情報源を確保し、自分の生活と世界経済をリンクさせた視点を持って、ライフプランを構築していくことも求められているといえますね。
 どうも来年も大変な年になりそうですね。お互いに飲み過ぎには気をつけて(?)、まず体を守ってまいりましょう。

[2004/12/13]


経済的独立を目指して
[2004/10/9]

 2004年10月から厚生年金保険料の段階的引き上げが始まり、年末には配偶者特別控除も廃止されます。さらに、来年以降は個人向け減税(定率減税)の縮小が予定されるなど、家計の負担はますます増加します。特に、サラリーマン家庭の重税感は募るばかりです。かといって、会社勤めを辞めて心機一転、独立開業する踏ん切りもつきません。では、このまま政府と心中することになってしまうのでしょうか?――「そうならないライフプランを考えよう」というのが今回のテーマです。

■崩れていく社会システム
 今、日本では社会システムの矛盾がますます深刻になっています。特に、サラリーマン家庭にとって社会保険制度はほとんど詐欺的といえるでしょう。
 例えば厚生年金を見た場合、今後の段階的な保険料率の引き上げを考慮すると、生涯の平均年収600万円の一般的サラリーマン家庭が40年間に払い込む保険料は総額で約4,200万円になります。ご存知の通り厚生年金は定額部分と報酬比例部分の2階建てになっているので、定額部分は国民年金と同じということで約800万円になり、残りの3,400万円が報酬比例部分の積立保険料となります。なお、ここでいう保険料は企業負担分を合わせた金額をいいます。というのは、会社負担分ももともとは人件費で、社会保険料の支払いがなければサラリーマンがもらえるはずのお金だからです。
 一方、厚生労働省のモデルケースでは平均的なサラリーマン夫婦が65歳から受給できる年金は月額24万円程度になります。このうち約13万円は定額部分(老齢基礎年金)ですから残りの11万円(年間約130万円)が報酬比例部分となります。
 ところで、年間130万円の年金を80歳まで受給しても、総受給額は1,900万円にしかなりません。支払った保険料は3,400万円でしたので、これでは元金を割り込むばかりか1,500万円も持ち出すことになってしまいます。この持ち出し分は国民年金の保険料未納者の穴埋めに使われることになります。 こうした制度矛盾は消費税を福祉目的税化して税率を引き上げれば簡単に解決できるのですが、残念ながら今の政府は省益が優先し、そんな議論にはなっていません。きっと、どうしようもなくなるまで政府の姿勢は変わらないでしょう。
 長期的に見ると、このようなシステムはやがて立ち行かなくなり、いつか新しい制度に取って変わられることは明らかです。しかし、しばらくは制度矛盾が拡大し、公的債務問題も絡んで、増大する負担に私たち生活者が翻弄される事態が続きそうです。

■時代遅れのライフプラン
 こういった厳しい状況が予想されるなか、サラリーマン家庭にとって、従来のライフプランの考え方はもう時代遅れになっています。30代で持ち家を購入し、子供2人を大学にいかせると退職金は底をつき、老後は安泰ではなくなるのです。
 というのは、これからは退職金や年金が減額される一方で、社会保険料の負担は増大し、さらに子供1人を大学までいかせるとマンション1戸分が買えるくらい教育費がかかります。そのため、住宅ローンの頭金としてキャッシュを吐き出してしまうと、子供が成長するに従ってキャッシュフローのマイナスが拡大し、やっと退職金でローンを完済したときには資産は自宅だけで、65歳まで年金も出ないという悲惨な状況に陥りかねません。正直なところ、この予備軍になりそうな人が私の周りで増えています。
 さらに、今後人口が減少し、住宅地の評価にも欧米並みの収益還元法が導入されるようになると不動産価格の上昇は望み薄です。かつての土地神話のイメージが残っているため、日本人の不動産に対する執着は依然強いものがあります。しかし、冷静に考えると、土地神話が成立したのは、戦後の高度成長と高インフレのおかげです。そうした前提が崩れた今、不動産を持つことは資産運用として有利とは言えません。
 サラリーマンが若いうちに住宅ローンを借りて家を建てると、金融資産がほとんどなくなり、不動産に運用リスクが集中するため、投資の分散効果がまったく働かなくなります。そのため最悪の場合、住宅ローンを払い終わると老朽化した広い家だけが残り、現金資産ゼロという事態があり得るのです。不動産も資産運用の一つと考えれば、若いうちに無理をして家を建てる必要がどこにあるのでしょうか?

■経済的独立のための最新ライフプラン
 子供の成長を考えると広い家が必要なのはほんの10年に過ぎません。そこで発想を転換して、賃貸に住みながら金融資産で運用し、退職後に小さなマンションでも買えば、キャッシュフローはかなり改善できます。さらに、老後の支出を無理なく減らそうと思えば、物価が安い海外で生活するという方法も一考の価値があります。 個人的な話で恐縮ですが、私は退職後ヨーロッパ、具体的にはイタリアでの生活を考えています。イタリアは比較的物価が安く、南部に行けば手取り収入が200万円以下でもゆったりと生活できます。地中海の太陽をいっぱいに浴びた食材と美味しいワイン、気さくで親切な国民性、そして古代ローマとルネッサンスの伝統で洗練された芸術文化と、生活に退屈することはまったくありません。
 そのための資金作りについては、現在はユーロが流通しているので、資金もユーロを中心に運用することになります。将来の海外生活や税金の問題を考えると、まずはヨーロッパのオフショアバンクに口座を開設するのがよいでしょう。オフショアバンクは、タックスヘイブンに設立された銀行のことで、その多くがヨーロッパの大手銀行の子会社です。タックスヘイブンというと、日本では資産家向けで敷居が高いと思われがちですが、決してそんなことはなくて、数十万円から気軽に利用できます。ただし、若干の英語力は必要となります。なお、オフショアバンクに興味がある方は「AIC」のサイト(http://www.alt-invest.com/)を参考にしてください。
 ところで、運用利回りを高める最も確実な方法は税金を払わないことですが、オフショアバンクの口座を基点にして預金や割引債で運用すると、合法的に課税を回避できます。さらに、オフショアバンクは支店を持たない分、預金金利を高めに設定しているので、国内の銀行で外貨預金をするよりも有利になります。
 このように退職後のライフプランがはっきりしていれば、周到な準備が可能になります。そうなれば何もリスクをとって株式運用の比率を高める必要はないのです。

■21世紀を豊かに生きるキーワード
 お金がたくさんあれば人生が幸せというわけではありませんが、経済的に行き詰まってしまっては人生を幸せに暮らすことはできません。日本では生活者受難の時代がしばらく続きそうですが、活路はあります。経済がグローバル化する中では、ライフプランもグローバルな視点から見つめ直せばよいわけで、そのキーワードが内外価格差なのです。
 日本国籍を持っていれば海外にいても年金を受給できるので、物価の高い日本を飛び出して、しばらくの間、タイでもインドネシアでも、あるいはイタリアでも好きなところで生活をエンジョイすればいいでしょう。もし日本にいる家族とコミュニケーションしたければ、ノートPCと携帯電話さえあれば事は足ります。しかし、どうしても海外に行きたくないという方であれば、国内で田舎に移り住むという方法もあります。
 このように住む場所を固定して考えなければ、ライフプランにいろんなバリエーションが生まれます。ただし、そのためには健康でなければなりませんので、お酒はちょっと控えめにしようと私はひそかに心に決めたところです。

酒井からのコメント・・・

 先月のテーマをさらに発展されたような原稿になりましたね。突拍子もないような話のようですが、私には非常に現実的な話に思います。特に前半部分は大いに共感する部分があります。
 ご指摘のように、冷静に考えれば、年収600万円程度では今までのような生活を維持することは不可能です(松山では十分高給です)。改めて計算式を置いてみましたが、従来のFPが行ってきたようなライフプランニングは成り立たなくなっているというのが現実なのかもしれません。しかし、誰もそのことを指摘していないことが問題です。仮に将来のことはわからないとしても、現在の主に公共負担上昇という要因で、10年近く前に一般的だったライフプランに影を投げかけているという問題提起は行うべきです。
 で、イタリアですか?これはSeijiさんの個人的な発想で、ハワイやニュージーランドもありなんでしょうね(物価が違うか?)。私は、日本人は日本での環境が一番快適になるはずだと思っていますので、最後はどこか?といえば日本だと思います。それも、都会ではなくて田舎です。何となくですが、疲れた人たちは田舎に帰っているような気がするのですが・・・。温暖化による台風被害が少し心配ですが、自然と共にあるような生活が幸せにつながるような気がします。
 振り返って現実を見ると、日本政府は私たち国民生活の将来を真摯に考えているとは思えません(当事者が何と言おうが、結果的にそうです)。年金、税金、各種公共サービス等々。そういう意味では、日本を見捨てることも選択肢の一つですね。Seijiさんがイタリアを目指すというのは、そういうことではないですか?単に、今流行のロングステイをやろうとされてるだけではないでしょう(笑)。そうやって海外で暮らして、広い見識を持って「やはり日本に帰って日本を変えよう!」という発想もありえますね。
 オフショアを活用する部分は、とてもSeijiさんらしい展開だと思います。ただ、すべての人ができる話ではないので、無理せず、お金がなくても生きていけるだけの知恵をみんなが身につけるときかもしれません。農業はその時の大事な選択肢です。
 そういう意味でのFPって価値があると思うのですが、その仕事はきっと相当高度な技術や発想法その他が要求されるでしょうし、何よりも「人」として洗練されていることが必要です。お金にはならないかもしれませんが、もしそんなFPビジネスが成立したとき、それはもう今まで考えられてきた「FP」ではないのかもしれません。

[2004/10/9]


「貯蓄から投資へ」とは言うけれど
[2004/9/1]

 2004年12月から証券取引法が改正され、銀行の店頭で株式が購入できるようになります。このように政府は個人マネーを証券市場に呼び込もうと躍起になっていますが、単に購入窓口を増やせば参加者が増えるというものではないでしょう。例えば、銀行で投信窓販が開始されて6年になりますが、投信残高に目立った伸びは見られません。反対に、金融資産を選択する上で家計のリスク回避指向はむしろ高まっています。FPとしてリスク資産への投資を勧めることに一定の意義はあるでしょうが、「貯蓄から投資へ」と声高に叫ぶ政府の意図を十分認識したうえで、「リスク商品のセールスありき」ではなく、まずは新たに投資家となる人々との認識ギャップを埋める努力をしていくことが求められています。

■元本確保商品のウエイトが高まる家計の金融資産

図表1 クリックすると拡大表示します。

 90年代以降、家計の金融資産(いわゆる「個人金融資産」)の選択行動では、リスクを極力回避しようという傾向が強まっています。図表1(右図 クリックすると拡大)に示した日銀の資金循環勘定の動きを見ると、個人金融資産の中で預貯金や年金・保険準備金といった元本確保商品の構成比が大きく上昇しています。その一方で、リスク資産である株式・出資金の比率は大幅に低下しています。また、債券は株式よりリスクが低いものの、同様に比率が低下しています。これは、90年代初頭の高金利で国債の購入が一時的に増え、その後、金利が低下して債券を保有するインセンティブが薄れていったという特殊事情があると推察されます。
 なお、個人金融資産残高の動きを見ると、90年代は増加傾向(90年度1,035兆円→99年度1,425兆円)を辿りましたが、99年度にピークを打ち、その後は1,400兆円を挟んで一進一退の動きとなっています。ここにきて伸びが頭打ちとなっているのは、超低金利政策で預貯金など元本確保商品の利息分が増えないことや、高齢者層による貯蓄取り崩しが増えていることが影響しているようです。

■なぜ家計のリスク資産投資は増えないのか?
 家計が金融資産を選択する上でリスク回避指向を強めている大きな理由は2つ考えられます。まず、個人金融資産を多く持っているのは高齢者層であり、高齢化に伴って元本確保商品への指向が高まっているということです。個人金融資産に占める株式・出資金(そのほとんどは株式ですが)の比率をみると、米国は日本の約4倍となっています。これは日本が人口減少期に突入しようとしているのに対し、米国は移民等によって人口増加が今後も続くという人口動態の違いが大きく影響しています。
図表2 クリックすると拡大表示します。  もう1つ重要な点は、日本では家計の資産全体(実物資産と金融資産の合計)に占める実物資産(不動産)のウエイトが高いということです。図表2(右図 クリックすると拡大)に示した日米家計部門の資産構成比較によると、実物資産の比率は日本の方が一貫して高くなっています。このことは、日本の家計部門が実物資産への投資によって高いリスクを保有するため、金融資産への投資リスクを抑制することで資産全体のリスクをコントロールしているといえます。
 さらに、日本の実物資産残高は地価下落によって90年代以降、減少が続いています。投資理論上、不動産の含み損が拡大する中では、金融資産への投資リスクを拡大できる状況にはないといえます。例えば、株式に投資した場合、保有株式の値上がりによって含み益が増えて初めて追加投資が行えるようになります。反対に、もし最初に投資した株式が値下がりして含み損が生じたとき、追加資金に余裕がなければ更なるリスクは取れないはずです。なぜなら、そこで追加投資して、再び失敗すると破産するリスクが極めて高くなるからです。このように、日本で個人が株式などリスク資産への投資を拡大するためには、現在保有している不動産の価格が下げ止まることが不可欠になります。

■政府が直接金融に個人マネーを誘導する狙いは何か?
 ところで、政府は2002年8月に「証券市場の改革促進プログラム」を発表し、竹中大臣の「貯蓄から投資へ」というスローガンのもと、税制を含めたあの手この手の制度改正を行い、個人金融資産を株式市場へ誘導しようとしてきました。では、このような政策を進める政府の意図はどこにあるのでしょうか?国民が株式投資によって資産を増やして豊かになることを望んでいるのでしょうか?そうなれば税金も増えますし…。
 しかし、政府の本当の思惑は違います。それは、バブル崩壊後の不良債権処理に関係しています。日本の不良債権処理がここまで長引いた原因は、間接金融偏重の金融システムにあります。つまり、日本では企業の資金調達手段が銀行借入一辺倒だったため、バブル崩壊の後始末がそっくり銀行の不良債権問題に置き換わってしまいました。その結果、資金仲介機能が麻痺して金融システム不安とデフレに陥り、経済の低迷が長期化してしまったのです。一方、直接金融が発達した米国では、バブル崩壊のツケは銀行だけでなく、株式・社債保有者といった証券市場参加者の間で広く浅く負担されたため、深刻な金融システム不安に陥ることなく、経済の低迷も一時的なもので済んできたのです。
 さらに、米国の場合は海外投資家による有価証券保有比率が高いため、自国のバブルのツケを海外投資家に転嫁することによって、国内でのショックを和らげることができるのです。竹中大臣を筆頭に、今の政府はこのような米国流金融システムを目指しているのでしょう。したがって、個人マネーを株式市場に呼び込もうという政府の真の意図は、将来あらたな金融問題が発生した場合に、株式保有者である国民に株主責任を求めて、否応なしに金融・経済政策の失敗のツケを押し付けることにあるのではないでしょうか。

■これからのFPに求められる役割
 FPとして、そういった政府の思惑にまんまと乗せられてよいものでしょうか?今の株式市場を見ると、ライブドアのような単なる錬金術としかいえない企業がマスコミでもてはやされ、そこに目先のキャピタルゲイン狙いで、個人投資家と称する人たちが群がっています。そんな市場に、今まで全く投資経験のなかった人がにわか仕込みで手を出しても、ひどい目に遭うだけかもしれません。
 しかし、そもそも、株式投資というは単なる資金運用にとどまらず、株式による資金供給を通じて、世の中に役立つ企業をバックアップするという経済的役割を担っています。それが、ひいては日本の未来を明るくすることにつながるのです。新たに投資家となろうとする人々に、こうした株式投資の本来の役割を説明し、そして十分な理解を得ることが、FPにとってまず必要なことではないでしょうか。これは、回り道のようで、結局、顧客との長期的な信頼関係を築く近道になると思うのですが…。

酒井からのコメント・・・

 日本のFPの歴史を振り返ってみると、その中心的なテーマが、税金→保険→投資(金融経済)と変化してきたような感じがします。 日本FP協会のHPには加藤理事長挨拶のところで、「ファイナンシャル・プランナーの基本的使命は、主に個人のライフプランに基づく最適な資産の形成と管理、そして効率的な運用プランをアドバイスすることにあります。」として、「今後ますます高度化するファイナンシャル・プランニング・ニーズに対応できるレベルの高いファイナンシャル・プランナーの育成に力を注ぎ、国民生活の向上に寄与していきたいと考えております。」と書かれていますが、米国での発想が日本の環境にどこまでなじむか?という点では非常に難しい問題があると今になって思うようになりました。確かに、悩める現代を乗り切るキーワードのひとつは「自立」でしょうが、一人一人が強くなるだけで世の中が良くなるとは思えません。問題はもっと複雑で根が深いような気がします。
 話がややそれた感じで申し訳ありません。今回ご指摘のように、「貯蓄から投資へ」という日本政府のスローガンに単純に乗ってしまうことが、顧客を最優先に考えるべきFPの進むべき道ではないという点はまったく同感です。「投資」を否定するわけでは決してありません。生きていくためにお金はもっとも必要なものの一つです。しかしお金がすべてでないことも事実ですし、自分や家族の人生を幸せにするお金とは何か?ということもしっかり考えるべきだと思います。
 レポートの最後はなかなか手厳しい意見ですが、FPにとって「お客様の幸福」が最終の目的であるなら、本当に高い人間性の下で厳しくプロフェッショナルの仕事を目指すべきですね。

[2004/9/1]


ペイオフ全面解禁のポイント
[2004/8/6]

 2005年4月からペイオフが全面解禁されます。思い起こせば、当初は2003年度から全面解禁の予定だったのが2年間延期され、その間にりそなグループの国有化、足利銀行の破綻、そしてUFJの三菱東京グループへの統合と大きな出来事があり、結果的に延期の判断は正しかったのかもしれません。しかし、今では景気も上向きとなり、銀行の不良債権問題も峠を越えましたので、来年度からの全面解禁は間違いないところです。そこで、今回はペイオフ全面解禁で何がどう変わるか?――そのポイントを説明しましょう。

■預金等の保護の範囲はどう変わるか?
 最初に、金融機関が破綻したときに預金保険で保護される範囲がどう変わるか、簡単に振り返っておきましょう。周知のとおり、2005年3月までは預金保険の対象となる預金等のうち、当座預金、普通預金、別段預金については全額が保護され、それ以外の定期預金等については1金融機関ごとに預金者1人当たり元本1,000万円までとその利息等の合計額が保護されます。
 これが、2005年4月以降は、預金保険の対象となっている預金等のうち、決済用預金(無利息、要求払い、決済サービスを提供できること、という3条件を満たす預金)に該当するものは全額保護となり、それ以外の預金等については1金融機関ごとに預金者1人当たり元本1,000万円までとその利息等の合計額が保護されます。 そして、預金保険の対象となる預金等のうち決済用預金以外の預金等で元本1,000万円を超える部分および保険対象外の預金等ならびにこれらの利息等については、破綻金融機関の財産の状況に応じて支払われることになるため、一部カットされる可能性が出てくるのです。
 なお、2003年4月以降、資金決済のために金融機関が一時的に預かっている資金で預金として処理されてない特定決済債務については、原則として全額保護されることとなっています。

