F&Aレポート
組織を強くする〜エバンジェリスト(伝道師)を育成する
「エバンジェリスト」とは、本来キリスト教における伝道者のことをいいます。
IT業界ではエンジニアや開発者出身のエバンジェリストが活躍し、新技術やサービスの特徴をわかりやすく伝える役目を担っています。IT業界以外でも、自社のサービスやノウハウなどを、顧客やビジネスパートナーにわかりやすく情報提供できる人が必要とされます。
「相手にわかりやすく伝える」ことの重要性と難しさが説かれている「組織を強くする技術の伝え方 畑村洋太郎著」は、団塊世代の大量退職「2007年問題」のために書かれた2006年に出版された本ですが、そのエッセンスは、上司から部下へ、親から子へ。「伝えることに悩む人たち」のすべてのコミュニケーションに通じるものです。
1.相手が受け取れる形で伝える
たとえば、あなたがラブレターを書くとき、『あなたのことが好きで好きでたまらない』というように自分の思いを感情に任せて綴った手紙を送ったとします。このような手紙をもらって喜んでくれるのは、最初からこちらのことを好きだと思ってくれている相手だけでしょう。好きでも嫌いでもない人からこのような手紙をもらったら、たいていの人はむしろ『やたらと押し付けがましい』といった悪い印象を持つのではないでしょうか。
もしもこのとき、相手が自分でも一番好ましいと思っている部分を評価し、その上で『あなたのそういうところが好きです』という風に書いたとします。もちろん、それだけで相手もあなたのことを好きになってくれるとは限りません。しかし、自分の良いところを見てくれていることがわかれば、少なくとも相手はラブレターの文面は好意的に受け入れてくれるでしょう。少なくとも前者の例よりも、うまくいく可能性は高いでしょう。
つまり、技術を伝える、自分の意志や感情を伝えるときも、まったく同じです。相手が受け取ってくれない形のままで伝えることをやってもダメで、相手が受け取ってくれる形に再構築しないと伝わらないのです。
2.「目利き」「語り部」を社内で育成する
会社の中には、時々生き字引のような存在の人がいます。たとえば、仕事の中で過去に起こったまずかったことを記憶していて、まずくなりそうなことをほとんど直観的に一発で見抜く人。そうかと思えば、同様の出来事をよく記憶していて、その都度必要なことを話してくれる人がいます。前者を「目利き」、後者を「語り部」と、著者は呼んでいます。
ところが、定年退職で貴重な情報や能力を持っている人が、引き継ぎもなくいつの間にか消えています。それは金銭でははかりにくい大きな損失です。こうしたことを繰り返していくと、結果として良い企業文化までも損なうことになりかねません。
会社としてやらなければいけないのは、「目利き」や「語り部」を意識的に育成することです。「目利き」や「語り部」は、社外に対しても社内においても「エバンジェリスト(=伝道師)」になり得ます。従来の「目利き」「語り部」は、仕事を通じて多くを経験し、自分なりに考え尽くした結果として独自の能力を身につけた人です。
「目利き」「語り部」は、一朝一夕にできるものではありません。まして、変化のスピードがますます速くなる中で「目利き」「語り部」を育成することは容易いことではありません。そこで益々、プロの記録者、プロの伝達者の育成が必要となります。わかりやすく伝えることができる人の育成ということです。
たとえば、失敗が起こるたびに作成される報告書や事例集にしても読み手の側が欲しくなる記述になっていないために、ほとんど活用されていない現実があるとしたら。作業標準書や指示書などのマニュアルが表面的なことしか吸収できない(本質的なことが伝わらない)という問題があるとしたら。
これらは、組織内に伝達のプロがいないからこそ起こっている問題です。ここでいう伝達のプロは、組織の財産である技術や知識を読み手の側が本当に欲しくなる形で伝えることができる人をいいます。伝達のプロが現場の人たちにきちんとインタビューをしながら記録をとり、報告書やマニュアルづくりを行うのです。
こうしたプロを組織内で育て、企業文化にまで昇華することができれば、会社は間違いなく強いはずです。
あなたの組織に、「目利き」「語り部」「エバンジェリスト(伝道師)」はいますか?