F&Aレポート
追悼レポート 1998年12月11日号より
特集 ネットワーク時代の社会は強くて美しい社会
西岡常一氏の「木に学べ」からみる「強い社会の創造」
■伝説の宮大工 西岡常一氏をご存知だろうか。先日、期間限定で「鬼に訊け〜宮大工 西岡常一の遺言」が上映されるのを知り観に行ったところ、平日午前中の上映にも関わらず、客席は半分以上埋まっていて驚いた。知る人ぞ知る西岡常一氏だが、遅ればせながら氏について初めて知ったのは、98年シリコンバレーで活躍する一人の日本人からの情報だった。自分の経営バイブルは「西岡常一氏の"木に学べ"」であると教えてもらったのだ。それからすぐに著書を取り寄せて読み手元に置いておきたい一冊となった。
■このたび西岡氏のドキュメンタリー映画を見て久しぶりに本を紐解き、ふと故織田健嗣はこの本をレポートにまとめて発信したことを思い出しデータを探したところ、かつてのレポートから故人の魂が蘇るように感じるのは筆者だけであろうか。折しも故人織田健嗣が亡くなって10年目を迎える。鎮魂の意と、西岡常一氏への敬意を込めて、再び 1998年12月11号レポート"木に学べ"を特集したい。合掌。
米国で活躍するサンマイクロシステムズの山崎篤氏は日本人のみならず、世界中の人から尊敬されているジェネラル・マネジャーである。その山崎氏から自分の経営書は西岡常一氏の「木に学べ」であると紹介された。新世代ネットワーク・コンピューティングの山崎氏と法隆寺・薬師寺宮大工の西岡氏の両者の共通点を不思議に思った。また、その共通点は何だろうと興味が湧いてきた。さっそく読んでみるとこれが面白い。読めば読むほど、シリコンバレーで感じた「大人」「誠実」「力量のある人を認める」というキーワードが浮かんだ。両者の共通点は、ネットワーク社会にみる「本当の強さ」と、規格された木材によって構築された建物でなく、それぞれの木の個性を生かしてうまく組み合わせた建築物が1300年以上も存在する「本当の強さ」ではないかと感じさせられる。この強さにはネットワーク新時代のヒントが存在するように思える。西岡常一著「木に学べ」(小学館)は次世代のネットワークを研究している人にとって面白く読めるお勧めの本である。残念なのは、著者西岡常一氏は1995年に87歳で亡くなった故人であることである。本当の強さとは何か?現代ほど強い組織を、強い社会を欲する時代はない。
1.現代という時代 歴史的な建築物と新しい時代の共通点
20世紀末、1998年という年は経済システムが行き詰まった年であり、その行き詰まりを誰も疑うことのない時代である。このような時代に於いて、次世代の社会システムを多くの人が模索しているのも周知の事実である。また、多くの人がこれからの時代は、本当のプロが必要とされる時代であり、アマチュアは生き残れない時代であるという認識をしている。本当に厳しい時代の到来が余儀なくされている。さて、時代のキーワードは一般に「ネットワーク」と「ボーダレス」と言われているが、この二つのキーワードはまだ十分に理解されていない。また、理解するには従来の社会常識にとらわれると非常に難しいことのようである
今回紹介する「木に学べ」は西岡常一氏という一人の宮大工の生き方や考え方を通して、「ネットワーク」という言葉を理解するのに参考になると思われる。
西岡常一氏は法隆寺・薬師寺の宮大工として再建に活躍し、全国の宮大工を束ねた棟梁として有名である。1974年吉川英治文化賞受賞、1975年紫綬褒章受章、1977年時事文化賞受賞、1981年勲四等瑞宝章受賞、1981年サンケイ児童文学賞など数々の賞を受賞した人物である。特に法隆寺や薬師寺の修繕や再建に棟梁として指揮をとった宮大工として多くの著作を残している。
西岡常一氏はその「棟梁」の仕事とは何かという問いに「棟梁は、木のクセを見抜いて、それを適材適所に使う」という。木が自然の中で生き延びていくために土地や風向き、日当たり、周りの状況に応じて、自分を合わせていかなければならない結果、自然に木にクセができる。そのクセを西岡棟梁は「木のクセを見抜いてうまく組まなくてはならないが、木のクセをうまく組むためには人の心を組まなくてはあきません」と。そのためにも「木を組むには人の心を組む」のが棟梁の役目であるという。「職人が50人いたら50人が私(西岡棟梁)と同じ気持ちになってもらわないと建物はできない」というのだ。
また、西岡棟梁は終世「宮大工は普通の民家を建てると"けがれる"」といわれる、昔の言い伝えを守り、民家の大工はしなかった。普通の大工と宮大工の違いは、普通の大工は、坪いくらで請負い、いくら「もうけて」と考えるが、宮大工は堂や塔を建てるのが仕事。仕事とは「仕える事」、「もうけ」ではない。塔を建てることは仕えたてまつることで、もうけとは違うという。どんな有名なお寺を見ても棟梁の名前は書いていないと…。
薬師寺の西塔を建てる時、腕自慢の宮大工が、塔やってみよう、堂やってみようと全国から集まる。よい木と一緒で、そういう人はクセが強い。木は正直だが人間はそうでない。人の前ではいい顔するが、かげでどう働くかわからない。だから木組むより、人を組めと言った。
2.ネットワークすることは強く美しい社会の実現である
現在ほど変化に弱い社会システムが暴露した時代はない。それに対し、次世代の社会システム、ネットワークする社会は強い社会を目指したい。現代社会の弱さとは何か?特に組織の弱さとは何か?「木に学べ」の読後には「規格」ということであるように感じる。木材を規格化して建築する近代木造建築物が100年もたないように、揃えてしまうことは綺麗で効率的であることから近代は「規格化」と「標準化」の時代であった。しかし、それは無理を強いる社会で、結局は弱い社会である。ネットワーク社会とは、強いもの、弱いもの、それぞれの個性に合わせてそれを組み合わせることで、法隆寺が1300年もったように強いシステムができる。また組み合わされる側からみればさらに「自分を伸ばす」「個性を伸ばす」ということで強い個が誕生して、それを組み合わすことにより新社会が誕生する。強さだけでなく法隆寺や薬師寺には美しさが宿る。それは、とりもなおさず本当に強い社会の実現は同時に美しい社会の実現につながると言うことを表しているようだ。これからは、規格美ではなく機能美の時代である。表面的な美しさではなく機能的な美しさが時代を創造していく。人は心から仕事をしている時は美しい、それは、人の動きや心に無駄がないからである。
3.真の強さとは何か
大人の社会の実現、ネットワーク時代は、ある目的のためにあらゆる人と繋がっていく時代である。それは同時に束ねることである。これからの時代の、ネットワーク社会とは、強い社会であり、美しい社会であり、優しい社会である。それは「誠実」の社会である。感性の時代であり、美しい社会の実現がそこまで来ている。(アクエリアスレポート 1998年12月11日号より)