■特定決済債務って何?
 特定決済債務については預金保険法69条の2に規定されていますが、官僚特有の複雑な書き方で非常に判りづらい条文ですので、ここで解説を加えておきます。そもそも特定決済債務を永久的に全額保護しようということになった背景には、電気料金の代金収納を金融機関に委託している電力会社からの圧力があります。通常、電気料金は私たちの預金口座から自動引き落としされます。金融機関はその資金を一旦プールしておいて、毎月一定日に電力会社に支払います。このプールされた資金は金融機関にとって支払義務がある債務です。そこで法律上、特定決済債務と呼ぶことにしたわけです。
 その資金を受け取る前に金融機関が破綻して回収できなくなることを心配した電力会社の間で、それなら共同で銀行を立ち上げて、そこで独占的に代金回収業務をやろうという構想が一時持ち上がりました。そのような動きを受けて、2003年4月から特定決済債務については永久的に全額保護するように預金保険法が改正されたわけです。なお、特定決済債務には電気、ガス、水道といった公共料金のほかにクレジット会社の利用代金等も含まれます。

■ペイオフ全面解禁で注目される決済用預金
 従来からの預金商品のうち、前述した決済用預金の3つの要件を満たしているのは当座預金のみですが、来年春のペイオフ全面解禁を控えて、今秋以降、決済用預金の導入を発表する金融機関が増えてきそうです。最低限これら3要件を備えていれば、あとは金融機関が独自性を発揮して商品を開発することになります。どういった商品が決済用預金に該当するのか、そのイメージをつかんでいただくため、金融庁が公表したガイドラインに沿っていつくか例を示しておきましょう。

―無利息ということについて―
(質問) オプション付き預金のように「最初は付利しているが、半年後からは無利息になる」預金の場合、無利息になった時点から決済用預金とみなすことは可能か?
(回答) 結果的に無利息であったとしても、付利の可能性がある商品性を持つ預金については決済用預金には該当しない。

(質問) 全預金者に対して預金額と預入期間に応じて景品として金品が提供される場合、これらの景品付き預金は決済用預金の「利息が付されないもの」に当たるか?
(回答) 景品と称する金品であっても預金者に経済的利益を強く期待させるものは、社会通念上、利息と同一視できることから、決済用預金には該当しない。

(質問) 決済用預金を定期預金とセットにして、定期預金の利率を優遇しても、決済用預金は無利息であると考えてよいか?
(回答) 定期預金の利率については特に制限はない。

―決済サービス機能について―
(質問) 口座引き落とし等のサービスを実際に利用していることは、決済用預金の条件ではないと理解してよいか?
(回答) 商品として、決済サービスを提供できることが決済用預金の条件であり、実際の利用状況は問わない。

 なお、個々の預金商品が決済用預金に当たるか否かについては、最終的には、預金保険法37条に基づいて各金融機関が預金保険機構に届出を行って、機構がその内容を確認することになります。

■ペイオフ全面解禁と金融市場
 特定決済債務の全額保護と決済用預金の導入によって、ペイオフ全面解禁のインパクトは2年前に比べてかなり小さくなっています。定期性預金についてはすでにペイオフ対象となっていることから、全面解禁による資金シフトは流動性預金内での動き(他の流動性預金から決済用預金へのシフト)に留まりそうです。したがって、預金の平均預入期間は変わらないため金融機関の投資行動への影響は限定的で、これだけで金融市場が混乱する心配はないでしょう。それよりもFPの皆さんにとっては、金融機関が決済用預金導入とセットでどんな新しいサービスを提供してくるかチェックしておきましょう。

酒井からのコメント・・・

 制度のことについて考える前に、あの大騒ぎからもう2年なんですね。時の流れに身を任せているつもりはありませんが、どうも結果的にそうなっているようで、1日1日を確実に、しっかりと生きていかねばならないと改めて思います。
 そんな話はさておき、どこよりも早く(たぶん)ペイオフを取り上げていただきありがとうございます。UFJの再編問題、金融機能強化法の成立と来年4月に予定されるペイオフ解禁に向けて着々と準備が進んでいるという状況でしょうか?ただ、「粛々と」進められている準備に、私は余裕のようなものを感じることができません。金融は、アテネオリンピックと違い、器ができれば良いというものではないですし、本当の意味での国内の金融の安定化が望まれるところです。
 で、そのペイオフですが、前回の経験もあり、あそこまで世の中もヒステリックになることはないかもしれませんが、「大事な預金をいかに守るか?」という視点が変わるわけではないですね。その中でも、新しく作られる決済用預金(「決済性預金」かと思っていましたが、「決済用預金」なんですね?)にまず注目すること。次に、金融商品における預金の位置づけを見直す時と考えるべきでしょう。税の世界でも、金融所得の一元化という名の下、「貯蓄から投資へ」を実現しようとしています。個人的には、ペイオフや税金対策という目的だけで、大事な金融資産を投資に回すことには反対ですが、これを機会に運用というものをしっかり勉強しなければならないタイミングにきていることは間違いなさそうです。
 まだまだ暑い夏が続きます。政治も経済も金融も暑い夏が続きそうです。10年ほど前大変暑い夏の後、秋には大手金融機関の破綻が相次ぎました。仮にそのような事態になったとして、落ち着いて対処できるようにしっかりと準備しておきたいものです。どうぞ元気にお過ごし下さい。

[2004/8/6]


ちょっと気になる最近の金利上昇について
[2004/6/29]

 債券市場で長期金利の上昇スピードが予想以上に速く、6月17日には1.94%と2000年9月7日以来、約3年9カ月ぶりの高水準をつけました。長期金利は住宅ローン金利などに影響するため、その動向を心配されている方が多いと思います。「果たして今後も金利上昇は続くのか?」――今回はマクロ的な視点から今後の長期金利を占うポイントを整理してみました。結論から申し上げますと上昇余地は限定的であって、今後1、2年の間に長期金利が2%台まで上がり、さらにその水準が定着する可能性は非常に低いと考えます。

■長期金利急上昇の背景
 5月まで1.5%近辺で落ち着いていた長期金利は6月に入って上昇に転じました。急ピッチな上昇の背景には国内景気回復に伴ってデフレ脱却期待が高まってきたことがあります。実質GDP(年率)は2003年10−12月期7.3%、2004年1−3月期6.1%とバブル期以来の高い成長率を記録し、7月1日発表の日銀短観では景況感の大幅改善が予想されています。さらに米・英をはじめ海外先進国で金融引き締めに転換する動きが広がっています。
 こういった動きが継続すればデフレからインフレへ転換する時期が早まるという期待感が市場関係者の間で高まるのも無理のないことかもしれません。しかし、マクロ的な視点から現在の経済環境を冷静に眺めてみると、2%を超えて長期金利が上昇する条件が整ってきたとはまだいえません。

■金利上昇を抑制する国内のお金の流れ
 金利がさらに上昇する可能性は低いとする最大の理由は国内のお金の流れにあります。金利は基本的に資金の需要と供給のバランスによって決まります。つまり、金利が本格的に上昇するのは企業の資金需要が拡大し、銀行が貸出に回す原資を作るため債券を売却するとのいうのが典型的なケースです。しかし、こうした動きはしばらく本格化しそうにありません。
 企業の設備投資は2002年後半から拡大に転じていますが、その一方で、企業は借入金を増やすのではなく逆に圧縮しています。ということは、企業はリストラによって拡大した収益(キャッシュ)の中から設備投資資金と借入金返済資金を賄っているのです。また、景気拡大の牽引役は大企業製造業ですが、彼らが収益を拡大しているのは主に海外市場(つまり輸出)です。そして残念ながら彼らにとって国内市場には有望な投資機会が少なく、借り入れを増やしてまで投資することには慎重なのです。
 こうした傾向は貿易収支、経常収支の黒字拡大からも読み取れます。2003年度の経常黒字は17兆円に達し、17年ぶりに史上最高額を更新しました。好調な海外景気を背景に輸出が拡大する一方、国内需要は低調で輸入はあまり増えず、結果として貿易・経常黒字が拡大しているのです。そして、輸出で稼いだキャッシュの一部を投資と借入金返済に回す。それでも余ったキャッシュは増配で株主に還元するという流れになっています。輸出は不安定な海外景気に左右されることから、本格的な投資の拡大には慎重にならざるを得ないという面もあるでしょう。

■マスコミが騒ぐほど早くないデフレ脱却時期
 次に、このところの金利上昇の材料とされている早期デフレ脱却期待の実現可能性について考えてみましょう。前回(5月7日)の本レポートで消費者物価上昇率がプラスに転じるにはまだかなり時間がかかるということを説明しました。その後、ガソリン価格が大きく上昇したこともあり、国内景気の拡大傾向と合わせて早期デフレ脱却期待が台頭しました。それと同時に、消費者物価がプラスに転じて日銀が量的緩和(ゼロ金利)政策を解除するタイミングが早まるという観測も高まりました。しかし、以下の理由によって、今のところ基本的考え方を変更する必要はないと考えています。
 まず、今後の消費者物価上昇率については、再びマイナス幅が拡大する(つまり下落が続く)と予想されます。原油価格上昇の影響が心配されており、夏場にかけてガソリンなど石油製品価格にその影響が出てきます。しかし、従来なら原油価格上昇の影響を受けていた電気・ガスなどの公共料金は、規制緩和による価格競争の激化によって秋以降、逆に値下げされる予定になっています。したがって、原油価格上昇の影響は従来と比べてかなり小さくなりそうです。さらに昨年値上げされたタバコの影響がなくなり、また同じく昨年の冷夏の影響で高騰した米類の価格は今後下落すると予想されています。これらを総合すると、消費者物価の下落幅は今年後半に再び拡大すると考えるのが妥当でしょう。
 将来的に消費者物価が上昇に転じるためには、企業が製品価格の値上げに踏み切れるだけの消費の力強い拡大と、それを可能にする雇用と賃金の回復が必要です。薄型テレビ、DVDレコーダー、デジカメといった家電製品が爆発的に売れていますが、これらは価格競争力が激しく、販売価格の下落に伴う売り上げと利益の減少を食い止めるため、メーカーは短期間のうちに次々と新製品を投入しなければならないというのが現状です。売れ行き好調な商品でもこういった状況ですから、それ以外の商品については推して知るべしでしょう。一方で、大企業と中小企業の賃金格差が拡大し、雇用者所得は全体として減少が続いています。こうしたことから今後1、2年の間に消費者物価が上昇に転じる可能性は低いと言えます。

■国債管理政策が失敗するリスク
 このような経済環境を考えると、長期金利が2%を超えて上昇していく可能性が当面は低いことをご理解いただけると思います。しかし、そうはいっても相場のことですので、ちょっとした市場参加者の心理的変化によって、本来あるべき金利水準から大きく離れてしまう事態が起こりえることは十分想定しておく必要があります。
 最近、量的緩和政策を解除する条件修正の議論が日銀内部でようやく始まっており、今後の動向に注意が必要です。また、参議院選挙後に具体化する郵貯民営化の行方も気になります。これらの動向次第では政府・日銀による国債管理政策に対する不信感が高まり、債券の投げ売りが出て長期金利が一時的に急騰するリスクシナリオも頭の片隅に置いておくべきでしょう。
 FPとしては基本的な金利観を持ち、それをメインシナリオとしてお客様へのアドバイスをしながら、万が一メインシナリオが外れてリスクシナリオが実現したときにどんなアクションが取れるかということについて備えを怠らないようにしましょう。そうすることで顧客の安心感、信頼感がきっと高まることになるはずです。

債券市場に関する情報は以下のような証券会社のサイトで入手できます。

○ 大和証券SMBC「リサーチレポート」
http://www.j-plaza.or.jp/dir/Reception/research-s.html

○ UFJつばさ証券「マーケット千里眼」
http://www.ufj-tsubasa.co.jp/wholesale/ws_report/wsr_monthly/wsrm_senrigan/index.html

(その他の証券会社では、機関投資家向けに専用サイトを開設し、個人はアクセスできないようにしているケースが一般的です。)
 なお、上記2社のように個人が閲覧できるサイトでも内容は基本的に機関投資家向けとなっております。したがって、日本経済新聞を読みこなせる程度の予備知識が必要となります。

酒井からのコメント・・・

 今注目されている金利問題を取り上げていただき、さらに資料の収集方法まで掲載いただきありがとうございます。金利情報って一般的には入手が難しいところがありますね。が、株よりも金利が直接的に影響する場面は多いはずですからしっかり情報をキャッチして行動したいものです。
 で、内容についてです。0%の底は這っていた金利が少しずつ頭を持ち上げつつあります。米国・中国などでも金融引き締めの傾向が見られ、国内でもいろいろな物価指数が上昇の気配を示して、日銀、財務省の幹部からもいろいろなコメントが新聞等に掲載されています。「国債暴落・・」のような書籍が売れてやや刺激的に取り上げられる機会が多いようですが、実体経済をもう少し冷静に見てみようということですね。上がり始めたことは事実とはいえ、ご指摘のように慌てふためく必要はないでしょう。足元をしっかり見て、対応するということですね。例えば、住宅ローンの返済計画などは、自分の収入を見ながら冷静に計画するなんていうのは当然のことで、当初から無理な計画を立てない。金利が上がったらどのように対応するか出来るだけ早く考えておく・・・ということは最低限必要でしょう。
 ただ、これもご指摘のように実際に上がってしまった金利は国債はじめ多方面に大きな影響を与えます。国債価格の下落は免れないだけでなく、財政を大きく圧迫します。また、住宅ローン・事業ローンの金利上昇が経済面に与える影響も相当深刻なものになる可能性があります。年金で国民がかなり過敏になり、財政運営に対する不信感を深めている今だけに、政治家・官僚が真摯に対応すべき問題でしょう。実績からすると少し不安ですが・・・(笑)。

[2004/6/29]


インフレリスクは高まっているのか?
[2004/5/7]

 「デフレの脅威はもはや問題ではない。」――2004年4月20日、FRBのグリーンスパン議長は金融政策の軸足をインフレ対策に移すと宣言しました。また、中国の中央銀行である中国人民銀行は不動産などへの過剰投資を抑制するため、5月から利上げに踏み切ると報じられています。原油、鉄鋼、非鉄金属などが急騰しており、今後インフレ懸念が高まって日本を含めて世界的金利上昇局面に突入するのでしょうか?
 しかし、よく観察してみると、金融引き締めにスタンスを転換した国々と日本では若干事情が違うようです。また、工業原材料を中心とした商品相場の上昇が、私たちが購入する製品価格の値上げにすぐにつながるわけでもなさそうです。今回はインフレの問題を通して金融マーケットの見方を整理してみましょう。

■インフレとは何か?その動きをどうチェックするか?
 そもそもインフレとは、物価が全般的かつ持続的に上昇していく現象のことです。ここで物価とは一般物価、つまりモノやサービスの価格をいいます。一方、不動産や株式など資産の価格が上昇した場合は資産インフレと呼び、通常のインフレと区別します。モノやサービスの価格は、消費者物価指数、国内企業物価指数といった指標で評価されます。
 消費者物価指数は私たちの生活費の指標となります。ある基準となる年に家計で購入した種々の商品を入れた大きな買物かごを考え、この買物かごと同じものを買いそろえるのに必要なお金がいくらになるかを指数の形で表します。現在は2000年を基準(100)として計算されます。ところで私たちの生活実感は、毎日買うものなどの値動きに引きずられがちですので、総合的な指数の動きとは食い違うケースがしばしばあります。
 国内企業物価指数は企業が原材料や商品を仕入れる価格、つまり企業間で取引される商品価格の動きを表します。指数の対象となっている商品は910品目あり、それらの価格に、各々の重要度(ウェイト)を掛け合わせたものを集計して作成します。
 なお、現実の物価はこれらの指数よりも0.5%〜2.0%ほど低いといわれています。というのは統計方式の問題から(効率的で安い)新製品やサービスが指数に反映されるまでには時間がかかるからです。このように、現行の物価指数はインフレの動きを把握するには不完全なものであることに注意が必要です。

■インフレ発生のプロセス
 それでは、インフレはどのようなプロセスで発生するのでしょうか? 2004年3月の国内企業物価は3年8か月ぶりに前年同月比プラスに転じました。鉄鋼や非鉄金属などの素材価格が上昇したためです。しかし、こうした動きが消費者物価に波及するかというとそう簡単ではありません。消費者物価と企業物価の関係を単純化して数式にすると次のようになります。

消費者物価 ≒ 企業物価+人件費+企業利益
消費者物価 ≒ 製品の販売価格
企業物価 ≒ 原材料の仕入れ価格
企業のコスト ≒ 原材料の仕入れ価格+人件費

 いまのところ、原材料価格(企業物価)が上昇しても製品の販売価格(消費者物価)の値上がりにはつながりにくくなっています。たとえば、自動車向け鋼板やデジタル家電部品である非鉄金属は需要が旺盛で、前年同月比2ケタの値上がりとなっています。ところが、私たちが購入する最終製品である自動車、パソコン、薄型テレビなどは価格競争が激しく、反対に値下がりしています。そのため企業はこれまでIT投資や中国などへの工場移転で人件費を引き下げてきました。
 ところで、企業のコストの3分の2は人件費です。また原材料価格は変動しており、持続的に上昇するわけではありません。したがって今後インフレが発生するかどうかは人件費、正確に言うと単位当たり労働コストが上昇するかどうかにかかっています。単位当たり労働コストとは、ある1つの製品を製造するのにかかる1時間当たりの賃金のことです。今後、景気が拡大して消費が伸びてくれば製品価格を値上げしやすくなり、企業は増産のため雇用と時間外労働を増やし、その結果、単位当たり労働コストが上昇してインフレになる――というプロセスが予想されます。
 このように、インフレが起こるためには個人消費の拡大が必要であり、日本でそうなるにはかなりの時間がかかりそうです。日銀が4月28日に発表した「経済・物価情勢の展望」も今年度の消費者物価指数(除く生鮮食品)を前年比マイナス0.2%と、依然として水面下の動き予想しています。また、米国でも、グリーンスパン議長自身「デフレ終息宣言」をした翌日の議会証言でインフレ圧力がすぐに高まる環境にはないことを認めています。

■諸外国が利上げに向かう事情
 では、差し迫ったインフレ圧力がないのに、なぜ米国ではこの夏にも利上げが行われようとしているのか?ひとつには原油高の悪影響をドル高で緩和しようという狙いがあります。米国はこれまで景気対策としてドル安を放置してきました。しかし、今やドル安は原油高(ガソリン価格の高騰)を増幅し、消費への悪影響が心配される事態となっています。そこで、米当局はドル金利の先高感を演出してドル安を修正しようと目論んでいるのです。
 しかし、本質的な理由は先進諸国に共通する住宅価格バブルの問題です。世界的低金利によってより多くの家計が借入によって住宅を購入できるようになり、(日本とドイツを除く)先進諸国で住宅価格の急騰をもたらしました。その結果、住宅価格の所得に対する倍率は米国、オーストラリア、英国、アイルランド、オランダそしてスペインで過去最大水準に達しています。
 このまま金融緩和を続ければバブルの拡大と崩壊を招き、再び世界的なデフレが到来しかねません。そうした事態を未然に防止するため英国やオーストラリアでは昨年から段階的な利上げを行っています。米国では大統領選挙を控えて、低金利政策を長引かせることで住宅投資を刺激してきましたが、その副作用が大きくなることから、ついに方針転換することになったのです。
 一方、日本では大都市圏の一部を除いて不動産価格の下落が続き、世界的な住宅価格バブルの蚊帳の外に置かれています。そういう観点から考えると、米国が利上げに向かったとしても日本が追随することにはならないでしょう。

■日本の構造改革成功に不可欠な超低金利
 また、日本の構造改革は道半ばです。大企業の債務処理が進展したことから株価は回復傾向にありますが、株価が映し出すのは日本経済の中のほんの一握りの勝ち組企業です。多くの企業は借金返済を続け、金融機関は依然として運用難です。さらに、国債の増発が続いており、その残高がどこでピークを打つのか目処はまったく立っていません。このような状況で日銀が利上げに踏み切れば、長期金利が上昇して企業収益を圧迫します。さらに、国の国債費も膨らんで景気に悪影響を与え、景気回復ムードは一気に吹き飛んでしまいます。こうした事情から、日銀が量的緩和政策を解除する時期はなかなか見えてこないのです。
 短期金利はしばらく低位安定が続きますが、長期金利については米国市場との連動性が高いことから次第に金利上昇圧力がかかりそうです。長短金利差が拡大するため個人向け国債の投資パフォーマンスが向上しそうです。ただし、中期的な金利サイクルで考えると、構造改革の進捗状況から見て長期金利が本格的に上昇するのは早くても3〜5年先になりそうです。
 株価については、中国の利上げが人民元の切り上げにつながるか、そして中国特需の落ち込みによって日本の輸出産業にどれくらい影響が出るかが今後のポイントとなりそうです。今、証券会社の店頭では中国株や中国株投信が大ブームとなっていますが、過去の経験則から高値掴みのリスクが高まっています。(私を含めて)ITバブル崩壊を見抜けずに失敗した方、今回こそ同じ轍を踏まないようにしましょう!

酒井からのコメント・・・

 最近、マスコミがインフレについて報道する機会が多くなったような気がします。日本国内の景況感も改善が報じられており、原油や金の価格の上昇も見ながら、「やっぱりそうなのかな?」という印象でしたが、毎日の生活の中で消費価格が上がってびっくりという経験はまだありません。それはデフレが染み付いたというわけではなく、ご説明いただいたような複雑な背景があるということですね。理解しました。それともう一つ重要な視点は、日本経済の重要なパートナーである米国と中国。この2つの国の間で大きな経済的な変化が起きているということでしょうか。EUの正式加盟国も先日拡大しましたし、世界の大きな動きからは目が離せませんね。とにかく、今の新聞やテレビの報道を単純に読んではいけないということが良くわかりました。
 で、次回ですが、その中国と拡大EUの経済をどう見るか?なんていかがでしょう?

[2004/5/7]


物価連動国債でわかる将来のインフレ

 2004年3月10日、物価連動国債が国内で初めて発行されました。一般的に国債はインフレに弱い、つまりインフレになると暴落すると考えられています。しかし、この新しい国債は元本が物価に連動して変動するため、インフレになってもその価値は目減りしません。こんなメリットのある商品なのですが、万が一デフレが続くと元本割れするという事情があるせいか(?)、財務省令による譲渡制限があり、個人や一般企業が直接購入することはできません。そのためFPの皆さんにとっては少しなじみが薄い商品かもしれませんが、将来の金利動向を考える上では重要な意味を持っています。そんな物価変動国債について今回は考えてみましょう。

■物価連動国債のしくみ
 物価連動国債は、文字通り物価の変動に応じて元本や利息が変動する債券のことです。これまで30カ国以上で発行されており、いくつかの商品形態がありますが、「カナダ方式」と呼ばれるものが最も一般的で、日本もこのしくみを採用しています。「カナダ方式」には以下のような特徴があります。

  1. 債券の元本が物価指数に連動する
  2. 元本変動分は債券の償還時に一括償還される
  3. クーポンは固定金利だが、元本の変動に応じて受取金額が変動する
  4. 元本保証がない(デフレが続くと元本割れする)

 日本では物価指数として、生鮮食料品を除く消費者物価指数を採用しています。生鮮食料品は天候などによって価格が大きく変動するため、これらを除いたほうが物価の傾向的な動きを見やすくなるからです。
 なお、日本の物価連動国債は期間10年です。そして10年後の元本償還価格は、発行時と満期時の2時点の消費者物価指数の比率によって決まります。例えば、3月に発行された第1回債の場合、発行時の消費者物価指数は98でした。これから年率5%のインフレが続き10年後にこの指数が160になったとすれば、元本の償還価格(額面100円当たり)は160÷98×100=163円となります。つまり100万円で購入したものが10年後には163万円になる計算です。
(注)現在の消費者物価指数は2000年を100として計算されています。

■価格の動きとインフレ
では、物価連動国債の価格はどのように決まるのでしょうか?やや専門的な話になりますが、ファイナンスの世界では、金利とインフレは次のように関係付けられます。

名目金利 = 実質金利 + 期待インフレ率

 実質金利というのは、物価水準が一定とした場合に、皆さんが事業に投資して利益を上げたときの利回り、つまり利益の投資元本に対する割合のことです。国全体で考えてみると、実質金利は経済の成熟度や人口増加率によって決まり、概ね実質GDPに等しくなります。他方、期待インフレ率は、将来のインフレに対する市場の予想値です。
 ところで、固定利付国債の利回りは、将来の実質GDPとインフレを市場がどう予想するかによって決まります。したがって、名目金利とは固定利付国債の利回りに他なりません。一方、物価連動国債はインフレリスクがありません(期待インフレ率がゼロになる)ので、その利回りは実質金利、つまり将来の実質GDPの予想値と等しくなります。これらの関係を式にすると次のようになります。

固定利付国債の利回り = 将来の実質GDP予想値 + 期待インフレ率
将来の実質GDP予想値= 物価連動国債の利回り
固定利付国債の利回り − 物価連動国債の利回り = 期待インフレ率

 第1回物価連動国債は、利率1.2%で応募者利回りが1.295%でした。応募者利回りが決定された時点の固定利付国債(10年)利回りは1.415%だったことから、その差0.120%が、市場が予想する今後10年間の期待インフレ率ということになります。将来の消費税率引き上げが確実なのにもかかわらす0.120%という低水準にあるということは、「デフレはかなり長期間続く」と債券市場が見ているということでしょう。仮に、今後、デフレからインフレに転じるとの期待が高まれば、固定利付国債と物価連動国債の利回り格差(価格差)は拡大することになります。

■金融、財政政策に与える影響
 物価連動国債は今後の金融、財政政策に良い意味で影響を与えそうです。日銀は現在の量的緩和政策を「消費者物価指数(生鮮食品を除く)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上になるまで継続する」と公約しています。ここでいう「安定的に」の意味を考えてみると、「過去数カ月の実績だけでなく将来に向けてもゼロ%を下回らない」ということだと思われます。そこで将来の物価動向を占ううえで、物価連動国債の利回りが示す期待インフレ率に大いに注目が集まることとなるでしょう。
 また、物価連動国債の発行増加は政府が自らに財政規律を課すことになり、政府に対する市場の信任が高まると期待されます。固定利付国債の場合、もしハイパーインフレになると国債価格は下落して、政府の実質的な債務負担も減少します。しかし、物価連動国債の発行が増えた状況で急激なインフレになると、国債の元本が増加して政府の返済負担も拡大します。そのため、物価連動国債の増加は、財政健全化に向けた政府のインセンティブを高めることになります。その結果として、債券市場では財政破綻懸念が後退し、金利上昇が抑制されると期待されるのです。

■FPとして注目すべきポイント
 物価連動国債の発行は日本の将来にとって、とりあえずは好ましい方向であると言えます。しかし、政府、財務省にそこまでの意識があるかどうかは疑問です。どちらかと言えば、大量に発行する国債を手っ取り早く消化するため、物価連動国債を導入したというのが本音かもしれません。今後、国債発行に占める物価連動国債の比率をどこまで高めていくのか?――政府がハイパーインフレによらずに財政赤字を解決しようという意思の強さを測るうえで、これがひとつのバロメータとなりそうです。

酒井からのコメント・・・

 いつものことですが、わかりにくい時事テーマについて、見事にわかりやすく解説していただきありがとうございます。私が知る限り、日本で一番わかりやすい解説ですね。
 さて、物価連動債については、注目度が高かった割に、マスコミにもあまり詳しい解説がありませんでした。ネットで検索しましたが同様です。もしそこに何らかの意図が隠されていてもいなくても、今回のような新しい金融商品については慎重に検討するのが鉄則です。で、この連動債の「連動」のポイントは、利子ではなく、元本部分が変動するわけですね。それから個人や一般企業には売却されないこと。これらの点は、恥ずかしながら、初めて知りました。もう一つ重要なのは、金利の考え方です。この部分はやや難解ですが、経済学的にも重要な部分だと思われますので、しっかり読んでいただきたいところです。財務省が最近解説を始めたプライマリーバランスの健全化についても同じようなことが言われているようです。http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/sy014.htm
 最後の問題は、インフレです。私の自宅の近くにあるうどん屋さんの価格が4月1日から値上がりしました。かけの大盛り+トッピング×2=400円だったのが410円です。問題はうどん屋さんが値上げをせざるを得なかった理由です。店内の文書には明記されていませんでした。どうもその点が引っかかります。また、原油や金・タイヤ・鋼材などの商品市況でも値上がりが著しいようです。長く続いたデフレもこのあたりで終止符を打ち、インフレが始まるのでしょうか?また、その原因はやはりよく言われるように中国の影響でしょうか?今後、インフレをチェックするためには、どのような指標に気をつけるべきなのか?金融商品等の選択で注意しなければならないことはないのでしょうか?ぜひ解説をお願いいたします。

[2004/4/10]


日銀券の価値をどう考えるか?

 今年秋、20年ぶりに日銀券(お札)が刷新されます。昨年末現在の日銀券発行高は77兆円で、そのほとんどが新札に切り替わることになります。普段何気なく使っているお札ですが、この機会に、金融の中で果たす役割と価値、さらには財政赤字やインフレ問題との関係について考えてみましょう。

■お札が通用するワケ
お金は私たちの心を支配しています。それはお金持ちになりたいという欲望を持っているという意味ではなく、お札という紙片に過ぎないモノの通用価値を信じているということです。通貨発行権は国にあるので政府自身がお札を発行すれば、額面と発行コストの差額は発行差益として国の収入になるはずです。今回の新札の発行コストは約1,700億円なので、発行額のほぼすべてが収入となる計算になります。しかし、お札を増刷すれば、その信用度が低下してインフレになるため、政府に代わって中央銀行が紙幣を発行する形態が一般的です。
 昨年12月に拘束されたイラクのフセイン元大統領は75万ドルのドル紙幣を所持していました。戦争で自国通貨の価値は紙屑同然になり、敵国通貨のドルに頼らなければならなくなったのは何とも皮肉なことです。ドル、ユーロ、円などのハード・カレンシーは世界中どこでも通用しますが、経済情勢が不安定な国の通貨は、他の国で缶ビールを買うこともできません。このように、通貨の価値はその国の経済力の象徴なのです。
 通貨の価値は為替相場に反映されるといわれますが、それは物事の一面を見ているに過ぎません。なぜなら、為替レートは他通貨との交換価値、つまり相対的な価値だからです。日本に住んでいると円の価値は下がると思えるのに、実際の為替相場がドル安円高になっているのは、それ以上にドルの価値が下がると考えている人が多いからです。

■お札の流通と金融政策
 日銀券は日銀が発行し、金融機関の窓口やATMを通じて世の中に流通します。日銀は毎月、銀行に対して国債の買いオペを実施し、金融機関が日銀に開設している当座預金口座に購入代金を振り込みます。銀行は、預金者の引き出しに応じるために保有する日銀券の残高が少なくなると、日銀当座預金を出金して現金を調達します。つまり、日銀の国債買いオペが最終的にはお札の流通増加につながるのです。
 昨年末、九州の銀行で悪質メールをきっかけに預金者が窓口に殺到して、約500億円の現金が引き出される騒ぎがありました。こうした不安から現金を手元に置いておこうという動きが強まることでもお札の流通量は増えます。ただし、引き出された現金の大半はモノの購入には向かわず、家庭の金庫でタンス預金として眠ってしまいます。90年代後半から日銀券発行高が大幅に増えた結果、タンス預金残高は20兆円にも上っているようです。今回の新札切り替えにはタンス預金を再び金融市場に呼び込という思惑もあります。
 ところで日銀が現在採用している量的緩和政策は、金融機関が保有する日銀当座預金の残高が減らないように目標水準を定める手法です。目標達成のため、日銀は銀行から国債などを買う代わりに、お金を当座預金に振り込みます。1月20日の追加金融緩和で、日銀は当座預金残高の誘導目標を30兆〜35兆円程度に引き上げました。しかし、これは銀行の手持ち資金であって、まだ世の中には流通していません。預金者が銀行から現金で引き出すか、企業が借り入れて資金決済に使うことによって、お金ははじめて世の中に流通することになります。このように、銀行から世の中に出て、家計や企業が保有するお金をマネーサプライと呼びます。
 マネーサプライの範囲に何を含めるかについてはいろんな考え方があります。家計や企業が保有する現金(紙幣+貨幣)に普通預金などの流動性預金、さらには定期性預金とCD(譲渡性預金)を加えたものをM2+CDと呼びます。M2+CDは短期間で正確に集計できることからマネーサプライの代表的指標となっています。

■インフレ発生のメカニズム
 ところで、インフレはモノの値段が上昇すること、つまりモノに対するお金の価値が低下することです。そこで、インフレは(1)モノの価値が上昇する (2)お金の価値が低下する――の2通りまたはその組み合わせで発生するといえます。(1)は景気拡大によって起こりますが、(2)は経済危機や戦争など突発的出来事がきっかけになることが多いようです。
 景気がよくなり企業が利益を上げると、従業員の給料が増え、たくさんモノを買うようになります。企業・個人ともに手元にあるお金(マネーサプライ)が増えて、お金がたくさん世の中に出回るようになるのです。つまり、景気がよくなる→マネーサプライが増加する→モノの需要が増える→インフレになる――というプロセスをたどります。マネーサプライの増加ペースが加速すると、インフレ予防のため日銀が金融引締めに転じることになります。現在、GDPベースでは景気が回復しているように見えますが、マネーサプライは年率1%台の低い伸びにとどまっています。したがって景気拡大によるインフレの兆候はありません。
 それよりも、突発的要因でお金の価値(円相場)が下落することを通じてインフレになる潜在的リスクが高まっています。米国長期金利の動きを見ると、巨額の財政赤字とドル安の中で急騰してもおかしくない状況なのに、日本のドル買い介入に伴う米国債投資によって金利上昇が抑えられています。しかし、このような状況がいつまでも維持できるはずはありません。やがて、米国債の暴落が日本を直撃することになります。しかし、日本の金融システムはそれに耐えられるところまで回復していません。円相場の大幅下落と金利上昇によって金融マーケットが国の財政破綻リスクを意識するようになれば、お札(円紙幣)の通用力についての信任が低下し、ハイパーインフレにつながるかもしれません。

■目減りするお札の価値
 世界で最初に紙幣を発行したのは9世紀中国の憲宗皇帝といわれています。それ以来、紙幣は増発とインフレを繰り返してきました。通貨の発行量が保有する金の量によって制限されていた金本位制の時代とは異なり、管理通貨制の下では通貨の発行量に物理的制限はありません。日銀やFRBは流通する通貨の発行量をいつまでうまくコントロールしていけるのでしょうか?
 日本ではお札の価値がどんどん目減りしています。国の財政赤字が拡大する中で、日銀は毎月の国債の購入額を増やして、それによってお札の流通量を増やしています。そのお札は日銀の貸借対照表では負債に計上されます。仮にヨーロッパのようにアジアでも通貨統合が起こり、日銀が清算する日が来た場合、資産を処分して負債を返済しなければなりません。しかし、資産の大部分を占める国債の価値は低下しているでしょう。なぜなら国債の担保は徴税権ですが、将来の税収は国債残高が増加するほどに拡大するとは期待できないからです。 日常の時間の流れを止めて、財布にある一万円札を取り出して眺めてみましょう。すると、経済や金融の問題が身近に感じられて結構面白い発見があるかもしれません。

酒井からのコメント・・・

 今回は、「通貨の価値」という難しい問題に取り組んでいただきありがとうございます。タイミング良く先週末(2月20日)は、円高基調だった為替相場が一気に円安に触れました。今年に入って日経新聞が介入資金の問題を何度か取り上げていますが、日本が所有する米国債と金利の問題はやはりこれからしっかりチェックしなければならないのでしょうね。インフレになると、今年から適用される予定の土地譲渡損失の損益通算規制の問題も考えなくて良くなるという面もありますが、基本的には生活にとってはマイナス面の方が多いのでしょう。いずれにしても、お金は生活のベースです。あまりお金に翻弄されないためにも、その経済的価値をしっかり見極めていきたいと思います。もう少しお話したいのですが、確定申告期間中でもありますので、このあたりで・・・。

[2004/2/23]


2003年の金融マーケットを振り返って

 2003年もあとわずかを残すのみとなりましたが、皆さんにとってどんな1年だったでしょうか?金融マーケットは、株価が上昇に転じ、長期金利急騰から債券バブルが終焉するなど、大きな節目の年となりました。そこで今回は、まず2003年の総括として1年間を振り返り、次に来年の金融マーケットの展開について、想定されるシナリオを描いてみましょう。

■2003年のマーケット・レビュー
 今年の金融マーケットのダイナミックな展開は、株価上昇が起点となりました。りそなへの公的資金注入をきっかけに5月後半から外国人の日本株買いが急増。その後、5ヵ月間にわたって1兆円を超える買い越しが続き、日経平均は一時1万1千円台を回復しました。
 債券は当初、株価上昇を無視して金利低下を続けました。しかし、6月中旬以降、株価の持続的上昇と米国金利急騰からさすがに警戒感が高まり、大手行の売りをきっかけに金利上昇に転じました。その後、相場はいったん落ち着きましたが、盆明けに株価が1万円台を回復すると、9月決算を意識した投げ売りが続出して、長期金利は一時1.7%近辺まで上昇しました。
 為替は外国人の日本株買いに伴う円高圧力を円売り介入が吸収し、しばらく膠着状態が続きました。しかし、8月後半から米国がドル安容認姿勢を強め、それを受けた9月下旬のG7共同声明をきっかけに円高が進行。さらに、10月のブッシュ来日で110円台を突破しました。
 その後、米国では雇用者数が増加に転じ、実質GDPも8%台の高成長を記録したことから、米当局の円相場への言及はソフトになりました。しかし、双子の赤字が拡大する中で、米国景気の持続性に対する不安が高まり、円相場はじりじりと上昇。それを警戒して株価上昇の勢いは鈍化し、長期金利は1%台前半で落ち着いた動きとなっています。

■実体経済の動き
 外国人の日本株買いはりそながきっかけでしたが、積極的な買いの背景には日本企業の効率化の進展があります。日銀短観が示すように、大企業製造業はバランスシート・スリム化とリストラの効果によって損益分岐点が下がり、経営体力が向上しています。今後、この効率化の動きは中小企業製造業や非製造業へと拡大していきます。
 しかし、政府による規制改革のスピードが緩慢なことから、企業効率化の動きが広がると失業率の上昇につながりかねません。就業者数の増加が見込みにくい中では、賃金の上昇も考えにくく、個人消費の力強い拡大はしばらく期待薄です。したがって、内需が拡大しない中で、外需つまりアジアや米国の景気に左右されやすい経済状況が今後2〜3年続きそうです。
 こうした調整期間中に一段と円高が進行すれば、輸出採算が悪化して企業収益は減少します。日銀短観によると大企業製造業の想定為替レートは111.40円ですから、105円を超える円高となれば業績を下方修正する企業が増えてきます。来年の金融マーケットを占う上で、為替相場の動向が大きなポイントになります。

■米国の事情に左右される為替相場
 円とドルの関係では円高はドル安の裏返しです。ここにきての為替の動きは、円が積極的に買われるというよりも、ドルが主要通貨全般に対して売られる展開といえます。ドルが売られている主な要因は2つあります。

(1)米国経常赤字の質的変化
(2)保護主義の高まり

 (1)について――米国の経常赤字は90年代後半から急速に拡大していますが、その中身は大きく変化しています。90年代後半には米国企業の収益性に惹かれて、直接投資や株式投資を中心に海外資金が流入しました。これらは為替のヘッジ比率が低いため、ドル高をもたらしました。しかし、最近の資金流入は日本や他のアジア諸国からの債券投資が中心で、それによって財政赤字を補填しています。これらは、その資金性格からドル押し上げ効果が期待できません。
 (2)について――ブッシュ政権は大統領選挙での支持拡大を狙って、11月に中国製繊維に対する緊急輸入制限を発動し、さらに同国のカラーテレビへの反ダンピング関税も検討しています。しかし、これを発動しても、輸入先が中国から他国にシフトするだけで国内企業の売上にはつながらず、結局、輸入価格の上昇を通じて経済の生産性、ひいてはドルの価値を下げることになるのは明らかです。そのため、最近の保護主義的動きはあくまで政治的ポーズであって、米国が本気で保護主義に走ることはないと考えておいたほうがよさそうです。
 ところで、変動相場制移行後、大統領選挙の年はドル高に振れる傾向があります。これは強いドルで大統領の威信を演出しようとしているのかもしれません。また、1ドル=105円を超える円高になれば、長期金利の急騰リスクが高まることは米国自身も認識しているはずです。投機筋がドルを買い戻すタイミングをうかがっていることも考え合わせると、円高(ドル安)の流れはそろそろピークアウトするのではないでしょうか。

■リスク・シナリオとしての米国経済失速
 こうしたドル相場の回復シナリオは、米国経済の持続的拡大を前提としています。ロンドン・エコノミストによると、米国実質GDPの市場予想の平均は2003年2.3%、2004年4.2%です。これは、ブッシュが再選を果たすため、なりふり構わず景気拡大に走ることを織り込んだ数字でしょう。しかし、景気対策を打てば財政赤字がさらに拡大し、経済の健全性は損なわれます。
 米国の家計は金利低下で借入を増やしたり、住宅ローンの借り換えによって消費資金を調達してきました。しかし、それによって借入残高が年間所得を上回り、毎月返済額の手取り収入に対する比率はかつてない水準へと上昇しています。もし、なんらかのショックで海外からの資金流入が細れば長期金利が急騰し、家計の返済負担が増大して、個人消費は一気に冷え込むことになります。そうなればドルは大幅に下落し、1ドル=100円を割り込む事態も想定されます。
 ただ、当面は世界的超低金利が続き、このシナリオが実現する可能性は低そうです。しかし、過去の歴史から、米国の経常赤字が持続可能な水準を超えていることは明らかです。したがって、この問題は日本や欧州が景気拡大によって米国からの輸入を増やすか、あるいは80年代のプラザ合意のようにドルの大幅切下げを行うか、どちらかの方法で解決されることになるでしょう。

■重要になる大局的見方
 2004年は円高一服と海外景気拡大によって、堅調な株式相場が期待されます。しかし、これは米国の作られた景気の上に成り立っています。そのメッキが剥げた時、どう動くか?そのことを常に意識しつつ、日本経済の構造変化の流れを見極めていく必要がありそうです。皆さんが、マスコミの近視眼的な論調に躍らされることなく、長期的視点から金融マーケットを見つめるヒントとなるよう、来年も役立つ金融情報の提供に努めていきます。

酒井からのコメント・・・

 2003年2月から約1年間、コラムの執筆ありがとうございました。今回は年末でもあり、総まとめですね。単に振り返るだけでなく、マーケットのように連続しているものはこのような時に改めて見直すことはとても大切ですね。
 りそなにしても、足利銀行にしても、会計監査が区切りになったという点は象徴的です。私個人としては、会計の役割とは、あくまでも数字を提供するだけであって、主観的な情報にかかわってはいけない、まして一企業を破綻させるような役割を持たせることは大いに反対なのですが、世の中の流れはどうも逆のようです。
 そんな話はともかく、来年の金融を占う際に、もっとも大きな鍵を握るのはやはりアメリカのようですね。先日発生したBSEは、吉野家から牛丼をなくさせてしまう可能性まであるようですし(牛丼のない吉野家って、やっぱり「吉野家」なんだろうか?)、イラクの戦後処理も抱えています。それに大統領選挙が加わり、波乱要因をたくさん抱えて、本当に難しい経済運営になりそうですね。もっとも、政治や体制の硬直性という点を配慮すれば、日本の将来に対する不安はアメリカ以上とも言えるでしょうから、傍観しているわけにもいかないですね。
 とにかく、いろいろな情報を見ながら、経済に対する「勘」を養っていくのがとても大切のような気がします。来年も引続きよろしくお願いします。
 で、来年第1号のテーマですが、年越しのお札が77兆円もあるという報道がありました。来年は新札も発行されるようですし、このお札が金融にもたらす意味のようなものについてコメントいただけないでしょうか?よろしくお願いします。

[2003/12/31]


郵政民営化で金融市場はどう変わるか?

 郵政民営化の議論がいよいよ本格化してきしました。「今、なぜ民営化なのか?」というと、国の財政投融資(以下「財投」)制度が行き詰まり、財投に資金供給していた郵政(郵貯・簡保)のあり方が問題となった。そこで、首相の「民間にできることは民間にまかせよう」という単純明解(?)な発想から、民営化しようという流れになったのです。
 2007年度からの民営化実現を目指して、政府は来年秋までに最終案をまとめる予定です。ただ、「どう民営化するのか?」については、所管する総務省、国債を発行する財務省、そして競合関係にある銀行・生保業界の利害が絡み、今のところはっきりしません。今回は政治的議論から離れて、金融論の観点から「郵政民営化によって金融市場はどう変るか?」考えてみましょう。
 郵政民営化問題の本質は、それが財投改革の一部であるということに尽きます。財投改革は行財政改革の中核で、国と地方、中央省庁と特殊法人の関係を見直す取り組みです。まず、問題の全体像を明らかにするため、財投と郵政の関係を、2001年3月までの旧財投時代、そして同年4月以降の新財投時代に分けて振り返ってみましょう。

■旧財投と郵政――蜜月の時代
旧財投は、地域の貯蓄を郵便貯金などを通じて中央に集め、再び地域に配分する役割を果たしてきました。70年代以降、その規模は飛躍的に拡大しましたが、成長を支えた要因は2つあります。
   (1)右肩上がりの原資拡大
   (2)右肩下がりの長期金利
 (1)について――旧財投は、旧大蔵省の資金運用部に郵貯や年金積立金(公的年金の保険料)等の資金をいったん集中し、それを特殊法人等の財投機関に貸し付けて運用する仕組みでした。原資を確保するため、郵便貯金と年金積立金には、払戻しや年金給付に必要な資金以外は全額、資金運用部に預託することが義務付けられていました。70年代から80年代にかけて経済成長によって貯蓄が増加し、年金資金も(ピラミッド型の人口構成を背景に)収入が支出を大きく上回ったことから、財投への資金流入が急拡大しました。
 (2)について――旧財投は平均7年で資金を調達し、それを平均15年で運用していました。調達期間より長い期間で運用するため、資金の再調達にはリスクが伴います。7年後に必要な資金を確保できなくなる流動性リスクと資金コストが上昇する金利リスクです。しかし、流動性リスクは豊富な原資の流入によって吸収されてきました。さらに、経済の拡大による貯蓄増加によって供給される長期資金が増加し、長期金利は戦後を通じて恒常的に低下しました。つまり、貸し手優位から借り手優位に力関係が変化したため、貸出金利が右肩下りになったのです。こうしてリスクが表面化することなく、財投と郵政は共に成長を続けたのです。

■新財投と郵政――断ち切れない腐れ縁
 しかし、そうした関係にも転機が訪れました。個人所得の伸びが鈍化し、郵便貯金残高は1999年の260兆円をピークに減少しています。また、高齢化の進展によって年金給付費が増加し、年金積立金(2003年3月末現在141兆円)の取崩しも検討されています。こうして、財投への新たな原資の流入が期待できなくなり、長期金利低下も限界に達したことから、郵貯と年金の預託義務は2001年4月から廃止されました。そして、財投の資金調達は、財投債という国債を発行する方法に変更されたのです。
 とはいっても、郵政が財投の中で依然大きな役割を果たす図式は変っていません。郵貯・簡保は年金資金とあわせて財投債の6割強を引き受けいます。そして、財投は地方交付税特別会計への貸付を通じて、地方自治体の資金繰りを支えています。郵政民営化を急ぐことは、財投原資の減少→地方自治体の財政悪化→行政サービスの低下につながり、私たちの日常生活に大きな支障をきたしかねません。そのため、郵政民営化は行財政改革のグランド・デザインの中で、財源委譲を含めた国と地方の関係見直しと一体で進める必要があるのです。

■金利上昇で破綻する郵貯のバランスシート
 郵政民営化で考慮すべきもう一つのポイントは、ナローバンクとしての郵貯の限界です。ナローバンクとは、通常の貸出業務を行わず、決済業務に特化し、集めた資金を国債など安全資産に限定して運用する銀行です。当然のことながら運用利回りは低くなるため、オペレーション・コストをいかに下げるかが経営上のポイントとなります。今のところ日本ではIYバンクが唯一の成功例です。
 郵政は28万人の職員と1万8千の郵便局を抱える大所帯なので、コスト競争力が強いとはいえません。確かに、これまでは預託制度の下で1.5%を上回る利ザヤを確保してきました。でも、その背景には、個人貯蓄の受け皿となる本格的な個人向け国債がなく、預金金利も低かったという事情があります。よく考えると、銀行より国の方が信用度は高いため、期間が同じなら、預金よりも国債のほうが利回りは低くなるはずです。しかし、現実には利回り逆転が続き、1982年〜2001年を平均すると預金金利の方が0.3%も低くなっているのです。これは世界的にも特異な現象で、規制金利時代の名残りといえます。ちなみに米国では預金の方が0.6%高くなっています。今後、個人向け国債が普及するにつれて、この逆転現象は解消に向かうはずです。そうなると、郵貯の調達コストは相対的に上昇し、国債中心の運用では収益が上がらなくなるでしょう。
 それに加えて、金利の上昇が郵貯のバランスシートに重大な打撃を与えます。調達面では、定額貯金がペナルティなしで解約され、さらに預け替えされることで、大きなコストアップとなります。また、今後は郵貯の資金の80%以上が国内債券(主に国債)で運用されることから、金利上昇で大きな評価損が発生することになります。もし、郵貯の経営が立ち行かなくなると、公的資金を注入して救済するのでしょうか?

■具体的な民営化の進め方
 こういったポイントを考慮すると、民営化の方法はおのずから限定されてきます。政府が提示する民営化案は以下の3つです。
   (1)政府が全株式を持つ特殊会社化
   (2)三事業一体で民営化し、全株式を民間売却
   (3)郵貯・簡保の段階的廃止
 (1)と(2)は三事業(郵貯・簡保・郵便)を維持するという点では共通しますが、郵政の低い収益性から(2)は問題外でしょう。したがって(1)か(3)ということになりますが、政府の議論は(1)を中心に進んでいます。しかしながら、これは民営化とは名ばかりの現状維持案で、問題解決につながるとは到底思えません。将来、郵政が経営破綻して公的資金注入が必要になる可能性を考えると、結論は(3)の段階的廃止になるはずです。
 ただし、その場合も、郵貯等の資金は巨大なことから、短期間に大きな変更を行うことは現実的ではありません。預入限度額を段階的に引き下げるなどの方法で、その影響を徐々に減らすべきでしょう。また、国債管理政策上は、郵貯に国債を安定保有させつつ、次第に個人向け国債に移行することで、国債の個人保有比率の向上と価格安定を図ることも不可欠です。
 なお、民営化後の郵政の役割ですが、郵便業務とともに、住民票交付や婚姻届の受付、さらには運転免許証やパスポートの申請受付など行政サービスの受託業務に特化することで、そのネットワークを有効活用できるのではないでしょうか。

■やって来るか?自己責任の時代
 戦後の日本では、経済の右肩上がり成長の下で、財投を中心にした政府部門が金融上のリスクを一手に引き受けてきました。そのため、地方自治体も民間(企業、個人)も自らリスクを受け止める準備ができませんでした。しかし、今や右肩上がりの成長が終わり、政府にリスクを転嫁することはできなくなったのです。今後、郵政民営化をきっかけにして、郵貯から国債、国から地方といった資金の流れが大きく変わる可能性があります。 どういう変化が起こるにしても、私たち個人にとって、自己責任が求められる機会が増えることだけは間違いありません。そういった際にきちんとしたアドバイスができるよう、FPとして、今後起こる変化をしっかり見据えていきたいものです。

酒井からのコメント・・・

 郵貯の問題はあまりにも政治的なところに集約されてしまったため危険な問題とされがちですが、そのような難しい問題にコメントいただきありがとうございます。
 ご指摘のように、政治的な部分は検討しても仕方ないのでしょうが、金融マーケットに注目して郵貯の民営化を考えた場合、これだけ巨大な金融機関が解体される結果、国内の金融システムに対する影響はとてつもなく大きなものになることが予想されます(大魔神が歩いた後のように・・・)。「民営化(公社化)されるべきだったか?」という議論に対する解答は見つけにくいのですが、単純に元に戻ることも難しくなった現状では、郵貯が果たすべき役割とその影響を見極めながら、正確に着地点を探すべきでしょう。そもそもの郵貯解体論には、このあたりの視点が欠けていたと言わざるを得ないような気がします(これは郵貯に限らずなんでも民営化・規制緩和を目指せばよいという政策全体に通じる問題ですが)。ただ冷静に見れば、郵貯に限らず、既存の金融システムも他の仕事も同じように時代の変化にさらされているのであり、「自分の預けているお金だけは大丈夫」と言った安易な視点こそ危険なのかもしれません。結局これも時代の象徴・・・という一言で片付けてしまってはいけないのでしょうね。

[2003/11/28]


市場vs国家!政府はどこまで為替市場に介入できるか?

 9月20日、中東ドバイで開かれた7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)の共同声明に、「市場原理に基づいた為替相場の"さらなる柔軟性が望ましい"」という表現が織り込まれ、それをきっかけに円相場が急騰しました。財務省は、相変わらず円売り介入で徹底抗戦の構えを見せていますが、今のところ円買いの勢いが勝っているようです。
 ところで、日本は変動相場制を採用しているので、円相場は本来、市場メカニズムで決まるはずです。それを政府の介入によって無理矢理コントロールできるのでしょうか?また、通貨価値はその国に対する評価なので、円高は日本経済の実力が見直され始めたことを意味します。だとすると、単純に「円高=悪いこと」でもなさそうです。今回は、何かと疑問に思うことの多い円売り介入の問題について考えてみましょう。

■市場介入のしくみ
 市場介入は日銀介入とも呼ばれることから、日銀が指揮していると思われがちです。しかし、実際に決定を下しているのは財務省で、日銀は事務を担当しているだけです。介入資金も国の予算である「外国為替資金特別会計」(以下、外為特会という)で賄われています。
 9月末に、日本の外貨準備が初めて6千億ドルを突破しました。外貨準備は市場介入や外貨建債務の返済に使用する準備資金で、その大部分を外為特会が保有しています。円売り介入の場合、まず、政府短期証券(FB)という国債を発行して円資金を調達します。これを外為市場で売却して外貨資金(主にドル)を買い入れますが、その資金は主に米国債で運用されます。したがって、円売り介入すると、外貨準備(その中でも米国債)が増加することになります(注1)。
 反対に、円買い介入では、外貨準備として保有する債券を売却して外貨資金を用意し、それを市場で売却して円を買い入れます。そのため、介入の規模は外貨準備高に左右されることになります。

■自己矛盾を内包する円売り介入
 財務省によると、今年に入ってからの円売り介入額は9月末時点で13兆4千億円にのぼり、すでに年間の過去最高だった1999年(7兆6千億円)を大きく上回りました。これは政府が、ようやく底離れした景気に円高が水を注すのを警戒しているからです。企業の設備投資は回復傾向にありますが、大半は輸出拡大を見越した動きなので、円高で輸出が抑制されると投資も落ち込みます。10%の円高が続けば、実質GDPが0.2%押し下げられると内閣府は試算しています。
 しかし、円相場を介入によって狭いレンジで管理しつつ輸出を増やすと、円高圧力が強まり、やがて介入では円高を阻止できなくなるのは明らかです。実際、今年1月〜8月の間に輸出企業が稼ぎ出した貿易黒字額は5兆9千億円にのぼります(注2)。加えて、1月14日から10月10日までに、外国人投資家が日本株を7兆4千億円買い越しており(注3)、2つを合わせた実需の円買いは13兆3千億円と、日本の介入資金をまるまる吸収した計算になります。
 さらに、問題なのは円売り介入によって得た外貨(主にドル)資金の行方です。大部分は米国債に流れ、これが米国市場の安定に寄与。リスク許容度の高まった米国投資家が日本株を買いに動き、円高圧力がさらに高まるとう皮肉な構図となっています。このように、大量の資金を投じて円売り介入をしながら、一方で、その資金が米国債を経由して再び円買いに向かっているため、結局、円高阻止にはつながっていないのです。

■市場介入の限界
 では、どのような場合に市場介入は成功するのか?これまでの研究では、次の2つのポイントがとりわけ重要といわれています。
(1)意外性のあるタイミングを捉えて市場の需給バランスを崩すこと
(2)経済のファンダメンタルズと反対方向を向かないこと
 まず(1)について――世界の1日の為替取引額は1兆ドルにのぼります。一方、今年1月〜9月の円売り介入額は13兆円(1千億ドル)あまりで、これは1日の取引額の10分の1に過ぎません。また、為替売買の大半は実需を伴わない投機取引です。したがって、意外性のあるタイミングで介入し、市場の需給バランスを崩すことが必要なのです。これはちょうど、両方に1キロの重りをのせた秤の一方に1グラム足せば秤が傾くのと同じ要領です。しかし、一旦、相場にトレンドが生まれると、投機が投機を呼び、市場介入は「サメがたくさんいる水域に放り込まれた一切れの肉片」に過ぎなくなるのです。
 次に(2)について――1985年9月のプラザ合意で、主要国は足並みを揃えてドル売り介入(協調介入)を行い、ドルの押し下げに成功しました。一方、1992年9月のブラック・ウエンズデー(暗黒の水曜日)では、1600億ドル(約19兆円)にのぼるポンド買い介入にもかかわらず、その暴落を阻止できませんでした。このとき、ジョージ・ソロスがポンド売りに100億ドルを賭けて、10億ドル近く儲けたのは有名な話です。
 なぜ、プラザ合意は成功し、イングランド銀行は敗北したのか?――1985年の米国は双子の赤字(財政収支と経常収支の赤字)が史上最大水準に拡大し、ドルはわずかな刺激で下がる状態になっていました。ドル売り介入は効果的な1グラムの重りだったのです。1992年の英国も同じように貿易赤字を抱えており、経済状況を打開するにはポンドを切り下げるしかありませんでした。なのに、これに逆らって買支えに動いたため、市場のポンド売りの勢いに呑み込まれてしまったのです。
 話を日本に戻します。今年前半はデフレがさらに悪化すると予想されたため、円安になるのも仕方ないと見られていました。しかし、4-6月期の実質GDPが年率3%台とG7で最も高い伸びを記録するに至って、市場の見方は180度転換しました。円売り介入は、経済のファンダメンタルズに反し、大義名分に乏しいと考えられるようになったのです。

■市場介入に求められる透明性
にもかかわらず、財務省は円売り介入を強化するため、外為特会の借入枠拡大の検討に入りました。確かに、ゼロ金利政策のおかげで借入コスト(FBの発行コスト)はほぼゼロ。一方で外債の運用利息が入るため、年間収支は黒字が続いています。一見、増額しても問題なさそうです。しかし、外債の運用には金利リスクと為替リスクが伴います。もし、ゼロ金利解除となれば調達金利は上昇しますし、債券利回りが上昇すればその時価は減少します。さらに円高になれば為替差損が発生します。実際、6月以降の米長期金利上昇とここ数週間の円高によって、年初からの介入資金には1兆円近くの含み損が発生していると推測されます。
 米国ではこのような損が出ると、財務省もFRBも議会でこっぴどく叩かれるので、おいそれとは介入できません。一方、日本では当局が介入でいくら損を出しても誰にも責任を追及されることはありません。そのため、枠が残り少なくなるとすぐに拡大ようという議論になるのです。しかし、介入の損失は最終的に国民負担となります。したがって、財務省にはこれまでの損益状況を明らかにし、介入の有効性について説明責任を果たす義務があるはずです。

■そもそも円高はいけないことか?
日本は戦後、輸出振興によって経済発展するため、意図的に円安政策を続けてきました。そのため、いつの間にか「経済にとって円安はプラス、円高はマイナス」という固定観念が定着してしまったのです。はたして、本当にそうなのでしょうか?1つの経済事象には、プラスとマイナス両面があるはずです。
 円高は輸出にマイナスといわれますが、輸出企業の海外生産比率はこの10年で2倍以上になり、円高抵抗力は格段に高まっています。一方で、円高は輸入価格下落を通じて、消費者の購買力を向上させます。東京の生計費はニューヨークやロンドンの1.2倍、パリの1.6倍と、依然として大きな内外価格差が存在します。日本が今後、豊かさを実感できる生活者中心の社会となるためには、規制改革によって円高メリットを享受できる経済構造に変えていくことが必要です。
 日本の将来を見据えた通貨政策についての本格的な議論がされないまま、場当たり的介入によって外貨準備だけが増加していく現状には、非常に危ういものを感じます。

(注1) 財務省HP「外貨準備等の状況」(http://www.mof.go.jp/1c006.htm)参照。
(注2) 日本経済新聞社NIKKEI NET「景気ウォッチ」(http://rank.nikkei.co.jp/keiki/boueki.cfm)参照。
(注3) 財務省HP「対内及び対外証券投資の状況(週間、約定ベース)」(http://www.mof.go.jp/1c009.htm)参照。
酒井からのコメント・・・

 為替介入の実際と問題という非常にタイムリーなテーマを取り上げていただき、また中身も、大変うまくまとめていただいたと思います。これからの為替政策を見るにつけて、大変参考になりました。ありがとうございます。
 レポートの内容をまとめると、

  1. 為替介入は、大きな波に立ち向かう防波堤ではなく、バケツ何杯かを大海に注ぐことで、関係者に注意を喚起することに意味がある。
  2. したがって、政治家が発する「円高は断固として阻止する」みたいな発言は、簡単に言ってしまうと、国民に対するポーズであって、為替介入の本来の意味を伝えていないし、そこまでできるものではない。
  3. また、為替介入の仕組みが一般国民には知られておらず、リスクを伴う巨額の「投資」であるにもかかわらず、その具体的な意味と効果(結果)があまり知らされていない。
  4. 輸出企業にとって円高が良い条件でないという側面はあるが、あまり近視眼的に反応することが日本経済にとって本当にプラスなのか改めて考える必要がある。

・・・以上のようなことになるのでしょうか?
 先日、ブッシュが来日した時も、強いドル政策を訴えていたようですが、政治家の発言と市場の動きは違うものと考えたほうが良さそうですね。
 為替介入資金が、めぐりめぐって日本の株高という結果をもたらしているという点については、日経・朝日両紙が報道していたようですし、特に今年の大量介入による市場への影響は決して小さくないように思われます。人為的に作られたマーケットの歪みに早く気がつくことが大切かもしれませんね。
 ところで、次回のテーマですが、選挙のこともあって、郵政民営化問題が取り上げられています。しかし、郵政公社を民営化することでどのような構造改革を達成し、国民経済にどのような効果が期待できるのでしょうか?金融の世界から見た郵政観を教えていただけないでしょうか?

[2003/10/22]


デフレのABC

 景気回復期待から日経平均が一時1万1千円台を回復するなど、マーケットにはデフレ沈静への期待感が広がっています。個人投資家としては久々のチャンスであり、それはそれで大歓迎ですが、それにしても、ほんの数ヶ月前まで「グローバル・デフレ突入の危機か?」と大騒ぎしていたのが嘘のようです。しかも経済実態はその頃とあまり変っていないのです。ということは、今回の相場も結局は空騒ぎで終わってしまうのか?――「日本経済が再生軌道に乗るかどうか」を占うポイントがデフレの行方です。「デフレについて何となく分かっているけどうまく説明できない」という方のために、デフレに関する論点を整理してみました。

■デフレとは何か?なぜ起こるのか?
 デフレとは一言でいうと「持続的な物価下落」(注1)――つまり物価がじりじり下がり続ける状態をいいます。消費者にとってモノの値段が安くなることは好ましいことですが、企業にとっては売上と収益の減少につながる深刻な問題です。デフレはモノの需要と供給のバランスが緩むことで発生します。これはインフレとは正反対のメカニズムです。
 国全体で供給が拡大してモノが増えれば価格が下落しますし、需要が減少すればモノが売れなくなり、やはり価格が下がってしまいます。供給拡大の例として、規制緩和や中国などからの低価格品輸入による価格破壊や、技術革新による生産性向上(生産コスト低下)などが挙げられます。一方、需要減少の例としては、企業や消費者の間にデフレ予想が定着し、将来の物価や賃金が下がると予想され、消費が減退し、設備投資など企業の投資意欲が低くなることが挙げられます。(注2)

■デフレ・スパイラルと金融不安
 デフレは不況を加速し、不良債権を拡大させることによって経済に大きな打撃を与えます。デフレの進行が不況を加速させるメカニズムをデフレ・スパイラルと呼びます。これは、モノの価格下落→企業の売上げと収益減少→リストラによる人件費削減→賃金(所得)の減少→消費意欲低下・企業の投資意欲低下→経済全体の需要減少→さらなる物価下落――という悪循環です。
 そして、デフレ・スパイラルを一層深刻にするのが株価や土地など資産価格の下落、いわゆるストック・デフレです。同じデフレという言葉ですが、経済上の構造は違うものと考えてよいと思います。企業が倒産して融資が不良債権化した場合、地価が下がると銀行は担保を処分しても回収可能額が減少します。そこで自己資本比率低下を防ぐため中小企業などへの貸し出しを減少させ、これがさらに企業の投資減少をもたらし、一段の物価下落を招くのです。貸し渋りや貸し剥がしも元をたどればデフレが原因なのです。
 歴史をさかのぼると明治以降、日本は過去3度のデフレを経験しました。――明治の松方デフレ、大正から昭和初期の井上デフレ(昭和金融恐慌)、第二次大戦後のドッジ・ライン(注3)。このなかで、バブル崩壊と巨額の不良債権の累積、長期不況、追い討ちをかけるような大地震と円高、そして金融機関の経営破綻といった平成デフレのプロセスは昭和金融恐慌に酷似しています。過去の教訓が活かされず今回の不況がここまで長期化したのは、1990年代に財務省(旧大蔵省)が現実を否定し、不良債権問題を先送りしてしまったことに原因があります。

■グローバル・デフレのリスク
 それでは1930年代の大恐慌が昭和金融恐慌につながったように、今回もデフレが世界的に拡大するのでしょうか?IMFは4月30日に発表したレポート(注4)の中で、日本に次いでデフレ懸念が大きい国としてドイツを挙げています。同国の最近の経済指標を見ると、実質GDPは2四半期連続のマイナス成長で、失業率も2桁台に乗る一方、消費者物価の前年比上昇率は1%前後まで低下しています。さらに英エコノミスト(注5)によると、主要先進国で日本とともに住宅価格が下落しているのはドイツだけです。このようなことからドイツが「日本化」する懸念が取り沙汰されてきました。しかし、日本を反面教師とするドイツでは、今年前半に不良債権処理がヤマを越え、リストラによって銀行の収益力も急速に回復し、株価も大幅に上昇しています。ですから、ドイツが金融不安を伴うデフレ不況に突入する事態は当面は回避されたといえます。
一方、米国では中国からの安価な輸入品増加に伴うデフレ圧力に対し、繊維業界が中心となって中国元切り上げを政治問題化させようという動きがあります。しかし、これは米国経済のなかでは特異な例です。1980年代以降、米国では産業構造の転換が進み、輸入品と国内生産品は競合関係から補完関係へと経済の成熟化が進みました。しがたって、安価な輸入品が増加しているにもかかわらず、製造業の生産物価格はそれほど下落圧力を受けていません。これは安価な輸入品のデフレ圧力が国内製造業の収益を圧迫している日本とは対照的です。
 このように、グローバル・デフレ(世界同時不況)が到来するリスクは今のところ高くありません。しかし、中期的にはドイツで景気後退色が再び強まって不良債権が増加する、あるいは米国で住宅価格が下落に転じて消費が冷え込むといった事態になれば、グローバル・デフレのリスクがあらためて高まることになりますので注意が必要です。

■デフレに効く処方箋はあるか?――金融政策の限界
米国ではデフレ圧力があまり強くないといいました。にもかかわらずFRBがインフレ率の低下(ディスインフレ)を警戒して政策金利を1%まで引き下げ、必要なら一段の利下げも辞さない構えをみせているのはなぜでしょう?それはデフレに有効な金融政策手段がまだ見つかっていないからです。まず、インフレで金利を上げる場合は10%でも100%でも上限はありませんが、デフレで金利を下げようとするとゼロ%が下限となります。マイナス金利にするとお金を貸す側が金利を支払うという不合理が生じるからです。つまりデフレに対して金利政策は無力化してしまうのです。
 そのため、日銀は金利誘導に替えて量的緩和政策を導入しました。これは消費者物価上昇率が安定的にプラスとなるまで潤沢な資金供給を継続して、中長期金利の低下(時間軸効果)を狙うというものです。この政策は弱体化した金融システムの安定には一定の効果をあげていますが、デフレ解消効果は今ひとつです。そこで議論となっているのがインフレ・ターゲティング導入の是非です。
 ここでいうインフレ・ターゲティングとは量的緩和政策を一歩進めて、2〜3%というインフレ率を目標とし、それを達成するため外債やETFあるいは土地まで、あらゆる資産を日銀が思い切って購入すべきという考え方です。ただし、本来のインフレ・ターデティングはデフレではなくインフレを抑制するため、ニュージーランドや英国などが導入した政策です。「デフレが長引く現状で2%のインフレ実現を目指すのは、ゴルフならバンカーから直接ピンを狙うようなものだ」(IMFロゴフ経済調査部長)との指摘もあり、デフレに対する効果は未知数です。
 さらに、インフレ・ターゲティングは昭和金融恐慌を終結させた高橋是清蔵相のリフレ政策に近い政策手法であり、高橋が二・二六事件で暗殺された後、日本経済がリフレの段階を越えてハイパー・インフレに突入したことを考え併せると、この政策の性急な導入は金融市場をいたずらに混乱させることになりかねません。

■デフレを乗り越える発想
デフレ終結には地価の下げ止まりが不可欠です。都心の一部では地価が上昇に転じたところもあり、これをデフレ沈静化の兆しととらえる見方もあります。しかし、地方都市では工場の海外移転による撤退などによって空洞化を招き、地価の下落幅はさらに拡大しています。政府は行政改革大綱の中で2005年3月を目標に市町村合併を推進していますが、それ以後の地域活性化ビジョンはハッキリしません。
 「地方の時代」というスローガンとは裏腹に、財政的には中央政府への依存度が高く、また市町村が独自色を発揮して経済特区を作ろうとしても中央省庁が邪魔をして実現しないというのが現実です。26日に招集された臨時国会の所信表明演説で、小泉首相は「日本再生に向けた改革にようやく芽が出てきた。改革の芽を大きな木に育てていく」と構造改革を推進する構えを強調しています。しかし、デフレから脱却して日本経済の速やかな再生を図ろうとするのであれば、郵政・道路の民営化よりも、地域経済を活性化するための税制改革や規制撤廃により重点を置いて取組むべきだと考えるのですが…。

(注1) 政府は2001年3月の月例経済報告で、デフレを「持続的な物価下落」と明確に定義した。
(注2) 伊藤元重+伊藤研究室編著「伊藤元重の日本経済がわかるキーワード2003-04」、日本経済新聞社、2003年5月
(注3) 吉野俊彦著「これがデフレだ!歴史に学ぶ知恵」、日経ビジネス文庫、2001年5月
(注4) IMF特別調査委員会2003年4月30日付レポート「Deflation: Determinants, Risks and Policy Options」(http://www.imf.org/external/pubs/ft/def/2003/eng/043003.pdf)
(注5) 英エコノミスト2003年9月13日号によると、先進13カ国の中で住宅価格が昨年より上昇したのは11カ国で、上昇率が最も大きいのがオーストラリアの18.1%、次いで英国17.8%、スペイン17.5%の順。米国は5.6%と第10位。一方、下落したのは日本(マイナス4.8%)とドイツ(マイナス3.5%)の2カ国のみ。

酒井からのコメント・・・
 レポートの記載にもありましたが、確かに最近マスコミでは「デフレ」という言葉をあまり聞かなくなりました。しかし、日本の経済情勢が大きく変化したとは言えない状況です。世界経済を見ればむしろ難しくなってきている。いずれにしても、この難解なテーマをわかりやすく解説していただきありがとうございます。
 ところで、自民党では小泉総裁が他の候補を寄せ付けない勢いで再選され、総選挙の具体的な日程が新聞等でも取り上げられるようになってきました。小泉政権のこれまでの成果を考えてみると、ご本人の目玉は相変わらず郵政と道路公団のようなのですが(この2つが日本再生にどのように結びつくのか?依然として国民に対する明確なメッセージは聞かれません)、一方で日本の規制緩和はかなり進んできたという話が聞かれるようになりました。確かに、私の仕事を見ても、公認会計士試験の合格者を現在の1,000名から3,000名に増員することになりました。ところが、試験に合格しても受け皿になる求人がない。つまり、アメリカと同じく公認会計士試験に合格しても、必死に競争しなければ仕事にありつけなくなった訳です(これこそアメリカの狩猟民族型資本主義の究極の姿!)。また構造改革が進んだと言っても、リストラに真剣に取り組んできたのは民間企業だけのような気もします。そもそもお役所は、基本的に前例を守ることが基本となっている組織であり、自ら改革に取り組むことができるかという点では大いに疑問です。しかし、世の中の大きな波は必ず公的セクターにも及ぶはずです。その時には、ショックも大きいでしょう。政治も含めて、悪者探しではなく、ねたみやっかみでもなく、本当に明日につながる改革を目指すべきですね。小泉さんが言うような再生の芽はまだまだだと思いますが、デフレを含めた日本経済建て直しの動きは少しずつ始まってきたような気がします。日本経済の末端を担う私たちとしても、今が踏ん張り時だと思います。
 ところで、次回のテーマですが、最近の経済情勢を見ても、あまりに変化が激しくて話題選びに困ってしまいます。今回は乞うご期待ということで面白いテーマをお願いします。
[2003/9/27]


米国経済の回復は本物か?

 米国では4-6月の実質GDP成長率が3%台(年率)まで上昇し、景気拡大期待が高まっています。しかし、「双子の赤字」(財政赤字と経常赤字)の増加によって、経済構造は不安定度を増しているようにも見えます。さらに雇用情勢が引続き悪化していることからjob-loss recovery(雇用削減による回復)との批判もあります。今は良い面だけが強調される米国経済ですが、来年の大統領選挙あたりからマイナス面が浮き彫りになってくるのではないでしょうか?

■ポストITバブルの米国経済
 経済の好不況は統計上、実質GDP成長率で表されます。GDPとは企業でいえば売上げにあたり、これが高くなるほど景気が良いということになります。また、実質GDPが2四半期連続でマイナスになることをリセッション(景気後退)と呼びます。
 ここ数年の米国経済を振り返ると、2000年にNASDAQ株式が暴落してITバブルが崩壊。2001年3月から景気後退に入り、実質GDPは同年第1四半期から3期連続でマイナス成長(注1)を記録。その後、個人消費が予想以上に盛り上がり回復局面を迎えました。
 回復の原動力となったのが住宅ローンの借換えブームです。米国では90年代から金利低下を背景に住宅資産の価値が上昇していましたが、その上昇分を現金化するキャッシュ・アウト(注2)(cash-out)という手法が普及し、家具や自動車など耐久財の消費を押し上げました。
 今年になると、イラク戦争やSARS禍などマイナス要因もありましたが、それらの終結によって当面の不透明要因が消えて企業や消費者のマインドが好転し、現在に至っています。

■当面続く景気拡大
 マスコミは米国経済の先行きについて楽観的な論調を強めていますが、その根拠となっているのが減税と金融緩和による政策効果です。今年度からの11年間で総額3,500億ドル(約42兆円)の減税が実施されますが、そのうちの2000億ドル(約24兆円)が来年度までの2年間に集中しており、実質GDP押上げ効果は0.75〜1.00%と推計されています。
 また、FRBは2001年1月の緊急利下げを皮切りに合計13回、累計5.5%もの過去にない急ピッチでの利下げを進めました。通常、金融緩和効果が実体経済に浸透するまでに約2年間かかるといわれます。FRBは「金融緩和→金融機関の貸出態度緩和→企業借入の増加→新規投資・雇用拡大」という経路で利下げ効果が顕在化してくることを期待しています。
 しかし、現在の財政・金融政策は双子の赤字を拡大して経済構造を不安定にするという副作用があります。つまり、減税によって財政赤字が拡大する一方、金融緩和とも相まって内需を刺激(輸入が増加)し、貿易赤字(つまりは経常赤字)を拡大させるのです。

■同時に拡大する双子の赤字
 このように、ブッシュ政権が財政・金融の政策エンジンを全開にし、それによって目先の景気拡大を図るほど、双子の赤字が拡大してしまうという構図になります。ブッシュは将来に大きなツケを残すことによって再選を果たそうとしているともいえます。双子の赤字はテロ関連で防衛支出の増大が予想される次期政権にとって大きな重荷となるでしょう。
 90年代の景気拡大も経常赤字を伴いました。しかし、このときは財政赤字が急速に縮小し、個人消費と設備投資が拡大する中での経常収支悪化でした。つまり、米国に魅力的な投資機会が多く、そのために海外からの資金流入が増加した結果、経常収支が悪化したというものです。
 しかし、今回は事情がちょっと違います。ブッシュの減税策を背景に財政赤字が拡大する中で、家計の貯蓄率が上昇し、同時に企業の資金不足が縮小しています。つまり、設備過剰で魅力的な投資機会がないために新規投資が伸びない中で、経常赤字が拡大しているのです。これは米国経済がITバブルの後遺症からまだ立ち直っていないことを意味しています。

■高まるドルと景気の失速懸念
 80年代にも双子の赤字が拡大しましたが、このときはドルが暴落し、その結果長期金利が急騰。さらに株価の暴落(ブラックマンデー)まで発生しました。ところが今は双子の赤字がともに過去最大を更新する中で、ドルが暴落する兆しはありません。これは、デフレ懸念による金融緩和で世界的な金余り状態となり、行き場を失った資金が米国に流入しているからです。日本でも生保が米国債投資を増やしています。したがって、もし海外景気が回復に向って世界的な金融緩和にピリオドが打たれると、「海外金利上昇→米国債券の魅力低下→米国からの資金流出→ドル暴落」というシナリオが現実味を帯びてきます。
 また、家計貯蓄率の動向も不安要因です。2000年から株価下落を背景に貯蓄率は上昇に転じていますが、そのペースは予想以上に緩やかです。これには住宅の資産価値上昇が影響していると推測されます。キャッシュ・アウトによる住宅ローン借換えもあり家計の借金は膨れ上がっています。したがって、長期金利上昇の影響で住宅価格が頭打ちになれば、家計の消費マインドは冷え込み、生活防衛のため貯蓄率はさらに上昇するでしょう。GDPの約7割を占める個人消費が落ち込めば米国景気は完全に失速することになります。

■米国流市場主義の限界
 米国の景気はGDPベースでは回復しているように見えますが、雇用情勢は深刻で2001年以降250万人以上の雇用が失われ(注3)、レイオフが沈静化する兆しは今のところ見られません。そのためか、米CBSニュースが8月13日に発表した世論調査では、米経済の現状を「悪い」と答えた人が60%に達し、「良い」と答えた人(38%)を大幅に上回りました(注4)。景気拡大の恩恵を大多数の国民が享受できないところに米国流市場主義の限界を感じます。
 日本政府はこのような現実を無視して、米国流の競争原理をそのまま導入しようとしています。しかし、何でも自由化してやたら競争をあおっても日本経済に活力が戻るわけではないはずです。今、政府にも(そして私たちにも)真っ先に求められているのは、日本人としてのアイデンティティを再発見することなのかもしれません。

(注1) 日本経済新聞社NIKKEI NET「景気ウォッチ」(http://rank.nikkei.co.jp/keiki/beikoku1.cfm)参照。
(注2) 日本の住宅ローン借換えは、低金利ローンへの借換えによって毎月の返済額が減少するというものが中心です。一方、米国で主流となっているのは住宅の資産価値上昇を活用したキャッシュ・アウトと呼ばれる方法です。これは、担保価値の上昇分だけローン残高を増やし、差額分(新規ローン−(既存ローン+借換えコスト))をまとめて現金化するものです。このあたりは国民性の違いもありますが、米国の住宅ローンはノンリコース(非遡求)型で、いざとなれば担保である自宅を渡してしまうことで、(仮に資産価値が下がっていても)後の返済義務はなくなるという気楽さもキャッシュ・アウトを促進していると思います。
(注3) 日本経済新聞社NIKKEI NET「景気ウォッチ」(http://rank.nikkei.co.jp/keiki/beikoku2.cfm)参照。非農業部門の雇用者数は2001年1月〜2003年7月の間に257万人減少しました。
(注4) 日本経済新聞2003年8月15日号より。

酒井からのコメント・・・
 今の米国はバブル崩壊とテロの後遺症で行き場を見失っている状況・・・とみることはできないでしょうか?政治的にも経済的にも同じだと思います。大停電や、ウィルスの多発はアラブ系のメディアから犯行声明も出て、テロの可能性が強くなってきており、911のような衝撃はありませんが、将来的にも経済に与える影響は決して小さくないと思われます。また米国大統領選挙もブッシュ再選の流れが少しずつ変化しているようですね(そのためブッシュは必死になって景気に飾り付けをしているようにも見えてしまいます)。一部には、ネオコンがブッシュを見限ったという話もあるようです。いずれにしても、このような時に、米国経済の解説というあまりにマクロなお願いしたのはちょっと無茶だったかもしれません。ただ論理的思考という面をみれば、アメリカは日本より格段に進んだ国です。いざと言うときの危機対応も迅速な国だと思います。混乱期をうまく脱することができれば、回復は早いのかもしれません。となると、問題はやはり日本ということになりそうですね。小泉首相はこの夏休みにドイツを訪問して、日米同盟見直しに対応して独自性を模索しているようですが、中途半端な印象は免れません。そのドイツと言えば、デフレの進行が懸念され、金融機関の破綻もあって、第2の日本といわれています。日本では、聞き飽きてしまったかのような「デフレ」という言葉ですが、リストラの影響が国内には深く浸透し、世界に広がりを見せている今、改めてその意味を確認しておく必要があるような気がします。ここで一度デフレについて整理していただけないでしょうか?
[2003/8/29]


長期金利の上昇について

 6月後半から長期金利が上昇し、長プラや住宅金融公庫金利が大幅に引き上げられることとなりました。金利上昇のきっかけは何か?なぜこれほど大幅な上昇となったのか?そして今後の展開はどうなるか?ポイントを検証してみましょう。

■金利と債券価格の関係
 長期金利の上昇は債券価格の下落を意味します。長期金利とは債券、具体的には10年国債の利回りを言います。10年国債の利率(クーポン)は発行時点で決まり満期まで一定ですが、世の中の金利水準が上がると新しく発行される国債の利率は高くなります。この場合、既に発行された債券を売って新発債を買った方が有利になるので、既発債の価格は下がるのです。
 長期金利は6月中旬に0.43%まで低下した後上昇に転じ、7月初めには1.40%まで約1%も上昇しました。これは銀行が保有している国債を大量に売却したためです。しかし、1%台半ばの金利水準は魅力的なことから再び買いが入り、現在は1%近辺での動きとなっています。それでは、なぜ長期金利が上昇したのでしょうか?

■良い金利上昇と悪い金利上昇
 金利上昇はその理由によって良い金利上昇と悪い金利上昇に分けられます。良い金利上昇は将来の景気回復を見込んだ動きで、金利と株価が同時に上昇します。一方、悪い金利上昇は将来の国の財政破綻を織り込む動きで、金利は上昇(債券価格は下落)しますが、株価や為替は下落します。いわゆる「トリプル安」です。
今回の金利上昇過程では株価が大幅に上昇し、為替は比較的落ち着いた動きをしています。したがって、将来の財政破綻を織り込んだ悪い金利上昇というよりも、景気回復期待による良い金利上昇といえます。また今回の金利上昇は日本だけでなく他の主要国でも同時に発生していますが、その震源地は実は米国です。

■世界同時の金利低下そして上昇
 振り返れば5月から6月半ばにかけて主要国の長期金利は大幅に低下しました。そのきっかけとなったのは4月30日のグリーンスパンの「ディスインフレ警戒」発言です。ディスインフレとはインフレ率の低下です。やや専門的になりますが、経済が安定成長するには2%程度のマイルドなインフレが必要だといわれています。インフレ率の大幅低下はデフレにつながります。企業や家計が過剰債務を抱える米国経済にとってデフレのマイナス影響は計り知れないものがあります。このような背景から、グリーンスパン発言をきっかけにFRBが大幅利下げに踏み切るとの見方が強まり、それに同調して各国中央銀行も一段の金融緩和を行うとの思惑から世界的な金利低下となったのです。
 ところが、6月中旬以降発表になった米国の経済統計には景気回復を示すものが予想外に多く、利下げは0.5%よりも小幅になるとの見方が広がって金利低下にブレーキがかかりました。その後6月25日にFRBが0.25%の利下げをするに至って米国長期金利は大幅上昇に転じたのです。
 日本の債券市場も「世界的デフレ懸念→米国大幅利下げ→日銀による量的緩和政策の長期化→長期金利低下」というシナリオで(債券価格が)上昇してきました。ところが、6月中旬に米国金利の先行きが怪しくなり、4-6月期決算を控えて利益確定のタイミングを計っていた大手行の一角が日本国債に大量の売りを出しました。そして、その動きに他行も追随して日米ほぼ同時での大幅な金利上昇となったのです。

■大幅金利上昇の黒幕
それにしても、なぜ約2週間という短い間に金利が1%も上昇したのでしょうか?これには2つの理由が考えられます。
   (1)市場参加者の特性
   (2)リスク管理の方法
 日本の債券市場を主導しているのは銀行や生保などの金融機関です。彼らは各期の収益目標をクリアするために頻繁に売買を繰り返しますが、基本的にはサラリーマンですので他社の動きを睨みながら横並びで相場を張っています。高値圏にあると思っても同業他社が買っていれば追随しなければならないのです。結果として皆が同じような運用スタンスで売買することになり、相場が下がるときは一斉に売りに回るため、真空地帯を売値だけが切り下がることになるのです。
 また、彼らはバリュー・アット・リスク(VaR)と呼ばれるリスク管理手法を使って投資額をコントロールしています。細かな説明は省略しますが、この手法では債券相場が上昇している(金利が低下している)ときは、リスク額が小さく計算されます。しかし、相場が上昇から下落に転じる際には、債券保有額は変らなくても計算上のリスク額は大きくなるのです。そこでリスクを一定額に減らすため、相場観に関係なく手持ちの債券を売却しなければならなくなります。
 どの金融機関も同じような手法を使っていますので、どの程度まで相場が下がれば売りが出てくるかはある程度予想できます。このロスカット売却を誘い出すため、ヘッジファンドや証券会社の自己売買部門が債券先物などに大量の売りを出すのです。今回は債券先物の売りに株式先物の買いを組み合わせていました。彼らは、銀行から大量の投げ売りが出て相場が下がったところを買い戻して利益を確定させます。まさに仕手戦の世界です。

■今後の金利動向
 今回の金利上昇は景気に対する過度に悲観的な見方の修正、つまり今後の景気回復を見込んだ動きということができます。しかし、景気が回復に向かうとしても、それは外需つまり米国等への輸出増加による一過性の動きに留まる可能性が高いと思われます。こういった状況では企業の資金需要は高まらず、銀行は資金運用難から消去法的に債券に投資せざるを得ないという基本的な資金の流れは変りません。したがって、金融機関は今回の債券相場下落に伴う敗戦処理が終われば再び債券を買い始め、金利は低下に向かうと予想されます。
 政府・日銀は最近の株価上昇や日銀短観の改善を受けて、景気に対する見方を上方修正しています。しかし、この程度の株価上昇では消費マインドを高揚させることはできませんし、日銀短観の改善はイラク戦争やSARS問題といったマイナス要因がなくなったという一過性のものに過ぎません。FPの皆さんには、政府のバイアスがかかったPRを鵜呑みにするのでなく、このあたりのポイントも踏まえた上でお客様への客観的アドバイスをしていただきたいと思います。

酒井からのコメント・・・
 今回の急激な金利上昇は、アメリカの好調な景気指標につられて(?)、日本のサラリーマン機関投資家が横並びで一斉に債券を売った結果という側面があるということですか?なるほど・・・。金融マーケットと言っても日本とアメリカには体質的に大きな違いがあると言うことですね(このあたりはまたいつか教えてください)。金融破綻が日本の国債に飛び火して、金利が一気に反転上昇したという最悪のシナリオではなかったことは、高額の住宅ローンを抱えている私としては、ひと安心です。しかし、現在の金利は一時より落ち着いているとは言うものの、以前よりも高め水準にとどまっていますし、住宅ローンはじめ各種ローンの金利もこれを契機に上昇しているところも多いようです。そもそも、日本が抱える巨額の財政赤字は歴史的に見ても大きな問題ですよね。宮城県北部地震ではありませんが、永遠に現在の超低金利が続くことを前提としないで、経済の仕組みを理解し、マーケットの動きを気にかけながら、ちょっとした変動に敏感になることは、これからのFPとしても、また一般消費者の方にも本当に必要ですね。
 ところで、アメリカに目を転じれば、ご指摘のように、当初の予想を裏切って(?)各種経済指標に明るい兆しが多く見受けられるようです。しかし、失業率は悪化していますし、住宅バブルも気になります。また、イラク戦争の後遺症、特に財政赤字の急激な増大も要注意のような気がします。本当にアメリカ経済は回復基調にあるのでしょうか?何か気になる点、注目しておきたい点などがあれば教えてください。
[2003/8/01]


個人金融資産1400兆円割れ

個人金融資産残高が4年ぶりに1400兆円を割り込みました。日銀が16日発表した資金循環統計によると2003年3月末は1378兆円。不況が長引く中、所得の落ち込みや株価低迷で3年連続の減少となりました。日本経済の構造的要因から今しばらくは個人金融資産の減少が続くことになりそうです。

■個人金融資産って何?
 個人金融資産は、日本銀行が3ヶ月ごとに発表している資金循環統計の「家計の金融資産」のことです。国民一人当たりにすると1081万円、1世帯(2.67人)換算では2886万円となります。これは昨年、金融広報中央委員会が調査した1世帯当たり貯蓄総額1422万円の2倍に相当し、私たちの生活実感からはおよそかけ離れた金額となっています。
 その原因は資金循環統計の集計方法にあります。まず「家計」には「個人事業主」も含みます。さらに金融資産の中に企業年金や国民年金の積立金などが含まれていますが通常、私たちはこれらを自分の金融資産としては認識しません。これらのことから「純粋な個人」が自由に処分できる金融資産は実は700〜800兆円程度まで減ると推定されます。
 なお、資金循環統計は預金や貸出、投資といった金融取引に伴う世の中のお金の流れを表しており、マーケットを読む上で重要な資料です。しかしエクセルシート60数枚に及ぶ膨大なデータですので慣れないとなかなか読みこなせません。そこで今回は統計のポイントを5枚の図表にまとめました。(図表はPDFファイル、別ウィンドウで開きます)

■「貯蓄から投資へ」とは言うけれど…
 2003年3月末の個人金融資産の構成(図表1)は、現預金56%、株式以外の証券(債券、投信、貸付信託など)5%、株式・出資金6%、保険・年金準備金29%となります。個人金融資産残高がほぼ同水準にあった2年半前(2000年9月末)と比較すると、現預金が25兆円増加する一方で、株式以外の証券23兆円、株式・出資金21兆円それぞれ減少しています。これは株式相場の下落や金融不安を反映して、個人が安全資産指向を強めたことによるものです。また昨年4月のペイオフ一部解禁に伴い定期性預金から流動性預金へのシフトも見られます。
 政府は個人マネーを、株式を中心とした証券市場に呼び込もうと躍起になっていますが、実態はそれとは逆に動いているようです。株式相場が下落に転じた1990年末と比較すると、リスク資産である株式・出資金・投信の比率は19%から8%へと11ポイント低下。一方、現預金は46%から56%へと10ポイント上昇しています。今後株式相場が上昇トレンドに転じ、含み益が相当に増えるまで個人マネーが本格的に証券市場に流入するのは難しそうです。
 このところ日経平均は9000円台を回復していますが、これは世界的な金余りを背景に外国人投資家が買っているからで本格的上昇とはいえません。株式市場が本当に求めているのは日本経済をスクラップ・アンド・ビルドするビジョンです。現在は不良債権処理やリストラといったスクラップの動きが先行し、「骨太の方針」といいながらビジョンの中身は官僚機構によって「骨抜き」にされています。政府ビジョンを実効あるものとするには、各省庁の局長以上の幹部は民間から政治任用するといった、欧米諸国で採用されているシステムに変えていくことが不可欠です。

■世の中のお金の流れにどう関係するか?
 つぎに預金や保険・年金準備金として金融機関に預けられた個人金融資産の流れを追いかけてみしょう。図表2図表3は2003年3月末と2000年9月末における「部門別の金融資産・負債残高」を、図表4はその2年半における増減をそれぞれまとめたものです。資金の流れには3つの特徴的変化が見受けられます。

  1. 企業借入の減少
  2. 政府債務の増加
  3. 株式の減少

 企業借入はこの2年半で94兆円の大幅減少となっていますが、その要因としてまず財務リストラの一環としての企業からの積極的返済と銀行による不良債権償却が考えられます。上場企業の有利子負債は昨年度1年間で13兆円の減少。銀行の不良債権処理額は2001年度で約10兆円です。これらを合計して単純に2.5倍すると57兆円ですが、94兆円には大きく及びません。差額のうちの相当額は貸し剥がしによって回収されたと推測されます。
 企業借入が減る一方、政府債務は110兆円の大幅増加です。このうちの72兆円は国債の発行によって主に金融機関から調達しています(図表5)。とりわけ中央銀行(日銀)、国内銀行および保険・年金基金による購入が増えています。このことは私たちの預金や保険が国債暴落にさらされるリスクが高まっていることを意味します。なお、2001年度から郵貯や社会保障基金の資金運用部への預託義務は撤廃されましたが、調達形態が財投債(82兆円)引受に振り替わっただけで、資金の流れはまったく変っていません。財政投融資制度の本当の意味での改革は進んでいないのです。
 企業株式の価値は2年半で149兆円も消失しました。株価は企業の評価であるとともに政府の経済政策の通信簿でもあります。経済失政によっていかに多額の金融資産が失われているか政府は真摯に反省すべきです。それなくして株価の本格的上昇は期待できません。

■個人金融資産の目減りは続く
 資金のフロー・ストック両面から個人金融資産の減少はしばらく続きそうです。フローの要因としてまず貯蓄率の低下があげられます。1998年をピークに勤労者世帯の貯蓄率は低下傾向にあります。これは景気低迷に伴う賃金低下に加え、医療費や年金負担が増加して貯蓄に回す余裕がなくなっているからです。さらに今後は少子高齢化による労働人口の減少も影響してきます。
 ストックの面からは、(1)景気低迷が長引くケース(2)構造改革が進むケースの2通りのシナリオに分けて考えてみました。(1)の場合には、超低金利によって預金利息は増えない上に、株価の低迷によって資産価値が目減りします。他方、(2)の場合には、政治的リーダーシップによって構造改革の明確なビジョンが見えてくると株価は上昇します。しかし100兆円を超えるといわれる財政投融資など公的部門の不良債権を処理するため国民の税負担は増加し、公的年金など福祉は大幅にカットされます。したがって、いずれにしても個人金融資産の目減りはしばらく続くことになります。
 だからといってすぐにあきらめてしまうのは早計です。国がいくら低迷しようとも個人としての人生を形づくろうとする姿勢、つまり人生の半分は国や環境の良し悪しに左右されるが、残りの半分は自己責任で作っていくものだという「市民意識」を、今こそ私たちは古いヨーロッパといわれる国々から学び取る時期に来ているのではないでしょうか。

酒井からのコメント・・・
 最近のマスコミ論調は(いつものことと言えばそうですが)、日本人が悲劇のヒロインのようなセンチメンタルなイメージです。個人の金融資産1400兆円割れは昨年(一昨年でしたっけ?)の対前年比減からわかっていたことで、もっと早く分析すべきことですね(笑)。いずれにしても、この程度のことで大騒ぎする時ではないような気がします。
 ただ5年間を比較すると大きな変化に気がつきます。景気拡大のために膨張した政府債務ですが、その負担で行なわれた公共投資は、結果的に競争力のない企業を温存してしまった。そして競争力を失ったという点では同じ国内の金融機関(金融ビッグバンって一体何だったんでしょう?)は、国債投資に走り、今では民間企業から回収した貸出金までつぎ込む形となってしまった。その結果、温存された企業の大整理が始まった・・という状態と考えてよいのでしょうか?経済政策の難しさを実感します。
 ところで、日本から撤退する外資系金融機関も増えてきました。「日本のマーケットに魅力がなくなった」という撤退理由が、最近、「本社の財務内容が悪化した」というコメントに変化してきたような気がします。国内だけでなく、世界の金融の流れの変化にも注意を払う時ですね。
 最近気になるもうひとつの点といえば、やはり長期金利です。6月には2度急上昇しました。欧米は日本の後を追う形で金利引下げに走っていますが、先を行く日本は逆に金利上昇となる可能性は否定できないと思います。今後、金利が上がってゆく可能性はあるのか?あるとすればどのような点に注目すればよいのか?という点について次回はコメントをいただけないでしょうか?
(次回のレポートは、作者の意向・経済情勢の変化等により変更する場合があります。ご了承下さい。)
[2003/6/28]


日銀のバランスシート膨張がマーケットに与える影響は?

 5月27日、日銀は2002年度決算を発表しました。総資産残高は141兆円となり、4年連続で過去最高を更新。その影響で、財務内容の健全性を示す自己資本比率は23年ぶりに8%を割り込みました。今後も景気回復の目処が立つまでバランスシートの膨張は続きそうです。それが今後のマーケットにどんな影響を与えるか?ポイントを整理しました。

■日銀のバランスシート(資産・負債)の特徴は?
 日銀のバランスシートの中身は一般企業と少し違います。一般企業の負債は主に借入金ですが、日銀の場合は日銀券、つまりわたしたちが使っている紙幣です。また、日銀の資産は、大半が国債や手形、外国為替(ドル等)といった金融資産です。したがって、日銀は、紙幣を印刷して無コストで資金を調達し、それを金融資産で運用して利益を上げているといえます。
 ところで、企業が金融機関からお金を借りるには、返済が出来るという裏付け(信用力や担保)が必要です。では日銀券の裏付けは何でしょう?金本位制の時代には、日銀の窓口で紙幣と金を交換してくれました。しかし、管理通貨制度の時代には目に見える担保はありません。日銀の信用力が唯一の裏付けなのです。
 日銀の信用力を測る尺度のひとつが自己資本比率です。この比率は、日銀券発行残高に対する自己資本(資本金・準備金・利益等)の割合として計算されます。日銀の会計規定では、この比率が概ね8%〜12%の範囲となるよう運営すると定められています。これは、日銀券の発行残高を自己資本の8.3倍〜12.5倍の範囲にコントロールするという意味です。

■バランスシート膨張と自己資本比率低下の原因は?
 ところが、2002年度はバランスシートの膨張に自己資本の積み増しが追いつかず、自己資本比率は7.62%と、健全性の目安である8%を割り込んでしまいました。これは、量的緩和政策を進めた結果、買いオペによって国債の購入額が増加し、日銀券発行残高が前年比12%と大きく伸びたことが背景にあります。金融緩和策で日銀はもっと積極的に動くべきだといわれますが、簡単に見れば、積極的に国債を購入する→日銀券を大量に発行する→日銀の財務内容の悪化とつながるわけです。
 バランスシートの膨張は、2つの理由から今後も続きそうです。まず、りそな銀行が国有化されたように、銀行は依然として資金調達に不安を抱えています。したがって、取り付けなどの金融危機が起きないよう、日銀は潤沢に資金を供給する必要があります。さらに、世の中のお金の流れ(マネー・サプライ)が停滞しているため、ABS(資産担保証券)購入といった新たな形での資金供給も拡大します。その結果、日銀券は増加し、自己資本比率はさらに低下するでしょう。

■バランスシート膨張はハイパーインフレを招くか?
 このままバランスシートの膨張が続くと経済にどんな影響が出るのでしょうか?第二次大戦前後には、日銀引受による国債発行によって日銀券が無軌道に増刷されました。その結果、1935年の卸売物価を基準とすると、終戦時には3.5倍、1949年には208倍というハイパー・インフレが発生しました。
 これは極端な例としても、このままバランスシート膨張・日銀券増加が続けば、いつかの時点で「日銀に対する信認低下→円相場の暴落→外貨への逃避→ハイパー・インフレ」というシナリオが現実味を帯び、それを先取りする形で円相場の急落が起こりかねません。福井日銀総裁も3月25日の参院財政金融委員会で「望ましい将来の姿と対比すると、経済実態に対して日銀のバランスシートは膨れ過ぎている」と警戒感を示しています。

■日銀の信用度をチェックするポイントは何か?
 では、ハイパー・インフレの予兆をどうすれば察知できるのでしょうか?自己資本比率以外に想定されるポイントを3つ挙げておきましょう。

  1. 日銀の国債購入額
  2. 日銀の株価
  3. 政策の一貫性と政策決定の透明性

 まず、日銀の国債購入額は、日銀券の発行残高がその上限となっています。政府は国債消化を促進するため上限の撤廃を求めていますが、日銀はこれを拒否しています。もし撤廃されれば無軌道な国債発行・日銀券増刷の第一歩となるからです。
 つぎに日銀の株価ですが、これは店頭公開されていますので、新聞やネット上で毎日確認できます。現在は5万円程度と、バブル期の約15分の1の水準です。今後、日銀の株価と円相場が同時に急落するようなことがあれば要注意です。
 最後に日銀の政策面について。日銀法で「(日銀は)意思決定の内容および過程を国民に明らかにするよう努めなければならない」と、その説明責任を定めています。日銀が新たな政策決定を行った場合に、従来のスタンスと矛盾しないか、論理の一貫性はあるかなどをチェックする必要があります。政治的圧力に屈して納得できる説明がされなくなったときは要注意です。
 日銀の財務内容は「円」の価値に直接影響します。マスコミで書かれるように、日銀券をどんどん増刷して量的緩和を進めればよいというものでは決してありません。日本再生のために新たな金融システムをいかに作り上げるかという観点から、日銀にはより効率性の高い政策が望まれるといえるでしょう。

[2003/6/01]

日本銀行の平成14年度業務概況書は下記に掲載されています。
http://www.boj.or.jp/about/03/act03_f.htm



りそなグループの国有化について

 5月17日、政府はりそなグループに公的資金を注入し、実質的に国有化することを決定しました。そこで、りそなが公的資金を申請した経緯と今後の影響についてポイントを整理してみました。

■なぜ公的資金を申請しなければならなくなったのか?
 昨年秋に政府が金融再生プログラムを発表し、大手行に不良債権処理の加速を迫りました。これにより2003年3月期決算の赤字が拡大。ただ当初、りそなの経営陣は、国内で営業する銀行に義務付けられている自己資本比率4%以上はクリアできると踏んでいたようです。
 ところが、5月に入って監査法人から自己資本の水増しを指摘されました。自己資本比率4%割れの事実が5月26日の決算発表で明らかになれば、りそなに対する預金の取り付け騒ぎが起こり、経営が破綻してしまいます。そのため、りそなの経営陣は自らが退陣する代わりに国に救済を求め、国有化によって銀行の生き残りを図ったのです。
 自己資本の算定については、税効果資本(繰延税金資産)の評価がポイントとなりました。税効果資本は将来の収益予想に基づいて計算されますが、りそなが、あまりに現実離れした収益予想に基づいて過大な税効果資本を計上(自己資本を水増し)しようとしていたため、監査法人がこれを承認しなかったのです。

■預金者への影響はあるか?
 今回の国有化は実質的な経営破たんといえます。したがって、原則として定期預金はペイオフの対象となるはずです。しかし、りそなにペイオフを適用すれば、他の大手行にも取り付け騒ぎが発生しかねません。そこで、政府は預金保険法の特別規定(102条)を初めて適用し、定期預金を含めて、預金は全額保護されることになりました。さらに、日銀も特別融資を行い、りそなの資金繰りを全面的にバックアップします。したがって、預金者への影響はありません。
 この特別規定は、金融危機の恐れがある場合に適用されるもので、大手行や地銀の上位行の破綻を想定しています。1997年に拓銀が破綻したときはペイオフ解禁前でしたが、それでも北海道経済が目茶苦茶になったことが教訓になっています。これから、大手行が破綻した場合には今回と同様の対応がとられることになるでしょう。

■投入される公的資金はどうなるか?
 今回、株式として投入される公的資金は約2兆円に上るといわれていますが、これはわれわれ国民の税金です。りそなが思い切ったリストラや新たなビジネスプランを実行して、収益が回復すれば、政府が保有する株式の価値は高まり、それを第三者に売却するか、りそなが自社株買いに応じるかのいずれかによって政府は公的資金を回収できます。
 しかし、りそなの収益力が思ったほどに回復しなければ、最終的にはりそなグループの傘下にある銀行を売却・整理(つまりグループを解体)することになります。この場合には、公的資金は一部しか回収できず、不足分は国の赤字(国民負担)になります。

■他の大手行は大丈夫か?
 大手行の中で、りそなの経営体力がとりわけ弱かったことは事実です。しかし、今後も高水準の不良債権処理が続けば、他の大手行もいずれりそなと同じ運命を辿る可能性があります。
 それにしても"りそな"という意味不明の名前を使うこと事態に経営センスの無さを感じます。銀行の名前はブランドであり、"大和"という名前を残すべきだったと思います。ただ、これはりそなに限らず、みずほやUFJにも言えることですが…。アメリカの銀行では、合併された銀行のブランド価値が高ければ、それを新しい銀行名にすることは当たり前のことです。合併行の行内融和といった漠然とした理由から、合理的な経営判断ができないようでは国有化されても仕方ないのかもしれません。

[2003/5/18]


日銀によるABS購入のポイントと問題点

4月8日、日銀は中小企業のABS(資産担保証券)を買いオペの対象にすると発表。その目標は企業金融の円滑化と金融緩和効果の強化。新しい制度の内容は?クリアすべき問題点は?

■ABSとは何か?
 ABSはAsset Backed Securityの略で、日本語で資産担保証券。小口資産(アセット)を集めてパッケージにし、その元利払いを裏付け(バック)にして、債券(セキュリティ)を発行する。住宅ローンやリース債権の流動化に広く利用されているスキームです。国債など、いわゆるストレート・ボンドとの違いは下表の通り。

(表)国債と住宅ローン債権を担保とするABSの違い
国債住宅ローン債権を担保とするABS
発行体SPC(特別目的会社)
実際の債務者住宅ローンの債務者
信用度の基準国の格付住宅ローンポートフォリオの格付
(元利金の返済順位に応じた優先劣後構造となる)

 ABSを組成する流れは、まず銀行や証券がSPC(特別目的会社)を設立。SPCが住宅ローン債権を購入。それを担保にABSを発行し投資家に販売。となります。名目上の発行体はSPCですが、住宅ローンの元利金返済資金が、証券の元利金として、そのまま証券保有者に支払われる(パススルー)形態となっています。
 また、ABSは元利払いの優先度が高い順に、シニア(優先)、メザニン(中位)、エクイティ(劣後)の3つの層に分かれます。もし住宅ローンが焦げ付くと、エクイティやメザニンが損失のクッションとなってシニアを守ります。発行利回りが最も低いのは当然シニアです。
 一般に、個別の住宅ローン債権をそのまま売却しようとすると、買い手を探し、条件交渉を行い、法的要件を完備し――と何かと手間がかかります。そこで、ABSという証券化の仕組みを利用することで取引コストを削減し、スムーズな換金が可能になるのです。

■中小企業のABSを買い取る目的
 今回、日銀が買入対象とするのは、中堅・中小企業(中小企業等)の売掛債権等を裏付けにしたABSです。銀行は売掛債権等を担保に中小企業等に融資し、その担保を裏付けにABSを組成して、日銀に売却する。最終的に日銀が買い取ってくれるとなれば、銀行は自己資本比率を気にせずに、中小企業への貸出を積極化する。日銀がいう「企業金融の安定化」は、短期的にはこういう意味でしょう。
 従来、日銀が「買い切り」オペの対象としていたのは国債のみ(注1)。今回初めて、民間債務商品まで踏み込むことになります。購入対象はシニアとメザニン部分ですが、具体的スキームの決定は次回の金融政策決定会合(5月19、20日)以降です。
 なお、日銀には、これをきっかけにABSの市場育成を図り、金融システムの機能強化につなげよう、という長期ビジョンがあります。「企業向けの貸出金利は3%前後に集中しており、5%から15%以下が少ない。担保がない企業はノンバンクから年15%を超えるような高金利で調達しなければならない」(注2)というのが現状です。無担保でも「5%〜15%の金利ゾーン」での融資が受けられるような市場整備が求められており、今回の政策はその一環です。

(注1) 日銀による株式の買い取りは日銀法43条に基づき、信用秩序(金融システム)を維持するために例外的に行うもの。同33条に定める通常業務(つまり金融政策)ではない。
(注2) 日本経済新聞2003年2月4日付記事

■クリアすべき問題点
 ただ、当面は制度上の問題から、日銀の思惑通りはいかないでしょう。買取対象は、(1)債務者区分(注3)が「正常先」である中小企業等、が保有する債権で、かつ(2)ABSの格付がBBB(トリプルB)以上に限定される予定です。「正常先」に限るのは、「将来性を失った企業まで救いの手を差し伸べるやり方は、資源再配分を有効に進める趣旨から明らかに逆行する」(注4)という合理的判断からです。
 問題は格付基準です。現在の市場環境でもトリプルB以上の販売は容易です。したがって、いくらでも買い手がいる部分を日銀が買っても効果はありません。市場の拡大を促し、中小企業の資金繰りを改善しようと思えば、ダブルB以下まで基準を緩和する必要があります。
 しかし、買取対象を広げすぎると信用度の低いものまで購入することになり、どこかで企業がバタバタ倒れると、日銀は大きな不良債権を抱えてしまうのです。すると、日銀への信認低下→円の暴落→ハイパー・インフレ→経済破綻というシナリオが現実味を帯びてきます。
 結論として、このままでは経済効果が期待できない。かといって、基準を緩めることもできないのです。これを解決するには、ABSに公的保証――たとえば都道府県の信用保証協会の保証――を付けることによって、信用補完する新たな仕組みが必要になります。ただし、これは金融政策ではなく財政政策の課題。サイは日銀から政府サイドに、再び投げられたのです。

(注3) 銀行は貸出先の財務・経営状況に応じて、債務者を次の5つの区分に分類する。信用度が高い順に「正常先」、「要注意先」、「破綻懸念先」、「実質破綻先」、「破綻先」。
(注4) 福井俊彦富士通総研理事長(現日銀総裁)の第二地方銀行協会機関紙「リージョナル・バンキング」2003年1月号掲載論文
[2003/4/16]


「長期保有で株式は債券より有利」とはもう言えない

株式市場は運用期間が長くなるほどリスクが低下し、債券を上回るリターンが期待できる。これがいわゆる「長期保有」の効果。しかし、この常識はもう通用しない。「長期保有」に期待できるリターンは低下する。「長期保有」から「長期投資」へ運用スタイルを変えよう。

■長期保有とは
 20年〜30年のスパンでインデックス・ファンドなど株式市場全体の動きを反映する商品を保有すると、結果的に高いリターンが得られるというのが「長期保有」の考え方です。実際、株式はこれまで債券をはるかに上回る14.5%という高いリターンを生み出してきました(注1)
 ただ、この実績は戦後の高度成長によってかさ上げされています。低成長へ移行した現在では2桁のリターンはとても望めません。では皆さんは株式にどれくらいのリターンを期待しますか?――運用業界のコンセンサスは8%です。なぜ8%なのでしょう?

(注1)日本における1952年〜1998年(46年間)のリターン(年平均利回り、複利)
名目リターンaインフレ率b実質リターンa-b
株式14.5%4.3%10.2%
債券6.8%4.3%2.5%
預金5.1%4.3%0.8%
(資料)(財)日本証券経済研究所

■8%が意識されるようになった経緯
 実は8%という期待リターンは米国から輸入されたものです。日本やドイツは戦争によって資本価値を完全に喪失したため、継続性のある長期データがありません。一方、米国は20世紀以降、本土で戦争も革命も経験せず、経済大国で唯一、平常時の長期データを有しています。
 過去75年の米国株式の平均リターンは、インフレを調整した実質ベースで7.9%です(注2)。80年代以降先進国の株式市場は一貫して好調を維持し、運用業界の人々は毎年のようにこれくらいのリターンを目にしてきました。その経験が彼らの意識の奥にセットされ、いつのまにか8%という数字が一人歩きするようになったのです。

(注2)米国における過去75年間のリターン(年平均利回り、複利)
名目リターンaインフレ率b実質リターンa-b
株式11.0%3.1%7.9%
債券5.3%3.1%2.2%
預金3.8%3.1%0.7%
(資料)Ibbotson Associates年次データ(2002)

■「これからも8%が達成できる」という根拠はない
 しかし、8%というリターンは過去実績にすぎず、それが将来も期待できるというのは単なる思い込みに過ぎません。今までは、それに対する確固とした反証が行われなかっただけなのです。
米国の株式市場は1982年8月を起点として長期の上昇局面に入りました。しかし、それ以前はベトナム戦争が泥沼化した60年代後半以降10年以上にわたって低迷が続き、1979年8月にはビジネス・ウィーク誌が「株式の死」と題する特集記事を掲載したほどです。歴史は、いつでも8%が期待できる訳ではないということを証明しています。では今後、株式にはどの程度のリターンが期待できるのでしょうか?

■株式の期待リターンを予測する新しい考え方
 結論から言うと、株式は債券と同程度かそれを若干上回る程度のリターンしか期待できなくなりそうです。もちろん市場参加者の多くは悲観と楽観の間で大きく揺れ動くため、その波に上手く乗ればもっと高いリターンを上げられるはずです。しかし、株式を長期保有(バイ・アンド・ホールド)する場合には、従来の8%ではなく、この半分程度しか期待できないというのが新しい考え方です(注3)
 その提唱者であるArnottとBernsteinは、株式のリターンを、(1)インフレ率、(2)配当利回り(注4)、(3)一人当たり実質GDP(注5)、(4)バリュエーションの変化(注6)という4つの要因で説明しています。このうち、バリュエーションはPER(株価収益率)のことで、これは市場センチメント (強気、弱気) によって一時的に変動しますが、やがては平均的水準に回帰すると期待されるので、長期予測では無視します。

(注3)米ファースト・クォードランド社会長Robert D. Arnottとピーター・バーンスタイン社社長Peter L. Bernsteinの論文「What risk premium is "normal"」でこの考え方が提唱され、米Financial Analysts Journal誌2002年3〜4月号に掲載された。
(注4)配当利回り=一株当たり配当金÷株価
(注5)一人当たり実質GDP=実質GDP−人口増加率。これは生産性上昇率、つまり経済の豊かさを表す指標。ただし、実際の株式リターンの計算では、一人当たり実質GDPから0.5%程度を差し引した値が適用される。
(注6)バリュエーション(PER、株価収益率)=株価÷一株当たり利益

■新しい考え方を日本に当てはめてみると
 日本株式の平均的リターンをこの新しい考え方で推計すると、名目ベース(インフレ率1%と仮定)で3.5%〜4.0%となります。なぜ8%ではなく4%なのか?――ここでは、まず過去のリターンを構成要因別に分解し(注7)、次に個々の要因の期待値をイメージして、最後にそれらを積み上げるという順番で考えてみましょう。

(注7)過去の株式リターン14.5%を構成する要因
インフレ率4.3%
配当利回り2.8%
一人当たり実質GDP4.8%
バリュエーションの変化2.6%

 予測の前提として、まずバリュエーション変化の影響は(前述の理由で)ゼロとします。インフレ率は経常収支等マクロ要因を考慮して1%に設定します。
 配当利回りの過去の平均値は2.8%ですが、そのトレンドは戦後一貫して低下し、最近やっと1%近辺に落ち着いてきました。概して日本企業は株主への利益還元意識が低く、配当は硬直的です。しかし今後は直接金融のウェイトが高まるなかで、企業も株主重視の姿勢を強め、配当利回りは次第に上昇するでしょう。
 一人当たり実質GDPは生産性の指標です。株式のリターン計算ではこの予想値そのものでなく、そこから約0.5%を差し引いた値を使います。この調整は、未上場で成長途上にある企業が、国全体の生産性に寄与する度合を考慮したものです。日本の上場企業は2000年末現在2,595社ですが、その54%にあたる1,390社はこの30年間に新規上場した会社です。しかも、企業が最も高い成長を遂げるのは上場前であり、これは株式市場のパフォーマンスには反映されません。
 以上により、実質GDP成長率1.5%、人口増加率△0.5%、配当利回り1.5%という前提をおくと、株式の期待名目リターン4.0%が導かれるのです(注8)

(注8)株式の期待リターンの計算式
一人当たり実質GDP= 実質GDP成長率1.5%−人口増加率△0.5%
= 2.0%
期待実質リターン= 一人当たり実質GDP2.0%−未上場企業寄与0.5%+配当利回り1.5%
= 3.0%
期待名目リターン= 期待実質リターン3.0%+インフレ率1.0%
= 4.0%

■長期保有から長期投資へ
 今後の株式投資を考える上で、もう一つ重要なポイントは株式と債券のリターン格差(リスク・プレミアム)です。国債のリターンは、長期的に「実質GDP成長率+インフレ率」に収束すると期待されることから2.5%(=1.5%+1.0%)と計算されます。4.0%からこれを差し引いた1.5%が株式のリスク・プレミアムとなります。
 株式と債券では価格変動リスクが大きく異なることから、この程度のリスク・プレミアムでは割に合わない。よほど冒険好きな人以外はこう思うはずです。ドルコスト平均法でインデックス・ファンドを定期購入し、それを長期間保有するという運用がうまくいく確率は、これからは極めて低くなるでしょう。
 今後は「長期保有」に代わり、景気変動の波を巧みにとらえながら資産構成をダイナミックに変えていく、「長期投資」の運用スタイルが主流となるでしょう。ただ、個人投資家が自分の判断でこの運用を行うことは非常に困難です。したがって、「長期投資」の運用スタイルを貫くファンド(投信)を選択することがこれからますます重要となります。

[2003/4/12]


株価がバブル後最安値を更新するなかで思うこと
平均株価がバブル後最安値を更新。なぜ経済の低迷が続くのか?どうすれば閉塞状態を打破できるか?日本再生の一つのシナリオを考える。

将来のシナリオを描くには
 相場に限らず会社の経営計画を策定する場合も、世の中がこれからどのように変化していくか幾通りものシナリオを立てるはずです。さらにいまの時代には個人レベルのライフプランでもシナリオ・アプローチなしには成り立たなくなっています。株価が最安値を更新するなかで将来に対して漠然と悲観的になるのでなく、日本はどうすれば再生するか?その過程で自分は何をすべきか?今一度考えてみても無駄ではないはずです。
 ただ、将来シナリオを作るといっても限られた経験と知識のなかでは過去からの延長線上で発想しがちです。ここで求められるのはゼロベースの発想であり、そのためには思考をストレッチしてグローバルな視座から日本を眺めるとともに大きな時代の流れに身を置いて発想することが必要です。
 以下、現状分析を踏まえて、いくつか予想される将来の日本の姿から一つのシナリオに思いを馳せると…。

「迷いの森」の中の日本
 いまの日本はデカルトの例え話に登場する「森の中をさまよう旅人」です。あれこれ彷徨った挙句に出口が見えず半分あきらめかけている…。ではどうして森の中に迷い込んだのか?
 日本は戦後、経済を復興させるという明確なミッション(自らが挑戦すべき目標)があり、それを実現するためにみんなで足並みを揃えて同じ方向を向いて走ってきた。しかし、高度成長を達成し低成長へ移行する過程で次なるミッションを見失ってしまった。
 さらに、産業・経済面で欧米諸国の「いいとこ取り」を続けているうち、ものごとの価値を測るモノサシが曖昧になり、「世間がいいということ」が「自分にとってもいいこと」という価値観になってしまった。そのため「自分はこうなりたい」という明確なミッションがなく、あったとしてもそれを実行に移せない。では海外はどうか?

欧米人の価値観
 ものごとの価値を測るモノサシはヨーロッパとアメリカではずいぶん異なるようです。以下、今北純一氏の著作「ミッション」から引用すると…

ヨーロッパでは知的エリートが社会の尊敬を集めるのに対し、アメリカでは社会的な地位とか個人的な富裕度、つまり金持度が評価されこれが世間の格付けにつながる。………「サクセス」という点でヨーロッパがアメリカと大きく異なるのは、ヨーロッパには金銭的成功と切り離された「サクセス」もありうるという点だ。………自分のモノサシが他人のモノサシとちがっているのは当然のことだとする考えがヨーロッパにはあるから、自分が信念と情熱を持って追いかけているものをひとつ持っていれば、それが金銭的成功に結びつかなくても、ヨーロッパでは一目置かれ個人として対等な付き合いができる。

どうやらグローバル化時代に日本が参考とすべきは、アメリカン・ドリームを生み出す米国流のプラグマティズムではなく、ヨーロッパ流の多様性ではないでしょうか?

グローバル化で重要になる差別化
 いま経済のグローバル化で企業間競争はますます激化しています。しかし、それと同時に情報化と輸送コスト低下によって一企業がカバーできるマーケットは飛躍的に拡大しています。これは表現を変えるとごく僅かのシェアを取るだけで十分採算が取れるようになるということ。
 この僅かな市場に特化するのが差別化戦略で、ターゲットを絞り込んでそこに特化した商品やサービスを提供する。ちょっと目先を変えることで価格競争に巻き込まれないようにする。ターゲット層のニーズがはっきりしているだけ商売は難しくないといえます。しかも、ニッチ市場にはそれほど大きな需要がないため大手が参入する脅威は少なく、安定した市場が維持できることが多いのです。
 中国、韓国、東南アジア諸国が成長して、次々に良い製品をつくると日本国内が空洞化していくという議論がありますが、これはあまりに後向きな発想です。近隣諸国が経済力をつけるということはこれら諸国の消費市場が成熟化し、それだけ差別化戦略が取りやすくなるということ。
 横並びの発想でビジネスをするから価格競争のなかで立ち行かなくなる。要はヒトとは違う発想で差別化しマーケットを先取りする。そのために自分なりの価値観と哲学を持つ。ヴァーチャルな相場の世界もリアルなビジネスの世界も基本は同じ。

多様性が日本を変える
 今後、差別化競争によって日本の産業構造が多様化すれば、海外から見ても日本経済は魅力あるものになるはずです。これは例えば、似たような品揃えのファミリーレストランがいくつも並んでいるより、違ったタイプのレストランが並んでいたほうが消費者の選択の幅が広がる。先週は焼肉屋に行ったから今週はそば屋にしようかという具合に、様々な店舗の集積をはかることによって、それぞれの店は競争しつつ全体として集客力がアップするということ。国家レベルも同様。
 ここで重要になるのが「地域が企業を育てる」という発想。かつては企業城下町というように大企業誘致によって町が成長した。しかし、これからは小さな企業が差別化し多様性を発揮できるよう地域がサポートしていく。行政や金融機関の役割も自ずと変化する。――こんな日本になったら結構おもしろいと思うのですが…。

シナリオを描くことで新たな発見がある
 なお、思い描いたシナリオが実現するとは限りません。むしろそうならないケースがほとんどでしょう。しかし、何もないところから新しいことを発想するのは非常に難しい。一方、何かたたき台があれば、それをベースにして新たなイメージが広がり、やがては斬新なアイデアにつながる。
 まずは自分なりのシナリオをつくってみましょう。そして新しい情報を織り込んでそれをアップデートする。最初はなかなか上手くいかない。でも試行錯誤を繰り返すうちにすべてのことが一つにつながる瞬間がある。このひらめきを大切にすることによってマーケット感覚が磨かれるはずです。

[2003/3/14]


日銀人事がマーケットに与える影響は?
2月24日夕刻、日銀総裁と副総裁の人事が確定。本命の福井氏が総裁に。
前財務次官の副総裁起用で、財務省は影響力の健在ぶりを証明。

 新総裁となる福井俊彦氏はかつて国家公務員上級職試験にトップ合格しながら、それを蹴って日銀に入行した逸話から若くして日銀のプリンスと呼ばれ、中央銀行家としての専門性と見識を十分備えた人物です。
 今回の人事に至る過程では、民間の有識者を総裁にという動きもありましたが、グリーンスパンが投資顧問会社の出身であるように、中央銀行総裁はマーケットのプロでなければ務まりにくい仕事なのです。その意味で落ち着くべきところに納まったといえるでしょう。

 注目のインフレ目標政策については、福井氏は以前から――「資源をあるべき方向に導く河川を用意しないまま、インフレマネーを注ぎ込めばどうなるか。洪水の結果として、いかに経済がゆがみ、不健全になるか、歴史が証明している」(日経金融新聞2001.2.20)――と否定的見解を示していました。先日のインタビューでも、この政策は決して"魔法の杖ではない"と切り捨てており、日銀が無謀な政策転換をすることは当面なくなったといえます。

 今後も政府は自らの無策を棚に上げて、デフレの責任を日銀に押し付けようとするはずです。しかし、日銀がいくらお金を供給しても、企業に前向きの資金需要が生まれなければ、銀行の手元にお金が滞留するだけでデフレ解消にはつながりません。悲しいかな誰が総裁になっても日銀の力だけでデフレを止めることは出来ないのです。だから新総裁にとって、「日銀にできるのはどこどこまでで、そこから先は政府の責任」と世の中に真摯に説明し、世論を味方に引き入れることも地味ですが重要な役割なのです。マスコミもこの辺のことをもっと理解した上で報道してほしいものですが…!

 今回の人事のサプライズは、何といっても前財務次官だった武藤敏郎氏が5年後の総裁就任含みで日銀に乗り込むことです。彼は財務省主流派で、インフレ目標政策については長期金利の上昇を招き、国債発行にかかる負担が重くなるとその導入に否定的です。ただ、財政政策の円滑な運営を図るため日銀が国債の購入を増やすことには積極的で、この人事で財務省は大きな財布を手に入れ、今後10年にわたり国債消化の不安がなくなった――つまり財務省が日銀を乗っ取った――との声もあります。将来、金融政策が同省の意向によってねじ曲げられてゆくことが懸念されます。

 もう一人の副総裁である岩田一政氏は竹中大臣に近くインフレ目標政策に前向きですが、今のところ政策決定への影響力は小さいといえます。人事発表後、マーケットで円高・金利低下が進んだのものこのあたりの力関係を織り込んでいるからでしょう。彼の発言力が拡大しないことを願ってやみません!

 今後、国債の安定消化に向けて財務省と日銀の連携が強まることから、金利が上昇に転じる時期はやや先送りされた観があります。しかし、これにより将来の金利上昇エネルギーはさらにマーケットに蓄積されることとなります。金利が暴れ出す前に日本経済の新たな道筋をつけて欲しいところですが…。規制緩和を小出しにする政府にはもう少し株価が下がらないと危機感が生まれないのでしょうか?

[2003/2/28]


個人向け国債と債券マーケット
個人向け国債の募集が2月3日から全国の銀行や郵便局、証券会社の窓口でスタート。大半の金融機関が初日で完売。それに気を好くした財務省は次回発行分――3月12日販売開始――の積増しを検討。

 初回発行分の利率は超低金利を反映して0.09%という低さですが、「6ヶ月ごとの利率見直しで発行1年後から額面で買取りOK」つまり実質元本保証であることがリスクを嫌う投資家のニーズにうまくフィットしたようです。
 財務省は国債のイメージアップ、保有者層多様化の切り札と位置付けており、変動金利であることから金利上昇にも強く、金融商品ポートフォリオのコア商品に成長することが期待されます。FPの方は財務省「個人向け国債のご案内」で商品内容をしっかり押さえておきましょう。

 では個人向け国債はどれくらいのマーケットに成長するか?
 日本では戦時国債が戦後のハイパーインフレで紙屑同然になった歴史的背景から個人の国債保有は他の先進国を大きく下回る――国債発行残高に対する個人の国債保有比率は米国8.1%に対し日本2.6%。また米国では個人が保有する国債の3分の1が貯蓄国債(日本の個人向け国債に相当する商品)――という現実があります。
 日本における個人の国債保有額は現在13兆円。保有比率が米国並に上昇すると40兆円で差引27兆円の新規需要!このうち3分の1を個人向け国債とするとその市場規模はざっと9兆円となります。ただし日本の場合、銀行や保険を通して個人が国債を間接保有する比率が高く、この点を割り引いて考える必要があります。

 では個人向け国債は今後の国債消化にどれくらい貢献するか?
 昨年12月に財務省が発表した2003年度の国債発行予定額は総額141兆円。そのなかで今後のマーケットを読む上で重要な意味を持つのは新規発行額の36兆円という数字です。――財務省「国債発行計画」参照。
 新規発行額は簡単にいうと1年間に国債残高がそれだけ増えるということ。政府の経済財政諮問会議が1月に発表した中期財政展望の改定案では2004年度以降3年間の新規発行額が毎年約40兆円。つまり国債の残高は毎年40兆円ずつ増えていくことになります。
 金融機関の資金の流れをみると、貸出金が年間約15兆円減少。預金は逆に20兆円近く増加。差引35兆円が国債を中心とした有価証券に向かう。さらに生損保や投信、日銀の買いオペも加算すると、年間40兆円程度の消化は資金フロー面から当面問題ないといえます。
 しかし、10年国債利回りが1%を割り込む超低金利下、銀行を中心とした機関投資家が国債をどんどん増やすことは、予想リターンに比べリスクが大きく、だんだん期待できなくなりそうです。
 平成15年度の個人向け国債の発行予定額は1兆2千億円。この市場が仮に今後順調に拡大していっても、国債全体の発行規模からみれば焼け石に水。いずれは日銀の国債購入拡大等新たな対応が必要となります。

 今、債券市場では来月で任期切れとなる速水日銀総裁の後任人事に絡みインフレ・ターゲット政策の動向が注目されています。竹中大臣や財務省のみならずFinancial Timesなど海外の著名なメディアの一部もこの政策を支持しています。しかし、日銀の国債引受→無制限な国債発行→インフレ発生という政策は大きなリスクを孕んでいます。未曾有の国債残高がある状況でひとたび調整インフレを起こすと、再度インフレを封じ込めることは至難の業となります。したがってインフレ・ターゲット政策導入が決定されると、投機筋を中心とした日本売りによって円急落、金利急上昇、株価急落のトリプル安が発生することになるでしょう。2月3日の為替市場で「次期日銀総裁に中原伸之氏が指名される」との報道――後に否定された――が流れた途端に円相場が1円ほど急落したのはその前兆と考えられます。グリーンスパンは望むべくもありませんが、中央銀行家としての良識と良心ならびに金融政策についての高度の専門性を基準として新総裁が選出されることを期待したいところです。

[2003/2/11]
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